60 / 74
帰宅後の世界 #2
しおりを挟む
「で、今日はどうだったの? お姫様には会えたの」
あらかた食事を食べ終えた頃、科戸さんがパチンと指を鳴らすと冷蔵庫から冷やされたデザートが運ばれて来た。
「うっわぁ! デザートまであるんですか!」
「好きなだけお食べなさいな。アタシはまだ食べられるナルちゃん見てたらお腹いっぱい。明日のお茶の時間にでも食べるワ」
「はい!」
僕が、デザートと一緒に運ばれて来たケーキサーバーでケーキを自分のお皿に取ると、ふわりと浮いたティーポットが白磁のティーカップに紅茶を注いだ。僕は見えない誰かに「有難うございます」と頭を下げた。
「で、今日の仕事はどうだっだのよ。朝以外はトラブルなかったの?」
「朝よりも、それ以降もうトラブルだらけと言いますか、トラブルしかなかったと言いますか……」
……? あれ、朝以外ってどういうことかな? あ。電車遅延のことかな。
「朝よりも?!」
「え、ええ。朝って、電車遅延のことですよね。僕、それには幸いにして巻き込まれなかったんです」
「……そう。そうね。さすが天然ちゃん……」
科戸さんは一瞬ぽかんと僕を見つめ、ぽつりと「そう」と言った後、横を向いて僕には聴こえないぐらいの声で呟いた。
「え?」
「いいの、気にしないで。で?」
「はい。それは良かったんですけど、もう、あの会社、おかしなことだらけなんですよ。この世界で古くからいらっしゃる方がトイレにいたり、あのトイレだったら、僕たちみたいに別の世界から来た人たちも使ってそうですし、ビルそのものの深いところには色々沢山いらっしゃいそうですし……そして彼らを呼び出しそうな呪文を画面に向かって唱えてそうな先輩、あ、でもこの方は一番優しい方で、どっからどうみてもちゃらんぽらんで軽そうな先輩に、奇妙な習性を持つ動物のような隣のグループの人と、ちょっと人間としての行動規範がどうなの?と思われる同期に……そして……この世界の住人とは思えない恐ろしい怪物、黒い獣が……」
僕は昼休憩後の世界を思い出して、身震いした。
「黒い獣?」
「はい。それはそれは恐ろしい……」
「そんなのいる? って言うか、話し聴く限りだと魑魅魍魎跋扈しすぎじゃない? そこらへんのどこにでもありそうな小っさなシステム会社でしょ? なんで獣なんかいるの?」
「なんでかは分かりかねますが……いるんです。本当に! もう、すっごい恐かったんですから。あ、ちっさくても、一応中小企業の中みたいですけど。これも、なんで中かって言われるとわかりません」
「ふーん……だけど、獣ねぇ。ベヒモス、レヴィアタン、ジズなんかはとっくにペットとして狩りつくされたでしょ? それともどこかの王子様が遊びに来てるとか? こっちにはそんな話きてないから、ここと同じ辺鄙な世界の王子様かしら」
「うーん。そんなに大きくはないですし、王子様と言えばそう言えなくもないのかなぁ……」
僕は鬼切さんの、人間にしてみれば相当高ランクの容姿を思い出してみた。きっと科戸さんに言ったら見に来ちゃう。会社に来られても困っちゃう。
「そうなの?! 相当のイケメンってことかしら?」
俄然喰い尽きてきた科戸さんに、僕は科戸さんがわざわざ品定めに来られるほどでは、ないと思いますよ、と濁し「纏うオーラが王子様と言うより黒い獣です。この世界のベストセラーに書かれている黒き獣が実は故郷に帰らずずっといるのかも……どうしよう。僕、そんな人、相手に出来ません」
ケーキを食べ終えてしまった寂しさと、背筋の凍る記憶の邂逅、そして、姫かもしれないという受け入れ難い可能性、全てが押し寄せてきた僕は涙目になりそうだった。
「ケーキまだお代わりあるから泣かないの。ほら」
科戸さんはケーキを使役している何かに取り分けさせ、僕の前に置いた。
「ナルちゃん恐がりだから、ちょっと頭の悪い人間に初日そうそういじめられて、その矮小な人間の腹黒さがドス黒い醜い獣に見えたとか、そういうことじゃないの? よく考えてごらんなさいよ。今のこの世界にそんなたいそうなものがいるわけないじゃない? それに、そんな阿呆な人間は相手にしなくていいのよ。放っておきなさい」
「……上司なんです」
「あら」
うう。
「しかも、姫かもしれないんです」
「あらやだ」
イヤです。僕もとってもイヤです。
「それって、どう言うことかしら?」
それは僕が一番訊きたいです。
あらかた食事を食べ終えた頃、科戸さんがパチンと指を鳴らすと冷蔵庫から冷やされたデザートが運ばれて来た。
「うっわぁ! デザートまであるんですか!」
「好きなだけお食べなさいな。アタシはまだ食べられるナルちゃん見てたらお腹いっぱい。明日のお茶の時間にでも食べるワ」
「はい!」
僕が、デザートと一緒に運ばれて来たケーキサーバーでケーキを自分のお皿に取ると、ふわりと浮いたティーポットが白磁のティーカップに紅茶を注いだ。僕は見えない誰かに「有難うございます」と頭を下げた。
「で、今日の仕事はどうだっだのよ。朝以外はトラブルなかったの?」
「朝よりも、それ以降もうトラブルだらけと言いますか、トラブルしかなかったと言いますか……」
……? あれ、朝以外ってどういうことかな? あ。電車遅延のことかな。
「朝よりも?!」
「え、ええ。朝って、電車遅延のことですよね。僕、それには幸いにして巻き込まれなかったんです」
「……そう。そうね。さすが天然ちゃん……」
科戸さんは一瞬ぽかんと僕を見つめ、ぽつりと「そう」と言った後、横を向いて僕には聴こえないぐらいの声で呟いた。
「え?」
「いいの、気にしないで。で?」
「はい。それは良かったんですけど、もう、あの会社、おかしなことだらけなんですよ。この世界で古くからいらっしゃる方がトイレにいたり、あのトイレだったら、僕たちみたいに別の世界から来た人たちも使ってそうですし、ビルそのものの深いところには色々沢山いらっしゃいそうですし……そして彼らを呼び出しそうな呪文を画面に向かって唱えてそうな先輩、あ、でもこの方は一番優しい方で、どっからどうみてもちゃらんぽらんで軽そうな先輩に、奇妙な習性を持つ動物のような隣のグループの人と、ちょっと人間としての行動規範がどうなの?と思われる同期に……そして……この世界の住人とは思えない恐ろしい怪物、黒い獣が……」
僕は昼休憩後の世界を思い出して、身震いした。
「黒い獣?」
「はい。それはそれは恐ろしい……」
「そんなのいる? って言うか、話し聴く限りだと魑魅魍魎跋扈しすぎじゃない? そこらへんのどこにでもありそうな小っさなシステム会社でしょ? なんで獣なんかいるの?」
「なんでかは分かりかねますが……いるんです。本当に! もう、すっごい恐かったんですから。あ、ちっさくても、一応中小企業の中みたいですけど。これも、なんで中かって言われるとわかりません」
「ふーん……だけど、獣ねぇ。ベヒモス、レヴィアタン、ジズなんかはとっくにペットとして狩りつくされたでしょ? それともどこかの王子様が遊びに来てるとか? こっちにはそんな話きてないから、ここと同じ辺鄙な世界の王子様かしら」
「うーん。そんなに大きくはないですし、王子様と言えばそう言えなくもないのかなぁ……」
僕は鬼切さんの、人間にしてみれば相当高ランクの容姿を思い出してみた。きっと科戸さんに言ったら見に来ちゃう。会社に来られても困っちゃう。
「そうなの?! 相当のイケメンってことかしら?」
俄然喰い尽きてきた科戸さんに、僕は科戸さんがわざわざ品定めに来られるほどでは、ないと思いますよ、と濁し「纏うオーラが王子様と言うより黒い獣です。この世界のベストセラーに書かれている黒き獣が実は故郷に帰らずずっといるのかも……どうしよう。僕、そんな人、相手に出来ません」
ケーキを食べ終えてしまった寂しさと、背筋の凍る記憶の邂逅、そして、姫かもしれないという受け入れ難い可能性、全てが押し寄せてきた僕は涙目になりそうだった。
「ケーキまだお代わりあるから泣かないの。ほら」
科戸さんはケーキを使役している何かに取り分けさせ、僕の前に置いた。
「ナルちゃん恐がりだから、ちょっと頭の悪い人間に初日そうそういじめられて、その矮小な人間の腹黒さがドス黒い醜い獣に見えたとか、そういうことじゃないの? よく考えてごらんなさいよ。今のこの世界にそんなたいそうなものがいるわけないじゃない? それに、そんな阿呆な人間は相手にしなくていいのよ。放っておきなさい」
「……上司なんです」
「あら」
うう。
「しかも、姫かもしれないんです」
「あらやだ」
イヤです。僕もとってもイヤです。
「それって、どう言うことかしら?」
それは僕が一番訊きたいです。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
99
ライト文芸
奥手で引っ込み思案な新入社員 × 教育係のエリート社員
佐倉美和(23)は、新入社員研修時に元読者モデルの同期・橘さくらと比較され、「じゃない方の佐倉」という不名誉なあだ名をつけられてしまい、以来人付き合いが消極的になってしまっている。
そんな彼女の教育係で営業部のエリート・幸崎優吾(28)は「皆に平等に優しい人格者」としてもっぱらな評判。
美和にも当然優しく接してくれているのだが、「それが逆に申し訳なくて辛い」と思ってしまう。
ある日、美和は学生時代からの友人で同期の城山雪の誘いでデパートのコスメ売り場に出かけ、美容部員の手によって別人のように変身する。
少しだけ自分に自信を持てたことで、美和と幸崎との間で、新しい関係が始まろうとしていた・・・
素敵な表紙はミカスケ様のフリーイラストをお借りしています。
http://misoko.net/
他サイト様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる