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第一楽章
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しおりを挟む静かになったことを確認しジムは話しを続けることにした。
「ロンの言う通り、元々あの地帯は一つの国だったが、豊かな資源を巡り争いを続け、結果分裂したのは歴史の記すところだ。今でも片隅では、小国の泥沼化した紛争やら小競り合いが続いているのは知っているな。その中でヤーコンクス共和国とシャルヴァー王国は隣同士、天然資源も昔は両国とも豊富だった。両国は互いに高い科学力、それに負けないライバル意識を持ち合わせていたが、シャルヴァーの方が統治する人間の倫理観が高かったのかもしれん。逆に止まることを知らないヤーコンクスは、更なる強国となるべく資源と技術を兵器や兵力といった軍事力に投資し、一時は世界屈指の軍事国家とまで言われたそうだ。だが歯止めの利かない政策のせいで資源は枯渇。瞬く間に国土の砂漠化が進んでいった。近代に至っては、資源はほぼシャルヴァー側にしか残ってないと言われている。それでもヤーコンクスは兵器を売り捌いていたルートを使って兵器開発技術と技術者、それを使用するための兵隊、売りに出す商品を物から人へと換えて生き残った。時を経て今回のパーティの題目である代理母は、表の世界でさえヤーコンクスがブランドになっている。輸出は表裏どちらの世界に対しても行っているが人間も物も、裏世界の方がレートが良いのは知れたこと。国家的バックドアが出来たのは当然の成り行きかもな」
「シャルヴァーは一触即発の弾薬庫を抱え続けているわけか」
ジムは冷めたコーヒーを飲みながら頷いた。
「シャルヴァーは隣に弾薬庫を抱えながらも豊かな資源で他国と友好的かつ中立的立場で歴史を築いてきた。ヤーコンクスとは大昔に交わした条約により水面下では絶えず牽制し合っているものの、表面上はそれなりの顔をして付き合っている。特に近年の比較的良好な関係のバランスをうまく保っていたのが現シャルヴァー王だが、病に臥して数年、国政も外交も安定に陰りが見え始めてきた。回復が芳しくないと噂される今、内政事情も微妙だ。王位継承権は第一王子にあるにしろ、第二、第三と続く勢力が狙ってないわけじゃない。と言うのは、この前の大臣を見ればわかるだろう」
ジムは圧死したマシュマロの山を眺めた。転がり落ちそうな一つが、はみ出したマシュマロが最後の命綱とでもいいたげに隣のクラッカーに張り付いている。ジムは食べるつもりはないが、ふと、その一つを手にとってやろうかという気がおきた。が、その後の展開が容易く描き出され、やめた。崩れるスモアタワーをネタにロンとホリーのじゃれあいを誘発するのは得策じゃない。この後、双子を迎えに行く予定も入っているのだ。
「価値あるだけの仕事、したんですか」
暗殺ターゲットの命の値踏みでもするように、ホリーは先を促した。
「少なくとも、今回の作戦が終わるまでは生かしておいてもいいぐらいには、な」
後は好きにしろ、とでもジムは言いたげで、また一つ、ブライアンがわざとらしく咳払いをした。ジムは、さして気にする風でもなく、まあ、いつも通り俺の想定だが。こんなファイルじゃ何も見えやしない。と、宙に浮いていたファイルを指で弾き飛ばして消した。
ロンは、宙に浮いていたリアルな画像を、いとも簡単に消し飛ばすジムの指先を見ていた。
何も知らされず、何も聞かされず、何を考えるかさえ必要とされない。ただ、命令(オーダー)に従い実行することを延々と繰り返す死ぬほど詰まらないゲームの中で、今日も死ななかった、と感動もなく確認する。死ぬまで決まった台詞を繰り返すゲームキャラクターのようだった自分にとって、ジムが語る想定は何よりも現実を感じることが出来た。
ジムは見聞きした些細な情報が自動的にストックされていくと言う、本人曰く、癖(・)があり、それをパズルのように組み立て想定世界のフローチャートや設計図を作りあげる情報統合能力――これはブライアンが命名した――を持っていた。ジムの想定とはジムが得た情報で構築された世界だった。想定を現実として受け入れることは、ある意味ジムの世界に存在するようなものかもしれないが、ロンも、恐らくここに座る二人も、それでいいと思っていた。誰も口に出すことはなかったが。ジムの世界は、外の人間たちが世界と呼ぶ何よりも、自分たちの存在を確かなものにしていたから。
ジムは幽霊の住処、さしずめホーンテッド・ハウス。しかもここには幽霊も驚くキュートな幽霊……ややこしくね?……そっか。キュートな怪物ちゃんたちがいる……。
ロンは楽しそうに喉を鳴らした。
「ヤーコンクスにお前たちを直接潜り込ませるほど上は能天気じゃなかったようだ。今回の作戦、シャルバーが布石だ。だからあそこまでして、あの大臣の首に糸を巻きつけ人形にする必要があった。糸を手繰り寄せ、王子に操り糸を引っ掛けるためにも」
ホリーから一瞬殺気が立ち上り、ギリと奥歯を噛むように拳が硬く握られた。三人はそれに気付いたが誰も何も言わなかった。ジムは凪いだまま静かに話しを続けた。
「ヤーコンクスとシャルバーの薄氷を踏むような関係に、シャルバーの燻りつつあるお家騒動。この絶好のチャンスに演出を加えてやろう。まずは前座だ。シャルバーの第一王子が現王に比べ、若く野心的であると表裏どちらの世界にもアピールするのは難しいことじゃない。現王の倫理重視を古いと切り捨て、ヤーコンクスと張るだけの自国の科学技術を倫理と言う足枷で封じ込めているのは国にとって不利益であると、新たな力を得て国をより高みへ率いて行くと声高に叫べば、靡く人間は少なくないだろう。よくある話じゃないか。これと言って目新しくもないありきたりの前座だが、首尾よくこなしたところで、新たな力、GATERSに関する最新技術をシャルバーが秘密裏に開発に成功させたと、まことしやかに、それも裏の世界だけに話が流れたらどうだ?」
「ヤーコンクスが黙っちゃいないな」
「過去からの因縁がある中、十八番(おはこ)まで持っていかれちゃ面子も未来も丸つぶれ。裏口全開放してでも奪うっすよねぇ」
「ヤーコンクスの裏口からの手招きによりシャルバー側の開発者は裏切り、そして煙のように姿を消して不幸にもその技術はヤーコンクスの闇に飲まれる……と言う筋書きは、陳腐だが効果覿面だと思わないか? 秘密裏の開発が仇になり、表沙汰にすることも出来ず地団駄を踏むシャルヴァーを横目に、裏世界へ手っ取り早く自国の最新技術としてお披露目会をする」
ロンが口笛を吹いた。
「裏の世界にだけ噂を流すってのがイヤらしくてくすぐるっす。そんなことすれば、裏だけでなく表でも、あっちやらこっちやらの連中が飛びつきそうなネタになりますもん……あぁ。もしかして……そういうこと、なんすか……」
「言われりゃ、何も戦争屋だけじゃない。裏も表も色んな場所で人形作って来たよなあ」
「今まで作ってきた人形が一斉に動き出す……?」
ああそうか。お前たちにも見えるのか。
俺たち幽霊の痕跡、腐った水鏡の向こうで蠢いていた人形どもが、死の舞踏曲にでも合わせて踊りながら這い出てくるのが。
だが。その演奏の指揮棒を振っているのは、本当に大佐だろうか。
ジムは、ステージで不恰好に踊る人形たちの顔を、ひとつひとつ確認する。
お前も。お前も。お前も。俺は忘れないぜ、お前たちの顔。
ジムは人形に変えてきた人間たちの間をすり抜け、ふと立ち止まって振り返ると一際高い場所に設えられた指揮台の上で実に楽しげに指揮をする男が見えた。
なんだ。指揮棒なんて持っちゃいないんだな。
長い両の腕が悠々と振られ、その指先からは光を反射しながら銀に光る無数の糸が伸びている。ふと、男が自分を見た気がした。男がジムの方へと腕を振ると、人形たちが一斉にジムの方を向く。その群れの中から骨がぶつかるような不快な音を立て、一体の人形が不気味に関節を曲げながら踊り出てくる。人形は腐りかけた体を揺らし、それでも自己主張するような垂れ下がった腹を突き出して、ジムの目の前まで来るとピタリとその動きを止めた。
お前か。大臣。
ジムは人形を一瞥し、群舞の向こうを見る。スポットライトの下で笑う男は、はっきりとジムを見据えていた。その瞳に捕らえられる前に、ジムは闇色の緞帳を下ろした。
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