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開かれた世界

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――引き続き4月。都内某所。社屋ドア前。

誰か助けて!!

心の中で叫んだ僕の前に、この世界を学習するためにと科戸さんに見せ(られた)てもらったアニメや映画に出てきた白馬に乗った王子様はやってこなかった。エレベーターホールから走ってやって来たのは細身のスーツにクリーニングに出してるっぽいきれいな折り目のついたワイシャツと控えめな色のネクタイをした人だった。王子様でなくても、今日出会った人間の誰よりもまともに見えた。実際にそうであってほしいと切に願った。初出社、初実戦の日にこれ以上おかしな人、おかしな出来事に遭遇したくない。と言うよりも、先に進みたいです。兎にも角にも、まず出社、会社に入れて。入社させて下さい。
「お、お早うございます。わ、私、今日からお世話になります鳴海月と申します」
僕はすがるように、“梅先氏” と変な人が呼称した人間に挨拶した。
「うん。お早う。鳴海さん。その……大変だったね。多分、色々と……ちょっと驚いちゃったりとか……」
梅先氏は僕の切なる願いが通じたのか、まともな人間、それ以上に優しそうな顔と声で僕に挨拶を返してくれた。
「は、はい。大丈夫です。有難うございます」
良かった。意思の疎通ができる人がいた……。
潜入先のこの会社にいたく不安を抱いていた僕は梅先氏の出現に救われた。
本当に良かったよう(涙)
ほっとして崩れかかった体勢を持ち直した僕の目の前では、ぶんぶんと変な人がやはり何かの武器だったのか鍵を振り回し、その攻撃を押し留めた梅先氏が開かずのドアを無事に開き、僕を会社の中へと入れてくれた。
ああなんか、この人王子様っぽいです。科戸さんに教えてあげよう。

僕は促されるままフロアの奥へと進み「ここが鳴海さんの席だから」と案内されたデスクに座ってみた。
ここが僕の仕事机……長官。科戸さん。僕、なんとかここまでたどり着きました……。
僕はようやく立った(座った)スタートラインに感慨深く息をはき、それとともになんだかどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。

潜入捜査って大変なんですね……。捜査員の皆さん、いつもお疲れ様です。

情報省の違う意味での暗部、暗部って言うか薄暗部? 経費削減でちょっと薄暗いエリアのほの暗い部屋においやられた部署のひとつ、なんでもやる課でほわわんとしていた僕は、華々しく活躍するエリート捜査員たちってきっとすごく大変なんだって初めて実感できた気がした。
「待たせてごめんね。もう少ししたら総務の人、来ると思うから」
近くにある自席に鞄を置きに行った梅先氏が戻ってきた。
「え? いえ? 全然大丈夫です」
「今日は電車の事故が多いみたいで、みんな遅れてるんだと思う」
梅先氏は、スマホを取り出して何かを確認しているようで「ふーん。この駅でも似たような事象か……興味深いね……」と小さく呟いていた。きっと独り事のようだから、僕の耳にははっきりと聞こえた小さな呟きは聞かなかったことにした。
「事故があったんですか?」
「そう。何箇所かの電車でね。知らなかった?」
「はい」
ここに来るまで、それどころじゃなくって。
「そっか。巻き込まれなくて良かったね。よっぽど早く家を出た?」
「そうですね。少し早目に出発しました。だけど朝から事故は大変ですね。皆さん公共交通機関を使われているから遅れてしまいますね」
「……事故はままあることだけど。今朝のは……一昔前の年末人身じゃあるまいし。こんな同じ日の同じ時間帯の同じような場所で同じような事故が重なるってなかなかないんじゃないかな?」
「そうなんですね」
そっか。この星の事故って小規模だから、そんな大事にならないのかな。次元の狭間が出現して街が瞬時に消えるとか連鎖反応を起こして次元が絡み合うとかそういうことにはならないのか。平和だなあ。
「……」
「でも、それでは皆さん今朝は大変ですね。それで会社、開いてなかったんですね」
「うん。まあそうだね。今日みたいに事故が続くと電車のダイヤはどこも乱れるから遅れるのは仕方ないけど。そもそもこの会社、総務が来るのが遅いんだ。昔は総務が毎朝会社を開けてたらしいんだけど、いつからかそれもやらなくなって。今では一番最後に来るのが総務か紫野かって感じかな」
「総務が最後……」
情報省の総務って言ったら結構皆さん大変そうですよ。どこよりも時間に厳しい部署ってイメージです。だけどこの会社はやんわりとした感じなんですね。
「そうなんだ。紫野はうちのグループのやつなんだけど、最後に来るって言うか、間に合ってないって言うか。今朝も、本来なら紫野が会社のドアを開けて、鳴海さんを案内したり説明したりするはずだったんだよ。紫野がちゃんと来てれば、昨夜も泊まったっぽい八武さんが誰よりも先に鳴海さんと会うことにはならなかったはずなんだけど」
「紫野さん、ですか」
「そう。紫野は悪いやつじゃないんだけどねー……」
ねー……?
「?」
僕が小首をかしげたのを見て梅先さんは笑いながら「すごく良いやつって言えないところがなんともね」ととても不安なことを言い出した。
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