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はじまっていた日 12:10~
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喫煙室を後にして茶山に呼び止められた鬼切は「は?」と短く声を上げた。
「いないってどういうことですか?」
「それがねえ……朝、会社の前までは来てたみたいなんだけどいなくなっちゃったんですって。どうしましょうね?」
「どうしましょうって……グループ長の三戸さんは来ていない、そこの新人は消えた、あまつさえ統括部長もいなけりゃ総務部長もいない。どうなってるか聞きたいのはこっちのほうです」
「連絡、ないのよねえ。うちの部長さんからも、そちらのほんぶ……本部長から名前かわったんだっけ? 統括部長? 統括本部長? あら、どっちだったかしら? いずれにしてもどちらの部長さんからも連絡、来てないのよねえ」
「今日から統括部長です。統括本部長はご本人が「言いづらい」「わかりづらい」と言うことで本部長に変更したのが昨年ですが、今度はいったいなんの本部だと言う話になり、そもそも本部なんてものはウチの会社にはないじゃないかという結論に至り、今日から対外的に、それに合わせて社内での呼称も統括部長にしろということになりました」
「そうそう。そうだったわね。よく覚えてるわあ。さすが鬼切くんね。社内人事なんかの連絡とか事務処理での変更は新しい期が始まる6月だけど、お客様に対してや本社では今日から幕内さんのこと、統括部長って呼ばないといけないのよね。ほんと、肩書きがコロコロコロコロコロコロ……変わってややこしいのよねえ……」
その時の気分や流行、それから……えーっと……ほら、さっき教えてもらった……なんだったかしら……あ! そうそう。ノリね、ノリ。
そんなもので肩書きをいちいち変えたがる幕内に文句の一つでも言ってやりたい茶山だった。何しろ変更前の肩書きを知っているお客からの電話で質問されるたびににいちいちその変遷を説明しなければならなかったからだ。鬼切と違ってその経緯を記憶し続ける自信のない茶山としては、電話の近くに付箋でその都度新しい肩書きとその理由とその切り替え時期をメモで貼っておかなければならず、またしてもその時期がやってきたと閉口した。そもそも世間一般とは異なる6月を期の始まりとすることもやめてほしい茶山であった。
あほくさい。
鬼切にしてみれば、この会社に本部がないことなど前年どころか会社創設以来から分かりきっていただろうにと、指摘するのも阿呆らしいと心底思っていたが幕内という人間を考えれば、肩書きごときで何か言うのもあとあと面倒なので、その会議のときもその前も目を開けたまま寝ていたことは誰にも気付かれてはいない。そんな思いをめぐらす二人の溜息と鼻息がぶつかった。
「でも、新人さんがいないままはまずいでしょう?」
「そりゃそうでしょう」
「でも、三戸さんのところは、八武さんしかまだ来てないのよ」
そう茶山に促されて鬼切が後ろのフロアを振り返ると奥のシマで奇妙な動きで(恐らく)仕事をしている八武が見えた。何故パソコンに向かうのにその動きが必要なのかは鬼切にとってはどうでも良かったが、その小刻みに揺れる姿が視界に入ると目の下あたりがひくつく感覚に、その動きが苛々する元凶であることを再認識した。その手前のシマでは、猛然とパソコンに向かう紫野と水の入ったピッチャーを持ってコーヒーサーバーへ向かう梅先が見えた。何故紫野が普段からは有り得ない不自然な真剣さでパソコンに向かっていることはあとで問い質すとして、鬼切は再び溜息を鼻から漏らすと、梅先と紫野の名を呼んだ。裏返った紫野の返事に、鬼切は紫野の行動の怪しさを確信した。
「いないってどういうことですか?」
「それがねえ……朝、会社の前までは来てたみたいなんだけどいなくなっちゃったんですって。どうしましょうね?」
「どうしましょうって……グループ長の三戸さんは来ていない、そこの新人は消えた、あまつさえ統括部長もいなけりゃ総務部長もいない。どうなってるか聞きたいのはこっちのほうです」
「連絡、ないのよねえ。うちの部長さんからも、そちらのほんぶ……本部長から名前かわったんだっけ? 統括部長? 統括本部長? あら、どっちだったかしら? いずれにしてもどちらの部長さんからも連絡、来てないのよねえ」
「今日から統括部長です。統括本部長はご本人が「言いづらい」「わかりづらい」と言うことで本部長に変更したのが昨年ですが、今度はいったいなんの本部だと言う話になり、そもそも本部なんてものはウチの会社にはないじゃないかという結論に至り、今日から対外的に、それに合わせて社内での呼称も統括部長にしろということになりました」
「そうそう。そうだったわね。よく覚えてるわあ。さすが鬼切くんね。社内人事なんかの連絡とか事務処理での変更は新しい期が始まる6月だけど、お客様に対してや本社では今日から幕内さんのこと、統括部長って呼ばないといけないのよね。ほんと、肩書きがコロコロコロコロコロコロ……変わってややこしいのよねえ……」
その時の気分や流行、それから……えーっと……ほら、さっき教えてもらった……なんだったかしら……あ! そうそう。ノリね、ノリ。
そんなもので肩書きをいちいち変えたがる幕内に文句の一つでも言ってやりたい茶山だった。何しろ変更前の肩書きを知っているお客からの電話で質問されるたびににいちいちその変遷を説明しなければならなかったからだ。鬼切と違ってその経緯を記憶し続ける自信のない茶山としては、電話の近くに付箋でその都度新しい肩書きとその理由とその切り替え時期をメモで貼っておかなければならず、またしてもその時期がやってきたと閉口した。そもそも世間一般とは異なる6月を期の始まりとすることもやめてほしい茶山であった。
あほくさい。
鬼切にしてみれば、この会社に本部がないことなど前年どころか会社創設以来から分かりきっていただろうにと、指摘するのも阿呆らしいと心底思っていたが幕内という人間を考えれば、肩書きごときで何か言うのもあとあと面倒なので、その会議のときもその前も目を開けたまま寝ていたことは誰にも気付かれてはいない。そんな思いをめぐらす二人の溜息と鼻息がぶつかった。
「でも、新人さんがいないままはまずいでしょう?」
「そりゃそうでしょう」
「でも、三戸さんのところは、八武さんしかまだ来てないのよ」
そう茶山に促されて鬼切が後ろのフロアを振り返ると奥のシマで奇妙な動きで(恐らく)仕事をしている八武が見えた。何故パソコンに向かうのにその動きが必要なのかは鬼切にとってはどうでも良かったが、その小刻みに揺れる姿が視界に入ると目の下あたりがひくつく感覚に、その動きが苛々する元凶であることを再認識した。その手前のシマでは、猛然とパソコンに向かう紫野と水の入ったピッチャーを持ってコーヒーサーバーへ向かう梅先が見えた。何故紫野が普段からは有り得ない不自然な真剣さでパソコンに向かっていることはあとで問い質すとして、鬼切は再び溜息を鼻から漏らすと、梅先と紫野の名を呼んだ。裏返った紫野の返事に、鬼切は紫野の行動の怪しさを確信した。
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