8 / 8
1章 月下に舞う
7
しおりを挟む
「お前それはだいぶ淡泊だぞ」
大柄のクマ型獣人である葉月の上司・悟朗がつまらんといった顔でコップの酒を呷った。そもそもの発端を依頼してきた悟朗に葉月が事の次第を報告したいと伝えたところ悟朗は行きつけのおでん屋台に葉月を呼び寄せたのである。
「そうですかね」
葉月は味のしみた大根を箸で切りながら口に運んでいた。酒は飲めるがあまり飲まない方である。
「彼女にしてみればそこで抱きしめるなりチューなりしてほしかったんじゃないのかねえ」
「組の管理してる店の女に手つけるのはまずいでしょ」
「いや手を付ける云々の話じゃなくてよ。雰囲気的にだな」
悟朗は少々メロドラマの見過ぎではないか、と葉月は思った。額に傷のある厳つい外見に対して悟朗はわりと人情ものというか感動もののドラマや映画が好きである。
「それはそうと、今回殺しはしなかったんだってな。偉いぞ」
悟朗が頭を撫でようとするのをするりと葉月は避けると小さく頷いた。
「言われてましたからね、できるだけ殺しはするなって」
悟朗がウンウン、と頷く。
「命は大事だからな」
店主にお代わりを注がせた酒をくい、と悟朗が呷る。
「殺したらそれで終わりだが、生かしておけば何かしら使いみちがあるというものだ」
葉月はちらり、と悟朗のほうを見る。悟朗はうまそうに酒を楽しんでいた。
「それでどうした?」
「リーダー格の男は死なない程度に痛めつけて、他の奴らと一緒に街の外に捨ててきました」
「よろしい、ああいうのは見せしめにするのがいい。あの街でやらかすとどうなるのかを知らしめなきゃな」
それが悟朗から教えられたこの街の治安維持の方法だった。痛みとはこれ以上のない抑止力である。そのためにあえて生かして野に離すのだ。
「死なないように痛めつけるって難しいもんですね」
葉月の箸がおでんの卵を割る。中からとろりと半熟の黄身が現れた。
「本当ならこういうのは闘牙が教えるべきことではあるんだよな」
悟朗の一言に葉月の箸が止まる。悟朗はそれに気づかないのか酒の消えたコップを眺めながら話し続けた。
「あいつも今どこで何をしているんだかな…おっと、あいつの話をしたこと他言無用だからな。どんな事情があるしても組に無断で消えたやつの話はしないほうがいい。お前も闘牙の名前を無暗に出すんじゃないぞ」
葉月は箸を持つ手を止めたまま小さく「うす」と呟いた。
悟朗と別れた後、葉月は街の北側にある少し寂れたエリアにやってきていた。シャッター街と化した通りの一角にある古いビルの地下へと続く階段を降りていく。そこには三、四店舗入れそうな空間があったが営業しているのは一店舗のみだった。ぼんやりと青いネオンが灯る看板には「魚」とだけ書かれている。
店に入ると、中には人影はなく青く光る水槽が壁一面に並んでいた。中央には水草の植わった大きな水槽が置かれている。
葉月はその中から適当な水槽を選んで中を泳ぐ色とりどりの魚たちを眺めていた。視線の先には白い体に赤い目をした魚がゆったりと泳いでいたが、そのうち流木の後ろに隠れてしまい見えなくなってしまった。
「その子はね、白兎魚っていってね。通称イチゴ大福なんて呼ばれたりもしているんですよ」
店の奥のこちらからは見えない場所から声がかかる。葉月の近くにいないのに分かるのは監視カメラ越しに彼を見ているからだろう。
「彼の情報はなし」
その一言に葉月は水槽から目を離し、店を出ていこうとした。
「こういうのは焦らない方がいい。きっと私たちは長い付き合いになるんだ。たまにはお茶の一つでも飲んでいったらどうかね」
男の諭すような声に葉月は一旦足を止めた。
「そのうち」
カタン、と店のドアが閉まる音がした。店の奥からはクスクスと笑い声がしている。
地上へ上がると、肌にじっとりとまとわりつくような湿気を感じた。天気予報を見ていなかったがおそらくこれから降るのであろう。
しかし葉月の目にはすでに暗い夜空から降り注ぐ大粒の雨が見えていた。
大柄のクマ型獣人である葉月の上司・悟朗がつまらんといった顔でコップの酒を呷った。そもそもの発端を依頼してきた悟朗に葉月が事の次第を報告したいと伝えたところ悟朗は行きつけのおでん屋台に葉月を呼び寄せたのである。
「そうですかね」
葉月は味のしみた大根を箸で切りながら口に運んでいた。酒は飲めるがあまり飲まない方である。
「彼女にしてみればそこで抱きしめるなりチューなりしてほしかったんじゃないのかねえ」
「組の管理してる店の女に手つけるのはまずいでしょ」
「いや手を付ける云々の話じゃなくてよ。雰囲気的にだな」
悟朗は少々メロドラマの見過ぎではないか、と葉月は思った。額に傷のある厳つい外見に対して悟朗はわりと人情ものというか感動もののドラマや映画が好きである。
「それはそうと、今回殺しはしなかったんだってな。偉いぞ」
悟朗が頭を撫でようとするのをするりと葉月は避けると小さく頷いた。
「言われてましたからね、できるだけ殺しはするなって」
悟朗がウンウン、と頷く。
「命は大事だからな」
店主にお代わりを注がせた酒をくい、と悟朗が呷る。
「殺したらそれで終わりだが、生かしておけば何かしら使いみちがあるというものだ」
葉月はちらり、と悟朗のほうを見る。悟朗はうまそうに酒を楽しんでいた。
「それでどうした?」
「リーダー格の男は死なない程度に痛めつけて、他の奴らと一緒に街の外に捨ててきました」
「よろしい、ああいうのは見せしめにするのがいい。あの街でやらかすとどうなるのかを知らしめなきゃな」
それが悟朗から教えられたこの街の治安維持の方法だった。痛みとはこれ以上のない抑止力である。そのためにあえて生かして野に離すのだ。
「死なないように痛めつけるって難しいもんですね」
葉月の箸がおでんの卵を割る。中からとろりと半熟の黄身が現れた。
「本当ならこういうのは闘牙が教えるべきことではあるんだよな」
悟朗の一言に葉月の箸が止まる。悟朗はそれに気づかないのか酒の消えたコップを眺めながら話し続けた。
「あいつも今どこで何をしているんだかな…おっと、あいつの話をしたこと他言無用だからな。どんな事情があるしても組に無断で消えたやつの話はしないほうがいい。お前も闘牙の名前を無暗に出すんじゃないぞ」
葉月は箸を持つ手を止めたまま小さく「うす」と呟いた。
悟朗と別れた後、葉月は街の北側にある少し寂れたエリアにやってきていた。シャッター街と化した通りの一角にある古いビルの地下へと続く階段を降りていく。そこには三、四店舗入れそうな空間があったが営業しているのは一店舗のみだった。ぼんやりと青いネオンが灯る看板には「魚」とだけ書かれている。
店に入ると、中には人影はなく青く光る水槽が壁一面に並んでいた。中央には水草の植わった大きな水槽が置かれている。
葉月はその中から適当な水槽を選んで中を泳ぐ色とりどりの魚たちを眺めていた。視線の先には白い体に赤い目をした魚がゆったりと泳いでいたが、そのうち流木の後ろに隠れてしまい見えなくなってしまった。
「その子はね、白兎魚っていってね。通称イチゴ大福なんて呼ばれたりもしているんですよ」
店の奥のこちらからは見えない場所から声がかかる。葉月の近くにいないのに分かるのは監視カメラ越しに彼を見ているからだろう。
「彼の情報はなし」
その一言に葉月は水槽から目を離し、店を出ていこうとした。
「こういうのは焦らない方がいい。きっと私たちは長い付き合いになるんだ。たまにはお茶の一つでも飲んでいったらどうかね」
男の諭すような声に葉月は一旦足を止めた。
「そのうち」
カタン、と店のドアが閉まる音がした。店の奥からはクスクスと笑い声がしている。
地上へ上がると、肌にじっとりとまとわりつくような湿気を感じた。天気予報を見ていなかったがおそらくこれから降るのであろう。
しかし葉月の目にはすでに暗い夜空から降り注ぐ大粒の雨が見えていた。
10
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
街の中で起こる出来事や、獣人らが印象深いです。連載形式の様で、
このあと葉月はどういった物語の中で動くのだろうか、気になります、エミも。
短編を前に拝読していましたので嬉しいです。応援しています
おさら様
お読みいただきありがとうございます。短編のほうも読んでいただいたとのこと、とても嬉しいです。エミはゲストヒロインですが気にかけていただき幸いです。重ねてありがとうございます。