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走った日
しおりを挟む――引き続き4月。県内某所→都内
はきそう。
飛び乗った電車で紫野は肩で荒い息を繰り返しながら額の汗を拭った。
マジ、はきそ。酸素……。
全速力で走るなど、いつ以来だったか。遠く忘れるほど運動不足が慢性化した日常だった。まだまだ落ち着きそうもない息に周りの視線を感じ、無理やり息を飲み込もうとして荒い鼻息が出た。平静を装う作戦は大失敗に終わった。こっぱずかしさを感じながら紫野「すみません」と言いながら車両の奥へと進み網棚へ鞄をのせ、大失敗から漏れ出た鼻息が、たとえそれが自意識過剰な『いやいやいや。ないわ。絶対、どう考えても、2、3百歩譲っても、お前には誰もさわらんだろ』と思われるなんぴとにも勘違いされないよう両手をその網棚のへりにかけた。今度は失敗しないよう、気を付けて息を深く吸い込むとようやく肺が酸素で満たされてきた。落ち着いてきた呼吸の中で、電車に飛び乗るため走った息苦しさの原因が、煙草のせいかと頭に浮かんだが即打ち消す。
いやいや。そんなことはねーよ。運動不足は仕事のせいだ。
そして今のこの状態は、そうだ。そうだ。なきくらげ、おまえのせいだ。
紫野の思考とともに変化する表情だったが、八つ当たりを正当化する腐った根性が表にでも出たのか、前に座るどこからどうみても新人ですといった女性は、初出社の緊張と、そしていくつか表情を変えた後、最終的に人相の悪い状態に落ち着いた紫野みたいなの(こんな人)がこれから向かう職場にいたらどうしようと、心細さに拍車をかけた。
そんなことは露知らず、紫野は袖からのぞいた腕時計の針を見て、なんとか始業には間に合いそうだと安堵の息をもらした。
乗り換え駅で電車を降りると、なにやら駅で騒ぎでもあったのか救急車や消防車がきたとかこないとか足を止めてざわつく人々がいたが紫野はそんな人だかりには目もくれず早足でホームへと向かった。なんとかホームにたどりつくと電光掲示板に『遅延』の表示が出ている。
ぅおいっ! 俺の全力疾走を台無しにする気か?!
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