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詐欺を知る日

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さっきから新入社員の様子がおかしい。大丈夫だろうか。
「な、何か間違いが……」
とても大丈夫には見えない。そんなに若い女の子にとって男だらけの環境ってダメなものなのかな。
女性社員がいないと告げた途端の鳴海の様子は――

???→理解出来ない→理解出来た→衝撃を受けた→動揺している→混乱に陥った

――と、数秒で移り変わるステータス状態は見ている梅先にとっては非常に面白かったが、当人はそれどころではないらしい。今まさに混乱の真っ只中、ひとりで「どういうこと?」「何かの間違い?」と自問自答を繰り返し呟いている始末だ。
間違いと言えば……。梅先には思い当たるふし、ちょっとした後ろめたさがあった。
「えっと……間違いって……もしかして鳴海さん、就活でこの会社応募するときマイリク見たとか?」
『だからやめた方が良かったんだ……あんな詐欺紛いな会社紹介……』
梅先は就活情報誌マイリクに載せる写真を撮った時のことを思い出していた。

『むさ苦しい男ばかりじゃ駄目だろ』と訳のわからないダメ出しを始めた部長の一声で、社外に出ている女性オペレーター4名(部長好み)をわざわざここ本社に呼び出すことになった。

“快適な休憩空間” と銘打った、普段は社長以外ほとんど誰も足を踏み入れない社長室で、総務が部長命令により経費で買ってきたドトスターリーズのカフェオレと富士銀座のシュークリームを、部長からの心使いですと召集したオペレーターのお姉さん方に差し入れた。さも “休憩時間は楽しくお茶してます” みたいな写真を撮るために。

この前日。取って付けた休憩室を作るため、社長の趣味の部屋と化していた社長室から、撮影と言う名目と社長不在をいいことに、部長は社長の趣味を一切合切会社の物置にしまえと命令を出した。勿論、その命令に直撃したのは俺と紫野、それから八武さんだ。鬼切さんは当然華麗にスルーした。
これはいったいなんだ? といった品々をせっせと俺たちは物置に詰め込んだ。中には非常に興味がそそられるものもあったから、今度こっそり調べに行こうとも思ってる。
荷物をあらかた運び出した俺たちには次なる作業、洗濯が待っていた。

“風通しの良い社風”  を全面にアピールする写真演出のため、茶山さんがどこからか持ってきたカーテンを洗わされた。給湯室で男3人がバケツでカーテン洗ってるってシュールすぎる。もうその頃の紫野の機嫌の悪さといったら相当だった。外に出したら、その険悪な顔面だけで即職質されてちょっと署までご同行されそうな勢いだった。八武さんは通常運転で踊ってたけど。

俺たちが通常業務そっちのけで苦労して作業した結果作り上げられた、架空の休憩室、架空の休憩時間。開けられた窓から、給湯室で洗ったカーテンがなびく背景、そこで有名チェーン店のカフェオレと老舗のシュークリーム片手に談笑するお姉さん方。
“風通しの良い社風” “休憩時間は居心地の良い休憩室でブレイクタイム” “私たち、素敵な休憩室でついついお話がはずんじゃうんです” そんなコメントがついた写真がマイリクには掲載されていた気がする。
だが実際は。
この写真を撮るため呼び出されたお姉さんたちですが。どんなに空気を入れ替えても、どんより彼女たちに渦巻くどす黒いオーラを払拭することは出来ないと思う。多角形の色恋沙汰から業務的怨念? 怨恨的原因により、カメラが入っていない時のその場は恐ろしく緊張感漂う空間だった。よりにもよってこの面子を選んでくる部長って、そしてこの空気を微塵も感じることなく「このシュークリームうまいよ? 食べて」って笑える部長ってすごいと思った。そして、カメラが入った瞬間から、一瞬にしてどす黒いオーラを腹にしまいこみ、笑い合えるお姉さんたち、超常現象なみの衝撃を受けた。

「マイリク? マイリクルートですか? えっと会社の写真とかが……」

そうだった。
風通しが良いどころか、怨念情念吹き荒れる休憩室の次は、会社入り口にある社名ロゴの前での “やりがい感じてます ひたむきな努力が評価されます” “業務未経験でも職種未経験でも最初はだれでも新人! 先輩として優しくサポートします!” とコメントをつけるための写真、なんでガッツポーズ? のトップ写真の撮影もあった。その後は、社内作業風景の撮影。会社に2台くらいしかない最新鋭のパソコンを遠くのフロアからわざわざ運んで並べて(もちろん俺と紫野と八武さんで) “いつでも最高の環境で仕事してます” 的な作業風景を撮った。この社名ロゴと作業風景撮影には外に出ている社員の中で、部長的判断、見た目がわりと良さげな男、部長の獲物とでも言うべきということから、うちのグループの岡家(おかや)と社家(しゃけ)が狩り出され(駆り出され)……呼ばれた。またしても害しか及ぼさない部長判断、この二人は休憩室のドロドロを余計に掻き混ぜ沸騰させる可能性が多大に大だったので絶対に社長室のお姉さん方には近付けてはなるまいと、同じグループの人間として、そして遠い所からの軽い電話一本、鬼切さんからの指示によりやむなく俺と紫野は写真撮影についてまわる羽目になった。

そんな捏造された写真、詐欺紛いな会社案内に騙されたことに気付き始めているんだろうか。もうなんだかかわいそうなぐらい打ちのめされてる気がする。
「わ、わたし、間違って配属されてませんか?」
「そ、んなことないと思うよ? SE志望でしょ? 総務は募集……してたかな? オペレーターもどうだったかな」
そう。 “正社員として生き生きと 女性にとっても本当に風通しの良い本社で働けます” と紹介文にあった気がするけど、彼女たちは正社員でもなければ本社にもいない。
「うちのグループの人たちはほとんど大手企業の外注に行っちゃってて、社内にいるのは鬼切さんと、紫野と俺ぐらい。鬼切さんも出入り激しいけど」
「その鬼切さんとおっしゃられるのもやはり……」
「うん。おとこ。ただ若い頃はヒール履いた美人に見えたとかで何度もナンパされたらしいよ」
「おとこ……男性……びじん……美人なんですか?!」
どうした? キュピーン! みたいなオノマトペ的復活?
「でもナンパしてきたヤツを何人も病院送りにしたとか、伝説の絶えない人ではある。これから新人歓迎会とか飲み会に参加すれば、酒が入った三戸さんや多良(たら)さんから色々聞けると思うよ。あ、これオフレコね。鬼切さんに変なこと言ったら殺されちゃうから気を付けて。あの人、冗談とかほんと通じないから」
「ころ……殺されちゃう?」
「うん。気を付けてね」
「あの……殺されちゃったら私困るので、あまり近付かない方が……」
「うん。ごめんね。鬼切さん、僕らの上司なんだ」
「上司……」
チーン……。 みたいなオノマトペ的絶望した新人、鳴海は本当に血の気が引いたような白い顔をしていた。
「ご、ごめん。せっかく復活したのに絶望のどん底に俺、落としちゃった……? でも、大丈夫だから。鬼切さん、そんなに社内にいないし……」
梅先の声はフリーズした鳴海には遠く聞こえていないようだった。なんとか凍りついた新人を解凍させようと試みていた梅先の耳にドアの開く音が聞こえた。入り口を見れば、総務の茶山が出社してきたところだった。
「あ、良かった。茶山さんがきた。鳴海さん、茶山さん来たよ!」
結局、解凍失敗、かたまったままの鳴海の手をひいて、梅先が茶山のところに連れて行ったところに遅れて紫野が鼻息も荒く会社に飛び込んできた。
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