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帰宅後の世界 #2

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「で、今日はどうだったの? お姫様には会えたの」
 あらかた食事を食べ終えた頃、科戸さんがパチンと指を鳴らすと冷蔵庫から冷やされたデザートが運ばれて来た。
「うっわぁ! デザートまであるんですか!」
「好きなだけお食べなさいな。アタシはまだ食べられるナルちゃん見てたらお腹いっぱい。明日のお茶の時間にでも食べるワ」
「はい!」
 僕が、デザートと一緒に運ばれて来たケーキサーバーでケーキを自分のお皿に取ると、ふわりと浮いたティーポットが白磁のティーカップに紅茶を注いだ。僕は見えない誰かに「有難うございます」と頭を下げた。
「で、今日の仕事はどうだっだのよ。朝以外はトラブルなかったの?」
「朝よりも、それ以降もうトラブルだらけと言いますか、トラブルしかなかったと言いますか……」
 ……? あれ、ってどういうことかな? あ。電車遅延のことかな。
「朝よりも?!」
「え、ええ。朝って、電車遅延のことですよね。僕、それには幸いにして巻き込まれなかったんです」
「……そう。そうね。さすが天然ちゃん……」
 科戸さんは一瞬ぽかんと僕を見つめ、ぽつりと「そう」と言った後、横を向いて僕には聴こえないぐらいの声で呟いた。
「え?」
「いいの、気にしないで。で?」
「はい。それは良かったんですけど、もう、あの会社、おかしなことだらけなんですよ。この世界で古くからいらっしゃる方がトイレにいたり、あのトイレだったら、僕たちみたいに別の世界から来た人たちも使ってそうですし、ビルそのものの深いところには色々沢山いらっしゃいそうですし……そして彼らを呼び出しそうな呪文を画面に向かって唱えてそうな先輩、あ、でもこの方は一番優しい方で、どっからどうみてもちゃらんぽらんで軽そうな先輩に、奇妙な習性を持つ動物のような隣のグループの人と、ちょっと人間としての行動規範がどうなの?と思われる同期に……そして……この世界の住人とは思えない恐ろしい怪物、黒い獣が……」
 僕は昼休憩後の世界を思い出して、身震いした。
「黒い獣?」
「はい。それはそれは恐ろしい……」
「そんなのいる? って言うか、話し聴く限りだと魑魅魍魎跋扈しすぎじゃない? そこらへんのどこにでもありそうな小っさなシステム会社でしょ? なんで獣なんかいるの?」
「なんでかは分かりかねますが……いるんです。本当に! もう、すっごい恐かったんですから。あ、ちっさくても、一応中小企業の中みたいですけど。これも、なんで中かって言われるとわかりません」
「ふーん……だけど、獣ねぇ。ベヒモス、レヴィアタン、ジズなんかはとっくにペットとして狩りつくされたでしょ? それともどこかの王子様が遊びに来てるとか? こっちにはそんな話きてないから、ここと同じ辺鄙な世界の王子様かしら」
「うーん。そんなに大きくはないですし、王子様と言えばそう言えなくもないのかなぁ……」
 僕は鬼切さんの、人間にしてみれば相当高ランクの容姿を思い出してみた。きっと科戸さんに言ったら見に来ちゃう。会社に来られても困っちゃう。
「そうなの?! 相当のイケメンってことかしら?」
 俄然喰い尽きてきた科戸さんに、僕は科戸さんがわざわざ品定めに来られるほどでは、ないと思いますよ、と濁し「纏うオーラが王子様と言うより黒い獣です。この世界のベストセラーに書かれている黒き獣が実は故郷に帰らずずっといるのかも……どうしよう。僕、そんな人、相手に出来ません」
 ケーキを食べ終えてしまった寂しさと、背筋の凍る記憶の邂逅、そして、姫かもしれないという受け入れ難い可能性、全てが押し寄せてきた僕は涙目になりそうだった。
「ケーキまだお代わりあるから泣かないの。ほら」
 科戸さんはケーキを使役している何かに取り分けさせ、僕の前に置いた。
「ナルちゃん恐がりだから、ちょっと頭の悪い人間に初日そうそういじめられて、その矮小な人間の腹黒さがドス黒い醜い獣に見えたとか、そういうことじゃないの? よく考えてごらんなさいよ。今のこの世界にそんなたいそうなものがいるわけないじゃない? それに、そんな阿呆な人間は相手にしなくていいのよ。放っておきなさい」
「……上司なんです」
「あら」
 うう。
「しかも、姫かもしれないんです」
「あらやだ」
 イヤです。僕もとってもイヤです。
「それって、どう言うことかしら?」
 それは僕が一番訊きたいです。
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