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はじまっていた日 12:21~
しおりを挟む何がなるほどなのかは頷いてみた梅先自身にも実はよくわかっていなかったが、何はともあれこういうときの鬼切には “Yes, sir. (イエッサー)” を全面でアピールして理解と服従の意を示して頷くのが吉と学んでいた。ここで初手を間違うと、隣の汗を噴出させている男のように追い詰められた状態になる。異常気象のような季節はずれに暑さと熱風に見舞われた梅先としては、今日はもう余計な汗はかきたくなかった。4月も始めのこの季節、着替えも持参していないし。しかし紫野、すごい汗だな。茫然自失と言うか、我ここにあらずと言うか……今すぐ逃げ出して我ここに在らずに至りたいって感じかな。ああ。僕に視える力でもあれば、肉体から今まさに逃げ出そうとしている紫野の魂が視えるんじゃない? 視たいなー 視たいなー 頼む紫野、俺に奇跡を、超常現象を見せてくれ。やはり梅先は期待していた。
そんな紫野に多大な期待を寄せる梅先へ茶山が「はい、この古津(ふるつ)くんっていう子なの。この写真でわかるかしら~」と履歴書を渡してきた。この会社に個人情報を適切に扱うと言う意識がないのは、うすうす、いやよくわかっていたので梅先はそれを素直に受け取った。そして紫野にも渡そうとするが、紫野が頑なに首を振る。
「紫野も見ときなよ」
「いや、俺はいいっす……俺、最後に見るなら可愛い子が……」
焦点も思考も定まらない紫野を「ちょっと落ち着きなよ」と梅先が肘で小突くと、小さな悶着でも起きたのかと勘違いした茶山が「あらあら。まあまあ。いいのよ、それ持っていって。ゆっくり仲良く二人で見てちょうだい」と二人をなだめた。
「その辺のコンビ二回って探して来い」
履歴書を手にした梅先に低く鬼切の有無を言わさない声が響く。
「いいんですか、この履歴書持っていってしまって」
「構わん。失くさなければな」
……なるほど。そういうことですね。これ失くしたら俺らのせいということですね。
「行け」
鬼切の含みのある返答と、そしてたった二文字の簡潔な最終指示、ほんの少し上に向けて動かされた顎で示されるドア、その高い位置から振り下ろされる剣呑な視線、絶対的命令に梅先は小さく溜息をつき手配書のよう渡された履歴書を、せめてもと内容が内側になるように折った。
「じゃ、行ってきます。ほら、紫野、行くよ」
「梅先くん、紫野くん、お願いしますねぇ」
「いや、ボクはその、まだ生きていたい……」
勘違いをリカバリ出来ず状況が全く理解できていないまま、この世の見納めと首を落としていた紫野は、梅先に引きずられるようにしてドアを出て行った。
「気をつけていってらっしゃい~」茶山はひらひらと二人に手を振った。
二人が出て行くのを確認した鬼切は、茶山をそこに残したまま、大またでミーティングルームへと向かった。まずはどうしようもない隣の新人の処理。次はうちの新人の処理だ。
鬼切はBREITLING(ブライトリング) の腕時計を見ながら脳内で組み立てられたロジックの次なる処理に向かった。
もう昼を24分も過ぎている。早く昼飯に行かなくては。
まったく。
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