おにぎりレシピ

帽子屋

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新人が来る日

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――4月。県内某所。

 スマホのアラームが鳴り出す30秒前きっかりに、梅先はぱかっと目を開いた。躊躇することなく身を起こし鳴り始める瞬間のスマホへ手を伸ばす。
「お早うございます」
誰もいない部屋で、いつも通り独り言のように朝の挨拶を口にした梅先は、いつも通り右足からベッドを降りて洗面所へ向かった。

10分後。

髭を剃り顔を洗い口をゆすいだ梅先はてきぱきと朝食の準備に取り掛かる。豆を挽いてコーヒーメーカーでコーヒーを落とし始めパンとハム、サラダを机に並べる。その机の上、定位置に置いてあったリモコンでTVをつければ、日付とニュースソース、アナウンサーの服が更新されたいつもの番組が始まった。
『いつも通り。時間通り』
朝のニュースから天気予報と首都圏の鉄道運行状況及び道路状況に切り替わる頃、コーヒーサーバーが仕事を終えたと呼び出し音を鳴らす前に止め、マグカップに注ぐと残った分はマイ・サーモスボトルに注いで会社に持って行く。お世辞にも社内のコーヒーは美味しいとは言えない。はっきり言って不味い。

マグカップをテーブルに並べた皿の横に置き、そろった朝食を前に「いただきます」と両手を合わせた梅先はまた誰に言うでもなく唱えて食べ始めた。
朝のニュースの切りの良いところで「ごちそうさま」と手を合わせた梅先は、シンクに食器を運んで水につける。歯を磨いて部屋に戻り、クリーニングから帰ってきたワイシャツを開けてネクタイとスーツを身に付ければ、鏡の向こうにはいつも通りの自分がいた。
「行ってきます」
そう自分に言って鞄を持ち、玄関に出る前にリビングの相変わらず定位置にあるリモコンでTVを消す。ニュース番組はちょうど朝のニュースを一巡し終えたところだった。
何よりもいつも通りをこよなく愛する梅先だったが、今日はいつもが変化する日だった。

アパートを出て駅までの道のり、歩きながらスマホを取り出し通話ボタンを押した。電話の相手は、なかなか出ないが、それもいつものこと。梅先はそれがわかっていたのでそのまま呼出続けた。
3~40回呼び出し音を聞き続けたところ、ようやく相手が寝ぼけた声で応答した。
“はぃ。しの……っす”
紫野しの? 梅先だけど」
“梅先さん……ハヨーゴザイマス。なんか……ありましたか?”
「うん。おはよう。今朝はさすがにお前、遅刻出来ないんじゃないかと思って電話してみた。って言うか、お前の遅刻貯金だいぶ積んできてるけどな」
“今日……ってか、いまなんじ……”
数秒の沈黙のあと電話の向こうで「キィヤァァ!」と奇声があがり続いてドンと重たい何かが落下する音、イッテェ!とヤベェ……が混在した叫び、バタバタとガチャガチャが響いてきた。
「じゃ、そういうことだから。頑張れよ」
梅先は通話を切り、いつも通りの右から2番目の改札を通ると、ちょうどホームに入ってきたいつも通りの電車に乗った。


――同日同時刻。都内某所。

やべぇ。まじ、やべぇ。遅刻ギリギリじゃねえか。

紫野はその辺に放ってあったワイシャツと転がってた靴下を身に付け、ネクタイはこんなこともあろうかといつも2本鞄の中にいれたままにしてある。結んでわっかのとこだけ緩めたままの形でいれてあるので、会社に着いたら首を通すだけだ。

今日遅れたら、俺、殺されるかも。
洗面所に飛び込んで、ばしゃばしゃと水を顔にかける。そのついでに縦横無尽に跳ね上がった寝癖にもかけて、顔から頭からタオルでこすった。鏡をのぞいて、はえてきた無精髭は時間と相談して放置することに決めた。

……逃げるか……。
ぴたりと一瞬動作を止めて、鏡の自分に問う。

腹痛とか……。
いや。ばれるわ。ばれたらバラされるわ。

いやに真剣に鏡の向こうの自分の目が訴える。
だな。バラされるな。

鏡の自分と同意した紫野はすっ飛んで部屋に戻ったところで、クリーニングに出して取りに行ってないスーツの他にはこの1着しかない、やや難ありのスーツの前で止まり、先日クリーニング屋に向かう途中ふらりと寄ったパチンコ屋で思いのほかタマが出たことに気を良くしたまま、クリーニングの回収をすっかり忘れた日を思い出していた。だが選択の余地の無い紫野は、まあいっかと裾がほつれたズボンを履き、ポケットに煙草をねじこんで、上着と鞄をつかむとアパートを飛び出した。

鳴きくらげー! おまえのせいで俺は窮地だ! ちきしょー!

紫野は八つ当たりでしかない感情を燃料に商店街を走りぬけた。

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