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普通の朝
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「おはよう!」
リビングの戸を開けて、大きな声で叫んだ。
「おはよう」という両親の返事を聞きながら、すぐに慌てて洗面所に向かい、トイレと歯磨き、洗顔を素早く済ませる。
朝からシャッキリと目は覚めるものの、どうしてもギリギリまで眠ってしまう。
リビングに戻ると、テーブルの上にはすでに朝ごはんが用意されていた。
今日の献立は、おにぎり2個と卵焼き、納豆、そして味噌汁だ。
定番中の定番メニュー。けれど、ほっとする安心感のある内容。
「いただきます」と両手を軽く合わせ、ミサキは朝ごはんを食べ始めた。
突然、足にくすぐったい感触がした。
ちらりと見ると、飼い猫のクロスケが足元に自分の顔をすりすり擦り付けていた。
「うわっ、びっくりするじゃん。クロもおはよ!」
「ミサキ、あなたね、そんな毎日毎日朝からバタバタやめてくれる?」
「だって志穂の話が終わんないんだもん」
「もう寝るねーまた明日って切れば良いじゃない。学校でも話して、家でも遅くまで通話して...何をそう話す内容があるの」
母親が心底理解できないという顔をしながら、朝ごはんを終えようとしている。
志穂というのはミサキの中学校の友達だ。
とても話上手で、クラスにいる時はいつも話題の中心にいる。
ミサキはそんな志穂の話を聞くのが好きでよく聞き役に回っており、家でも志穂の話を聞いてから寝るのが最近の習慣になっていた。
「女の子ってすごいよな。男なんて話す内容いつも同じだぞ」
一足先に朝ごはんを食べ終え、食器をキッチンの流しに持っていきながら、父親が面白そうに笑った。
「女子だってそんな変わらないよ、美容とかアイドルとか恋愛の話ばっかり。だけど志穂は違うの。いつそんなにネタ仕入れてるの?ってくらい話題が尽きないんだよね」
「それはすごい。アンテナが全身に100本くらいありそうだな」
「アンテナかあ。そうかも。私なんて3本くらいが限界だよ」
「お父さんなんて1本だな」
2人であははと笑っていると、猫用の給餌機と給水機にキャットフードと水をセットしている母親からお叱りの声が飛んできた。
「2人とものんびりしてないで!ミサキは早く食べるっ。お母さんたちもう出ちゃうわよ!!」
時計を見るとすでに8時を回ろうとしていた。
ミサキの家から中学校までは徒歩20分ほどかかり、始業時間は8時半。
身支度を整える時間は10分弱で済ませないと間に合わない。
「やば!!」と短い声を上げ、大急ぎで味噌汁で全てを胃に流し込んでいく。
ゲホゲホとむせながら、流しで手早く食器を洗った。
焦る気持ちで洗面所の鏡に向かい、ミディアムヘアの髪をブラシで雑にとき、後ろの少し高い位置で髪をかき集めてポニーテールに結える。
入学して3ヶ月。学校ではこの髪型で毎日登校しているので、一連の動作はもう手慣れたものだ。
自室に戻って小さなぬいぐるみをくくり付けた通学用リュックを背負い、玄関の靴箱から少し汚れた白い運動靴を取り出す。
「ミサキ、忘れ物は無い?今日はさすがにこないだみたいに学校に持って行けないからね」
「大丈夫。言われた通り、昨日の夜に2回も指差し確認いたしました!」
ビシッと顔の前でピースし、ふんっと鼻から気合いの息を出した様を見て、母親がぷっと笑った。
先日、体操服のハーフパンツを忘れてしまい、職員室で電話を借りて母親に持ってきてもらうように頼んだ事があった。
母親はたまたま午後から出勤だったため、午前中に連絡して出勤前に持ってきてもらえて事なきを得たのだが、これが思春期に入ったミサキにはかなり恥ずかしく、苦い経験となる。
職員室内で先生たちに半笑いでジロジロ見られ、他学年の知らない先生からは「もう小学生じゃないんだぞ」とお小言を言われたりと散々だったのだ。
帰宅後、もうあんな思いはしたくないと母親に相談したところ、「社会人は指差し確認と2回以上のチェックが必須マナー」と教わった。
「将来社会人になるんだから。当然のマナーですからね」
とミサキが言うと後ろで靴を履くのを待っていた父親も面白そうに笑った。
「ていうかさ、2人も忘れ物無い?手裏剣持ったの?」
「おいおい、手裏剣なんて大昔だって。そんなの普通に持ち歩いてたら捕まっちゃうよ」
「忍者=手裏剣て、いまだに根付いてるのもすごいわよねえ。じゃ、先行ってきまーす。クロ、今日もお留守番よろしく。透さんは鍵よろしくね」
玄関の猫脱走防止柵の向こう側にいるクロスケが「みゃおん」と鳴き声を出して返事をした。
透さんと呼ばれた父親は「はいはい」と手をひらひらさせ、ミサキと共にクロスケに声をかけ、玄関から出て鍵を閉める。
「真奈さん、今日遅くなるってさ。お父さんは定時だから、夕飯はお父さんが作るよ。カレーライスね」
「えーーー!またあ?お母さん遅くなると、お父さんいっつもそれじゃん」
「文句言うならミサキが作るんだぞ。俺は娘の手料理を食べるのが夢で...」
「カレーで良いです」
ガックリとうなだれる父親を尻目に、ミサキはそそくさとマンションのエレベーターに向かう。
母親は体力作りの一環で階段を使うため、エレベーターの前には居なかった。
一緒にエレベーターを待つ父親はぶつぶつと文句を言っている。
「うるさいなあ、お父さんも階段使えば良いのに」
「お父さんはいいの。あーあ、娘の手料理は憧れなのに...」
そう、ミサキの両親の職業は“忍者”だ。
現代に生きる忍。
といっても、メインは諜報活動で、昔のように手裏剣を使ったり屋根裏に忍び込んだりといった派手な立ち回りは今はもう無い。
侍も戦も存在しないので、忍者の活動内容も現代に合わせていった形となる。
だがミサキは普通の中学生だ。
両親のように、忍者の訓練は一切受けずに育ってきた。
それは、これからも。
これが我が家の“普通”。
毎日の、普通の朝の光景だ。
エレベーターを待つ間、「まあそのうち、作ってあげても良いかな。そのうちね。いつかね」とミサキは心の中で少し考えていた。
リビングの戸を開けて、大きな声で叫んだ。
「おはよう」という両親の返事を聞きながら、すぐに慌てて洗面所に向かい、トイレと歯磨き、洗顔を素早く済ませる。
朝からシャッキリと目は覚めるものの、どうしてもギリギリまで眠ってしまう。
リビングに戻ると、テーブルの上にはすでに朝ごはんが用意されていた。
今日の献立は、おにぎり2個と卵焼き、納豆、そして味噌汁だ。
定番中の定番メニュー。けれど、ほっとする安心感のある内容。
「いただきます」と両手を軽く合わせ、ミサキは朝ごはんを食べ始めた。
突然、足にくすぐったい感触がした。
ちらりと見ると、飼い猫のクロスケが足元に自分の顔をすりすり擦り付けていた。
「うわっ、びっくりするじゃん。クロもおはよ!」
「ミサキ、あなたね、そんな毎日毎日朝からバタバタやめてくれる?」
「だって志穂の話が終わんないんだもん」
「もう寝るねーまた明日って切れば良いじゃない。学校でも話して、家でも遅くまで通話して...何をそう話す内容があるの」
母親が心底理解できないという顔をしながら、朝ごはんを終えようとしている。
志穂というのはミサキの中学校の友達だ。
とても話上手で、クラスにいる時はいつも話題の中心にいる。
ミサキはそんな志穂の話を聞くのが好きでよく聞き役に回っており、家でも志穂の話を聞いてから寝るのが最近の習慣になっていた。
「女の子ってすごいよな。男なんて話す内容いつも同じだぞ」
一足先に朝ごはんを食べ終え、食器をキッチンの流しに持っていきながら、父親が面白そうに笑った。
「女子だってそんな変わらないよ、美容とかアイドルとか恋愛の話ばっかり。だけど志穂は違うの。いつそんなにネタ仕入れてるの?ってくらい話題が尽きないんだよね」
「それはすごい。アンテナが全身に100本くらいありそうだな」
「アンテナかあ。そうかも。私なんて3本くらいが限界だよ」
「お父さんなんて1本だな」
2人であははと笑っていると、猫用の給餌機と給水機にキャットフードと水をセットしている母親からお叱りの声が飛んできた。
「2人とものんびりしてないで!ミサキは早く食べるっ。お母さんたちもう出ちゃうわよ!!」
時計を見るとすでに8時を回ろうとしていた。
ミサキの家から中学校までは徒歩20分ほどかかり、始業時間は8時半。
身支度を整える時間は10分弱で済ませないと間に合わない。
「やば!!」と短い声を上げ、大急ぎで味噌汁で全てを胃に流し込んでいく。
ゲホゲホとむせながら、流しで手早く食器を洗った。
焦る気持ちで洗面所の鏡に向かい、ミディアムヘアの髪をブラシで雑にとき、後ろの少し高い位置で髪をかき集めてポニーテールに結える。
入学して3ヶ月。学校ではこの髪型で毎日登校しているので、一連の動作はもう手慣れたものだ。
自室に戻って小さなぬいぐるみをくくり付けた通学用リュックを背負い、玄関の靴箱から少し汚れた白い運動靴を取り出す。
「ミサキ、忘れ物は無い?今日はさすがにこないだみたいに学校に持って行けないからね」
「大丈夫。言われた通り、昨日の夜に2回も指差し確認いたしました!」
ビシッと顔の前でピースし、ふんっと鼻から気合いの息を出した様を見て、母親がぷっと笑った。
先日、体操服のハーフパンツを忘れてしまい、職員室で電話を借りて母親に持ってきてもらうように頼んだ事があった。
母親はたまたま午後から出勤だったため、午前中に連絡して出勤前に持ってきてもらえて事なきを得たのだが、これが思春期に入ったミサキにはかなり恥ずかしく、苦い経験となる。
職員室内で先生たちに半笑いでジロジロ見られ、他学年の知らない先生からは「もう小学生じゃないんだぞ」とお小言を言われたりと散々だったのだ。
帰宅後、もうあんな思いはしたくないと母親に相談したところ、「社会人は指差し確認と2回以上のチェックが必須マナー」と教わった。
「将来社会人になるんだから。当然のマナーですからね」
とミサキが言うと後ろで靴を履くのを待っていた父親も面白そうに笑った。
「ていうかさ、2人も忘れ物無い?手裏剣持ったの?」
「おいおい、手裏剣なんて大昔だって。そんなの普通に持ち歩いてたら捕まっちゃうよ」
「忍者=手裏剣て、いまだに根付いてるのもすごいわよねえ。じゃ、先行ってきまーす。クロ、今日もお留守番よろしく。透さんは鍵よろしくね」
玄関の猫脱走防止柵の向こう側にいるクロスケが「みゃおん」と鳴き声を出して返事をした。
透さんと呼ばれた父親は「はいはい」と手をひらひらさせ、ミサキと共にクロスケに声をかけ、玄関から出て鍵を閉める。
「真奈さん、今日遅くなるってさ。お父さんは定時だから、夕飯はお父さんが作るよ。カレーライスね」
「えーーー!またあ?お母さん遅くなると、お父さんいっつもそれじゃん」
「文句言うならミサキが作るんだぞ。俺は娘の手料理を食べるのが夢で...」
「カレーで良いです」
ガックリとうなだれる父親を尻目に、ミサキはそそくさとマンションのエレベーターに向かう。
母親は体力作りの一環で階段を使うため、エレベーターの前には居なかった。
一緒にエレベーターを待つ父親はぶつぶつと文句を言っている。
「うるさいなあ、お父さんも階段使えば良いのに」
「お父さんはいいの。あーあ、娘の手料理は憧れなのに...」
そう、ミサキの両親の職業は“忍者”だ。
現代に生きる忍。
といっても、メインは諜報活動で、昔のように手裏剣を使ったり屋根裏に忍び込んだりといった派手な立ち回りは今はもう無い。
侍も戦も存在しないので、忍者の活動内容も現代に合わせていった形となる。
だがミサキは普通の中学生だ。
両親のように、忍者の訓練は一切受けずに育ってきた。
それは、これからも。
これが我が家の“普通”。
毎日の、普通の朝の光景だ。
エレベーターを待つ間、「まあそのうち、作ってあげても良いかな。そのうちね。いつかね」とミサキは心の中で少し考えていた。
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