月の見える街で

空須モトハル

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1章 月下に舞う

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「お前それはだいぶ淡泊だぞ」
大柄のクマ型獣人である葉月の上司・悟朗ごろうがつまらんといった顔でコップの酒を呷った。そもそもの発端を依頼してきた悟朗に葉月が事の次第を報告したいと伝えたところ悟朗は行きつけのおでん屋台に葉月を呼び寄せたのである。
「そうですかね」
葉月は味のしみた大根を箸で切りながら口に運んでいた。酒は飲めるがあまり飲まない方である。
「彼女にしてみればそこで抱きしめるなりチューなりしてほしかったんじゃないのかねえ」
「組の管理してる店の女に手つけるのはまずいでしょ」
「いや手を付ける云々の話じゃなくてよ。雰囲気的にだな」
悟朗は少々メロドラマの見過ぎではないか、と葉月は思った。額に傷のある厳つい外見に対して悟朗はわりと人情ものというか感動もののドラマや映画が好きである。
「それはそうと、今回殺しはしなかったんだってな。偉いぞ」
悟朗が頭を撫でようとするのをするりと葉月は避けると小さく頷いた。
「言われてましたからね、できるだけ殺しはするなって」
悟朗がウンウン、と頷く。
「命は大事だからな」
店主にお代わりを注がせた酒をくい、と悟朗が呷る。
「殺したらそれで終わりだが、生かしておけば何かしら使いみちがあるというものだ」
葉月はちらり、と悟朗のほうを見る。悟朗はうまそうに酒を楽しんでいた。
「それでどうした?」
「リーダー格の男は死なない程度に痛めつけて、他の奴らと一緒に街の外に捨ててきました」
「よろしい、ああいうのは見せしめにするのがいい。あの街でやらかすとどうなるのかを知らしめなきゃな」
それが悟朗から教えられたこの街の治安維持の方法だった。痛みとはこれ以上のない抑止力である。そのためにあえて生かして野に離すのだ。
「死なないように痛めつけるって難しいもんですね」
葉月の箸がおでんの卵を割る。中からとろりと半熟の黄身が現れた。
「本当ならこういうのは闘牙が教えるべきことではあるんだよな」
悟朗の一言に葉月の箸が止まる。悟朗はそれに気づかないのか酒の消えたコップを眺めながら話し続けた。
「あいつも今どこで何をしているんだかな…おっと、あいつの話をしたこと他言無用だからな。どんな事情があるしても組に無断で消えたやつの話はしないほうがいい。お前も闘牙の名前を無暗に出すんじゃないぞ」
葉月は箸を持つ手を止めたまま小さく「うす」と呟いた。

悟朗と別れた後、葉月は街の北側にある少し寂れたエリアにやってきていた。シャッター街と化した通りの一角にある古いビルの地下へと続く階段を降りていく。そこには三、四店舗入れそうな空間があったが営業しているのは一店舗のみだった。ぼんやりと青いネオンが灯る看板には「魚」とだけ書かれている。
店に入ると、中には人影はなく青く光る水槽が壁一面に並んでいた。中央には水草の植わった大きな水槽が置かれている。
葉月はその中から適当な水槽を選んで中を泳ぐ色とりどりの魚たちを眺めていた。視線の先には白い体に赤い目をした魚がゆったりと泳いでいたが、そのうち流木の後ろに隠れてしまい見えなくなってしまった。
「その子はね、白兎魚はくとうおっていってね。通称イチゴ大福なんて呼ばれたりもしているんですよ」
店の奥のこちらからは見えない場所から声がかかる。葉月の近くにいないのに分かるのは監視カメラ越しに彼を見ているからだろう。
「彼の情報はなし」
その一言に葉月は水槽から目を離し、店を出ていこうとした。
「こういうのは焦らない方がいい。きっと私たちは長い付き合いになるんだ。たまにはお茶の一つでも飲んでいったらどうかね」
男の諭すような声に葉月は一旦足を止めた。
「そのうち」
カタン、と店のドアが閉まる音がした。店の奥からはクスクスと笑い声がしている。

地上へ上がると、肌にじっとりとまとわりつくような湿気を感じた。天気予報を見ていなかったがおそらくこれから降るのであろう。
しかし葉月の目にはすでに暗い夜空から降り注ぐ大粒の雨が見えていた。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

おさら
2025.10.27 おさら

街の中で起こる出来事や、獣人らが印象深いです。連載形式の様で、
このあと葉月はどういった物語の中で動くのだろうか、気になります、エミも。
短編を前に拝読していましたので嬉しいです。応援しています

2025.10.30 空須モトハル

おさら様
お読みいただきありがとうございます。短編のほうも読んでいただいたとのこと、とても嬉しいです。エミはゲストヒロインですが気にかけていただき幸いです。重ねてありがとうございます。

解除

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