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帽子屋

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はじまっていた世界 12:25~

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僕は驚きのあまり、自分の世界の音とこの世界の音を混ぜたような声、強いてこの世界のこの国の音で表現するならば「ぎゃあ」と「ひゃあ」と「ひぃぃっ」に「ふはあぁ」を混ぜたような音「にゃぁ(はぁ)ひぃっ」を小さくあげた僕は、道路に飛び出して完全に腰を抜かして逃げそこなった猫のように首を落として机を見つめたまま固まった。突然大きくドアを開いて入ってきた人間は、そんな僕を静かに見下ろしているようだった。
こ、ここここ声だけだよね? 飛び出したの、ね? ほかにバレるようなもの飛び出しちゃったりしてないよね?? だいじょーぶ、大丈夫だよ、落ち着け僕。世界適応変質、擬態は完璧! そうだよ! だって僕、そんな気を使って隠すほど特出する何かとかそもそも持ち合わせてないですし!!
僕はうっかり漏らしてしまったこの世界には存在しない音以外に、何かやらかしてしまってはいないかと高速自問自答がぐるぐる奔走しはじめたが、何かが首の後ろや後頭部に刺さる気がして立ち止まった。
まずい。こっち、見てる。見られてる! なんだか視線が痛い気がする!……う、うごくんだ。このまま固まっているままでは、怪しまれちゃうかも……。
僕はグリスの切れた機械のような動きで、部屋へやってきた人間の顔を見た。そして刺さる痛みの理由を理解した。斜め上に見上げたその顔は確かに先ほど梅先氏が仰っていたようにこの世界の容姿ランキングでは間違いなく上位にカテゴライズされそうな感じ。ざっと見ただけ、視界に入った情報だけだけど、恐らく顔だけでなく体躯もしかり。科戸さんだったら瞬時に細部にわたる等級分け、あらゆる計測値が出てきそうだけど、当然僕にはそんな能力があるわけもなく、僕が言えるのは見上げた首の確度から察するにこの国の一般的平均身長から言えばかなり高く、そしてベルトの位置から察するに脚も長そうだということ。間違ってもあの朝の廊下、未知との遭遇、邂逅した奇妙に動く人間がこれでもかと言うほど持ち上げていたズボンのウェスト位置とは違う。
そんな高いところにある整った顔に配置された双眸が、かたや机にへばりつきそうなぐらい水平に傾いている僕を見下ろしている。その眼光と言ったら、視線で突き刺す氷の刃のよう。もうまっさかさまに落下して僕に突き刺さりまくってる。痛いわけです!
相手は怒っている形相でもなく、声を荒らげているわけでもないのにプレッシャーが半端ない。
なんでしょう、この威圧感。人間、ですよね? 歩く凶器? 視線、刺さってますよ。危ないですよ。
……。
……この人間ヒト……恐い……(涙)
「鳴海さん?」
僕が泣きそうになるのを堪えた相手からは、整った容姿を持つと喉や声帯のつくりまで整うのかな? と思うような声音が落ちてきた。
「……ハイ」
名前を呼ばれたからおそるおそる返事をした。
「うちの会社、そもそも入社式とかないんだけど、例年、普通の初日だったら朝から統括部長と総務部長が新入社員を前に話しをしたり配属先を伝えたりする。それから俺たちグループ長が呼ばれて挨拶して解散。あとは配属先のグループ長とともに各自のグループへ行って新人研修を始めるわけなんだが今日は朝からイレギュラー続きでそういったステップは踏めない。両部長の話なんかも今日の午後か、もしくは明日以降になると思う」
「ハイ」
「ただ、ここにこうしていても仕方ないので先に進めることにした。まず鳴海さんの配属先は俺のところ。今、外周ってる二人が帰ってきたら研修始めるから」
「ハイ……」周ってる……周ってるってなんでしょう……取立てですか。
「昼は持って来てる?」
「ハイ?」ひる? タヒる? あれ? 死の予感? 死の持参とは、覚悟せよと?
恐怖と淀みなく流れる発言に、一度立ち止まった自問自答はテンパった状態で活動を再開。僕の頭はそれはもうぐるぐるし続けた。
「昼飯だよ。もう昼休みの時間なんだ」
相手がようやく僕から視線を外して腕時計を見たおかげで、僕は忘れていた呼吸を取り戻しぐるぐるの回転数を少し落とすことができた。
「お昼休み? 昼飯? あ、お昼ご飯、あります」
お腹空いて倒れちゃうと困るので食料とそれから飲み物はいつも携行するようにしてあります!
「だったら茶山さんはいつも弁当持参だから、茶山さんと一緒にでも食べて。普段は13時迄が昼休みだけど、今日は13時半までにするから。食べ終わったら……梅先には会ってるんだよね?」
視線を戻された僕は、声も出せずにコクコクと首を縦に振った。ゴーゴンさんやバロールさんといい勝負できちゃうんじゃないかな、この視線……。
「じゃあ梅先のところに行って」
やはり僕はただただコクコクと首を縦に振った。
ひとしきり説明を終えたらしい相手は「質問は?」と『質問なんてあるわけないよな』と質疑応答全面拒否を貼り付けた顔で尋ねてきたので、もちろん僕はブンブンと今度は首を横に振った。それをみた相手は作業終了に辿りついたようで「じゃそういうことで」と入ってきたときと同じ勢いで出て行った。僕は呆然とその背中を見送り、そのままその方向を向いたまましばらく動けなかった。また呼吸するのを忘れてる……大きく息を吸って吐いて、胸に手を置いて心臓が無事に動いていることを確認していると可愛らしいお弁当と水筒を携えた茶山さんが「鳴海さん、お昼一緒に食べましょう。うふふ。女子会ね~」とやってきた。
僕は茶山さんのほころぶ笑顔と手作りらしいキルティングのお弁当袋に身体中の緊張が解ける勢いでぐるぐるした眩暈を覚え、自分の任務をようやく思い出した。陛下のお美しい姫という意味では鬼切さんが姫である可能性。いやそれにしたって切れ味鋭すぎの抜き身の刀身、まさに周囲を凍てつく空気へと変える氷刀、まさかまさかそんな歩く凶器に姫の可能性があるだなんて……それってそれに近付いて確認しなきゃいけないってことでしょ?
僕はまた凹んだ。
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