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3日目の世界(2)
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新人は誰よりも早く出社して守衛室で鍵を受け取り会社を開け、電気を点灯。フロア掃除をしてコーヒーを淹れ、複合機の待機常態を解除、FAXが届いていればまとめて総務に持っていく……僕は鞄から取り出した“新人の仕事”と銘打たれたA4用紙に目を落としながら守衛室に向かった。
先週金曜日の帰り際、梅先さんから「紫野の置き土産」と紫野さんが入社したときに先輩から渡されたと言う薄っすら日焼けした紙を一枚渡された。
「さっき仕様確認で紫野のところの資料探してたらファイルの間にはさまってたんだ」
「あ、ありがとうございます。でも、この誰よりも早くって……」
「形見にならなきゃいいけどね……」
表情の消えた梅先さんがふふふ……と笑うのを見た僕は、擬態の顔面筋肉のひきつりを感じ、質問を飲み込んだ。
「僕はまだ作業があるから、鳴海さん、お疲れ様。また来週」
「は、はい。お疲れ様でした」
下げた頭を持ち上げた僕の前には蛍光灯の光を眼鏡に反射させ、怪しげな笑い声をもらしながら自席へと戻っていく梅先さんが見えた。
うーん……誰よりも早くって書かれてあるけど、曖昧すぎて結局何時に会社に着けばいいんだろう。
首をかしげながら週末のお茶会の最中に科戸さんにこの紙を見せると、ダージリンのファーストフラッシュの香りを優雅に振り撒きながら「こんな紙切れ見て、一時間も早く出社するお人よしはいないわヨ。せいぜい始業20分前にでも到着していれば十分でショ」といつもより1時間半ほど早い朝食時間を提案した僕をにっこりと押し留めた。
「だいたいこういうことさせる会社はね、早朝出勤させても給料払う気はさらさらないと思うわ。サービス残業みたいなものって言うかもしれないけど、サービスってのは料金が発生するの。あえて言うならボランティア残業、だけどボランティアって自らの意志を持って行うものなのよねぇ。ま、道義心がないヤツほど相手の良心に期待して漬け込んでくるから、ナルちゃん、気をつけなさいね」
「僕、漬け込まれてるんでしょうか」
そりゃもうあの変態にどっぷりと。この世界ではそこそこ長い時間の区切りとされる100年ものの梅干並みにね。100年漬けたら1粒一万円以上って言うんだから、愉快な世界だワ。しかし、それよりなにより愉快なのは、目の前でほんわかしている経年不詳のナルである。変態漬けにされているわりに、まともに育っているのだからヨリナシということを抜きにしても珍獣に間違いない。アレのそばにいながら、これまた宇宙一の珍事だが毒牙にかからずど天然のまま存在している。宇宙一の持たざるものヨリナシ、恐るべし。そしてその天然さを遺憾なくこの地球、この人間界でも発揮している。
科戸さんはこれでもかというほど笑顔を僕に向け、「ナルちゃん。ここにあるフロア掃除、真面目に隅から隅までこなそうとしてない?」
「え?違うんですか」
「新入社員、二人って言ってなかった?」
「はい。僕と古津さんと二人ですが……」
「その古津ってのが、来ると思う?」
「え?」
僕を見つめていた科戸さんは、ぼそっと「まったく変態が手塩にかけて温室育成するとホント本人苦労するわ」
「へんたい? おんしつ?」
「いいの、こっちの話。よくお聞きなさい、ナルちゃん。早くそこらの人間の得意技、テキトーを学ばないと、苦労するわよ」
「テキトー……」
「そう。適度に適当。なんでも真面目にとらえすぎないの。この世界の、しかもこんな紙切れ一枚、もう少し軽く受け止めて」
軽く、軽く……軽くといいますと……?
「紫野さんみたいってことでしょうか?」
「誰ソレ?」
「先日生死不明となった先輩です」
「生死不明で軽いって、ソレ、人間としての存在価値ある?」
「えー……」
「そんな人間手本になるわけないじゃない。だいたい生死不明なら、もう手本に出来ないでショ」
「あ、たしかに!そうですよね」
「そうよ」
「そしたら僕、どなたをお手本に軽くなったらいいんでしょう?」
先週金曜日の帰り際、梅先さんから「紫野の置き土産」と紫野さんが入社したときに先輩から渡されたと言う薄っすら日焼けした紙を一枚渡された。
「さっき仕様確認で紫野のところの資料探してたらファイルの間にはさまってたんだ」
「あ、ありがとうございます。でも、この誰よりも早くって……」
「形見にならなきゃいいけどね……」
表情の消えた梅先さんがふふふ……と笑うのを見た僕は、擬態の顔面筋肉のひきつりを感じ、質問を飲み込んだ。
「僕はまだ作業があるから、鳴海さん、お疲れ様。また来週」
「は、はい。お疲れ様でした」
下げた頭を持ち上げた僕の前には蛍光灯の光を眼鏡に反射させ、怪しげな笑い声をもらしながら自席へと戻っていく梅先さんが見えた。
うーん……誰よりも早くって書かれてあるけど、曖昧すぎて結局何時に会社に着けばいいんだろう。
首をかしげながら週末のお茶会の最中に科戸さんにこの紙を見せると、ダージリンのファーストフラッシュの香りを優雅に振り撒きながら「こんな紙切れ見て、一時間も早く出社するお人よしはいないわヨ。せいぜい始業20分前にでも到着していれば十分でショ」といつもより1時間半ほど早い朝食時間を提案した僕をにっこりと押し留めた。
「だいたいこういうことさせる会社はね、早朝出勤させても給料払う気はさらさらないと思うわ。サービス残業みたいなものって言うかもしれないけど、サービスってのは料金が発生するの。あえて言うならボランティア残業、だけどボランティアって自らの意志を持って行うものなのよねぇ。ま、道義心がないヤツほど相手の良心に期待して漬け込んでくるから、ナルちゃん、気をつけなさいね」
「僕、漬け込まれてるんでしょうか」
そりゃもうあの変態にどっぷりと。この世界ではそこそこ長い時間の区切りとされる100年ものの梅干並みにね。100年漬けたら1粒一万円以上って言うんだから、愉快な世界だワ。しかし、それよりなにより愉快なのは、目の前でほんわかしている経年不詳のナルである。変態漬けにされているわりに、まともに育っているのだからヨリナシということを抜きにしても珍獣に間違いない。アレのそばにいながら、これまた宇宙一の珍事だが毒牙にかからずど天然のまま存在している。宇宙一の持たざるものヨリナシ、恐るべし。そしてその天然さを遺憾なくこの地球、この人間界でも発揮している。
科戸さんはこれでもかというほど笑顔を僕に向け、「ナルちゃん。ここにあるフロア掃除、真面目に隅から隅までこなそうとしてない?」
「え?違うんですか」
「新入社員、二人って言ってなかった?」
「はい。僕と古津さんと二人ですが……」
「その古津ってのが、来ると思う?」
「え?」
僕を見つめていた科戸さんは、ぼそっと「まったく変態が手塩にかけて温室育成するとホント本人苦労するわ」
「へんたい? おんしつ?」
「いいの、こっちの話。よくお聞きなさい、ナルちゃん。早くそこらの人間の得意技、テキトーを学ばないと、苦労するわよ」
「テキトー……」
「そう。適度に適当。なんでも真面目にとらえすぎないの。この世界の、しかもこんな紙切れ一枚、もう少し軽く受け止めて」
軽く、軽く……軽くといいますと……?
「紫野さんみたいってことでしょうか?」
「誰ソレ?」
「先日生死不明となった先輩です」
「生死不明で軽いって、ソレ、人間としての存在価値ある?」
「えー……」
「そんな人間手本になるわけないじゃない。だいたい生死不明なら、もう手本に出来ないでショ」
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「そしたら僕、どなたをお手本に軽くなったらいいんでしょう?」
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