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開かない世界
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――引き続き4月。都内某所。
難関その1。
最寄り駅地下駐輪場。僕が到着したときには、もう空きスペースはほとんどなかった。ぎゅうぎゅうのぎゅう詰め状態。しかしこれには慣れた。毎日通ったこの世界順応トレーニング施設(職業訓練校)への通学で! 大丈夫! 押し込める! はず!
……もうちょっと隣の自転車とのレールを離したらどうなんだろうか。この重くてガタイの良い、質実剛健母さんみたいな電動ママチャリの隙間に自分の自転車を入れなきゃならないったら、それはもう筋肉痛になりそう。しかもこの忙しい朝にそれほどの労力を使うってどうなんだろう。この世界も早く保存法則から解放されたらいいのに。そしたら自転車も縮小してポケットや鞄に入れて持ち運べるよ。
ガシャン!と、輪止めの音がしてようやく僕は駐輪場から脱出した。
難関その2。
中央へと向かう路線。
これに乗らなければ……乗ら……乗れない~(涙)
駅員の「押しますよ!」と言う声が背後で聞こえる。その掛け声を合図にものすごい圧力で人間のかたまりが車内へと押し込まれる。なんなの、この世界! 通勤時間ずらしたらいいでしょ!! みんなでおんなじ時間におんなじ電車に乗らなくていいでしょ!!!
不思議なことにあれだけの人数で押し込まれた車内なのに奥の方までいくと以外に隙間があったりする。なんだってあのドア付近だけあれだけの圧力がかかるんだか。ドア近くにへばりついてないで奥まで行ったらいいのに。吊革にぶら下がれるし網棚に荷物も置けるよ。
小さくほっと一息ついた僕を目の前に座っているおじさんがなぜだか睨んでいる。足でも踏んでしまったんだろうかと足元を見ると、隣に立っている女性のパンプスが、彼女が周りから押されると同時におじさんの靴に当っていた。どうやらそれを僕の靴と勘違いしているらしい。これだけ混雑しているんだし、隣の女性もあれだけ押されたら体勢を保つのは大変そうだし、踏んでるわけでもなし、何より僕はかすってもいない。こういうときはどうしたらいいんだろうか……と考えていたら、おじさんは僕を睨んだまま大きな舌打をして隣に座る人に肘を当てながら新聞を広げた。隣の人は嫌そうな顔をしていたが、おじさんはその視線を完全に新聞で遮っていた。
感じ悪い人間だなあ。そんなんだったら公共交通機関なんて使わずに専用車で会社行けばいいのに。それか空間転移か、次元トンネルとか。能力的にそれが難しいなら、一人で空でも飛んで……そっか。空も飛べないなんてほんと不便だよね、この世界。
おじさんの頭越しに大きく取られた窓を見ると、電線だらけの風景が流れていく。
なんとなく、この前に座るおじさんは能力が低すぎてイヤイヤ公共交通機関に頼らざるを得ず、きっと勘違いに高そうなプライドがへし折れるなかひねくれた性格もことさら最悪になっちゃったんだなあとか、いるいるそういう人、どこの世界にもいるんだよねとか思ったら、ちょっとむぅっとした思いも不思議と消えていった。不思議なことは続くもので、そのおじさんはなぜか次の駅で血相変えて下りていった。僕は空いた席に座ろうと思ったが、隣に立っていた件の女性を見ると、重そうな荷物を肩からかけて相変わらず押されてはフラフラとしている。僕は「どうぞ」と言って席を譲った。小さく「ありがとうございます」と聞こえてなんだかとっても嬉しかった。
難関その3。
緑色の電車。
まさにセントラルステーション、350万人以上が毎日行き交うと言う駅に辿りつき、緑の電車への乗り場へ向かうが……あれ。どこだっけ。ちょ……えっと……。
何度も使っている乗り換え駅だが、学校もどきに通学のため毎日使っていたのは緑色の電車じゃなかったし、入社面接のときに乗った緑の電車はいかんせん平日の、それも昼間だった。風景がまるで違う。ひとひとひとひとだらけで、前方視界不良。ぜんぜん見えない。そして移動速度はや! 歩いてるのに!
しばし呆然とした僕を、ドンと突き飛ばして「邪魔なんだよ」と言った若者(多分)に、すみませんと返す間も無く人波に紛れて姿は見えなくなってしまった。このままではいかんと、僕は意を決して【14】と書かれた看板を目指して人の流れに突入した。遠くのほうではさっきの若者(多分)の悲鳴が聞こえた気がしたが、僕はもう【14】以外には目も耳もくれてやることなく突き進んだ。
緑の電車は見事な間隔で次から次へとやってくる。この世界の公共交通機関、ここまで来るとはなかなか……5年前にデビューしたというE235系がドアを開けると僕は奥まで乗り込んだ。
この車両、好き。かわいい……。
物質世界ならではの進化を遂げた公共交通機関の乗り物たち。僕にとってはどれも魅力的だった。ふと奇妙な視線を感じて前を見ると車内の隅にはまった僕の前に荒い息の男がいた。その手が、周りの人間達の隙間をぬって伸びてくる。
な、に?
と思った矢先、駅の間隔が短いこの路線はドアが開き、男は悲鳴を上げて逃げるように人を掻き分けて下りていった。
なんだったんだろう?
なんとか予定通りにたどり着いた会社最寄り駅。改札を出てすぐ地下道に入り、歩くこと10分弱。地上に出てみれば築50年くらいのビルがあった。
50年てまだまだ全然若いけど、でもこの星での50年はそこそこなのか。情報省の建物は築何万年だったかな。数千年前に一度立て直したってきいたけど。どっちにしてもこの世界で換算するの気が遠くなりそう。
ぼんやりとビルを眺めて考えて、はっと初出社であることを思い出す。
よし! いざ参る!
気を取り直して年季の入ったエレベーターのボタンを押した。
ようやくたどりついた会社の入口。ドキドキしながらドアを開け……
開かない?!
ガチャン!と、無情に施錠された鍵に阻まれた。
難関その1。
最寄り駅地下駐輪場。僕が到着したときには、もう空きスペースはほとんどなかった。ぎゅうぎゅうのぎゅう詰め状態。しかしこれには慣れた。毎日通ったこの世界順応トレーニング施設(職業訓練校)への通学で! 大丈夫! 押し込める! はず!
……もうちょっと隣の自転車とのレールを離したらどうなんだろうか。この重くてガタイの良い、質実剛健母さんみたいな電動ママチャリの隙間に自分の自転車を入れなきゃならないったら、それはもう筋肉痛になりそう。しかもこの忙しい朝にそれほどの労力を使うってどうなんだろう。この世界も早く保存法則から解放されたらいいのに。そしたら自転車も縮小してポケットや鞄に入れて持ち運べるよ。
ガシャン!と、輪止めの音がしてようやく僕は駐輪場から脱出した。
難関その2。
中央へと向かう路線。
これに乗らなければ……乗ら……乗れない~(涙)
駅員の「押しますよ!」と言う声が背後で聞こえる。その掛け声を合図にものすごい圧力で人間のかたまりが車内へと押し込まれる。なんなの、この世界! 通勤時間ずらしたらいいでしょ!! みんなでおんなじ時間におんなじ電車に乗らなくていいでしょ!!!
不思議なことにあれだけの人数で押し込まれた車内なのに奥の方までいくと以外に隙間があったりする。なんだってあのドア付近だけあれだけの圧力がかかるんだか。ドア近くにへばりついてないで奥まで行ったらいいのに。吊革にぶら下がれるし網棚に荷物も置けるよ。
小さくほっと一息ついた僕を目の前に座っているおじさんがなぜだか睨んでいる。足でも踏んでしまったんだろうかと足元を見ると、隣に立っている女性のパンプスが、彼女が周りから押されると同時におじさんの靴に当っていた。どうやらそれを僕の靴と勘違いしているらしい。これだけ混雑しているんだし、隣の女性もあれだけ押されたら体勢を保つのは大変そうだし、踏んでるわけでもなし、何より僕はかすってもいない。こういうときはどうしたらいいんだろうか……と考えていたら、おじさんは僕を睨んだまま大きな舌打をして隣に座る人に肘を当てながら新聞を広げた。隣の人は嫌そうな顔をしていたが、おじさんはその視線を完全に新聞で遮っていた。
感じ悪い人間だなあ。そんなんだったら公共交通機関なんて使わずに専用車で会社行けばいいのに。それか空間転移か、次元トンネルとか。能力的にそれが難しいなら、一人で空でも飛んで……そっか。空も飛べないなんてほんと不便だよね、この世界。
おじさんの頭越しに大きく取られた窓を見ると、電線だらけの風景が流れていく。
なんとなく、この前に座るおじさんは能力が低すぎてイヤイヤ公共交通機関に頼らざるを得ず、きっと勘違いに高そうなプライドがへし折れるなかひねくれた性格もことさら最悪になっちゃったんだなあとか、いるいるそういう人、どこの世界にもいるんだよねとか思ったら、ちょっとむぅっとした思いも不思議と消えていった。不思議なことは続くもので、そのおじさんはなぜか次の駅で血相変えて下りていった。僕は空いた席に座ろうと思ったが、隣に立っていた件の女性を見ると、重そうな荷物を肩からかけて相変わらず押されてはフラフラとしている。僕は「どうぞ」と言って席を譲った。小さく「ありがとうございます」と聞こえてなんだかとっても嬉しかった。
難関その3。
緑色の電車。
まさにセントラルステーション、350万人以上が毎日行き交うと言う駅に辿りつき、緑の電車への乗り場へ向かうが……あれ。どこだっけ。ちょ……えっと……。
何度も使っている乗り換え駅だが、学校もどきに通学のため毎日使っていたのは緑色の電車じゃなかったし、入社面接のときに乗った緑の電車はいかんせん平日の、それも昼間だった。風景がまるで違う。ひとひとひとひとだらけで、前方視界不良。ぜんぜん見えない。そして移動速度はや! 歩いてるのに!
しばし呆然とした僕を、ドンと突き飛ばして「邪魔なんだよ」と言った若者(多分)に、すみませんと返す間も無く人波に紛れて姿は見えなくなってしまった。このままではいかんと、僕は意を決して【14】と書かれた看板を目指して人の流れに突入した。遠くのほうではさっきの若者(多分)の悲鳴が聞こえた気がしたが、僕はもう【14】以外には目も耳もくれてやることなく突き進んだ。
緑の電車は見事な間隔で次から次へとやってくる。この世界の公共交通機関、ここまで来るとはなかなか……5年前にデビューしたというE235系がドアを開けると僕は奥まで乗り込んだ。
この車両、好き。かわいい……。
物質世界ならではの進化を遂げた公共交通機関の乗り物たち。僕にとってはどれも魅力的だった。ふと奇妙な視線を感じて前を見ると車内の隅にはまった僕の前に荒い息の男がいた。その手が、周りの人間達の隙間をぬって伸びてくる。
な、に?
と思った矢先、駅の間隔が短いこの路線はドアが開き、男は悲鳴を上げて逃げるように人を掻き分けて下りていった。
なんだったんだろう?
なんとか予定通りにたどり着いた会社最寄り駅。改札を出てすぐ地下道に入り、歩くこと10分弱。地上に出てみれば築50年くらいのビルがあった。
50年てまだまだ全然若いけど、でもこの星での50年はそこそこなのか。情報省の建物は築何万年だったかな。数千年前に一度立て直したってきいたけど。どっちにしてもこの世界で換算するの気が遠くなりそう。
ぼんやりとビルを眺めて考えて、はっと初出社であることを思い出す。
よし! いざ参る!
気を取り直して年季の入ったエレベーターのボタンを押した。
ようやくたどりついた会社の入口。ドキドキしながらドアを開け……
開かない?!
ガチャン!と、無情に施錠された鍵に阻まれた。
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