雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

15

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 大臣の姿は外界からのアクセスを完全に遮断している結界セキュリティの向こうで見えないが生臭い声がルジェットを通してダイレクトに聴覚に響く。
 確かにお前に送ったが、お前の為の贈り物じゃあなかっただろう。宛名は、第一王子だったはずだ。だが、虚栄心の塊でできたお前は、自分への貢物だと大いに拡大解釈しまんまと箱の中身を完璧なセキュリティだと信じてやまない自室へ自ら運び入れたんだ。お陰でやっかいな結界の中でのシークレットライブ、暴力の限りを心底愉しむ秘密のショウに没頭した腐った観客の姿も顔も本部のディスプレイによく映っていることだろう。
 表も裏も、なかなかの顔ぶれじゃないか。
 フリントの音が鳴り暗闇の中に灯った火がジムの顔を浮かび上がらせた。
 そのままジムは煙草に火を点けたが屋敷のスプリンクラーも警報も作動せず、ロボットガードドッグの足音もしない。ロンの仕事は完璧だった。
 結界ここの技術は悪くはないが、屋敷全体とはいかず部屋を囲うまでが限界だったか。残念だったな。
 闇の呟きなど知る由もなく、大臣は観客の喝采に大仰な身振りで応え慇懃な挨拶とともに今夜の幕を下ろすと、ネットワークの向こうの観客たちは消えていった。
 客人を無事に帰した大臣は静かになった部屋にひとり、芝居じみた仕草で手を振ると部屋はその結界を解いた。周囲は瞬く間に貴賓室から大臣の悪趣味とも言える部屋へと姿を変えた。大臣は満足げに自室を眺めると置かれた机に腰を下ろし舐めるような目でぐったりとその机の上に体を横たえた動物の肌に指を這わせた。だがピクリとも動かないことが気に食わなかったのか、力任せに首輪からのびる黒皮のリードを引き寄せた。頚動脈がしまり苦痛にもがき始めたことに満足した笑みを浮かべると、更に力を込めた。
「そこまでだ。王子への貢物を毎晩しこたま味見してちゃあ、ダメだろう?」
 開くはずのないドアが音も無く、静かに動いた。声はその向こうから確かに聞こえてくる。大臣は驚きのあまり力任せに引いていたリードと、それに繋がれていた動物を床へと落とした。ドサリと鈍い音を立てたがチアノーゼ手前で開放された動物は生に縋るように荒い息をその足元で繰り返した。
「誰だ……」
 まったく。どいつもこいつも。
 オウム相手のお決まりの定型文句はいい加減聞き飽きてる。秘密のお楽しみの最中に黒尽くめの無粋で物騒な侵入者。つまり俺に向けてのその質問はお前らにしてみれば至極当然なんだろうが、俺から言わせりゃ侵入者が一体何者かなんてそんなことはどうでもいいだろうに。
 聞いてどうする? お前を殺す者だ。片手で卵を割るより簡単に。そう映画の悪党よろしく答えてほしいのか。
 ジムは音に乗せて相手に伝えることはせず、口内でぶつぶつと呟き噛み潰すと、ドアの向こうに落とされた闇から滑るよう部屋に入った。
「どうやって入ってきた……」
ジムの想定をなぞるように投げかけられた定型文句を軽い頷きで叩き落す。
「あんたに呼び出されたと言ったら屋敷の裏口からあんたの秘書が案内してくれたよ。ノックしても返答が無かったんでしばらく外で待っていたが鍵の開く音が聴こえたんでドアを押してみただけだ」
 ジムは煙草を指に挟んだまま、後ろ手にコツコツと顔の横でドアをノックしてみせた。乱れた衣服の隙間からみっともなくたるんだ腹がのぞく大臣は、無能な秘書のすげ替えを考えながら完璧なセキュリティで守られたこの部屋の秘密は漏れていないと胸を撫で下ろし、侵入者が手土産片手に自分へ擦り寄ってきた組織の無能で下等なお使いであることに更に落ち着きを取り戻した。が、落ち着きすぎた結果、ドアが開いた理由を考えることも安堵のため息とともに消しさっていた。
「王子への橋渡しに時間がかかりすぎているようだが?」
 大臣の思惑など気にも留めずジムは大臣の前に歩み出た。
「簡単に言ってくれるな。こちらにもリスクがある話だ」
「王子様は後ろ盾がほしいところだろ?」
「国家間の正常な取引ならな」
「正常じゃないからこそ、あんたみたいな人間が美味しい思いが出来るんだ」
「全く無礼な男だ。お前の国と同じようにな。ああ。そう言えば、死人だったか。ならば礼儀も何も、死んで腐り果てているのも合点がいく。お前も、お前の国も」
 大臣は机から離れ、バーカウンターでバカラのグラスになみなみと酒を注ぐと戻って来た。高価な酒の芳醇な芳香が、部屋に充満する生臭い体臭と血の臭いに混じってジムの鼻腔に迷い込んだ。
「だが。腐ったお前が持ち込んだにしては、この商品はなかなかのものだ。美しいだけじゃなく、多少手荒に扱ってもすぐに壊れず修復も早い。公に出来ない訳有りの技術だな?」
 机に酒を置くと大臣は足元にかがみこんだ。床に散らばる頭髪を掴み上げ、体に無数につけられた傷口の一つをべろりと舐め、再びその傷口を開いた。
「さあ目を開けて、私を見るんだ。その美しい瞳を見せておくれ」
 目蓋を上げる余力も残っていない小さな体が呻く。
「私が開けろと言っているんだ! 潰されたいのか!」
 大臣が力任せに、小さな体を床に叩きつけようとした時、空気を圧縮した短い銃声が一発。掠れた悲痛の声が力無く響き、床に落ちた。戦く大臣に、ジムはそのすぐそばまで近寄ると、更に一発目もくれず発砲する。声を出す余力もない体は失血からかガクガクと痙攣を起こすと、チェーンストークスの音も虚しくしばらくしてぱたりと止んだ。
「こ、殺したのか! 死んだのか? 傷の治りが早くても、これでは生き返りはしないのだろう?」
「まあな」
「なんて勿体無いことを。商品を殺すなんてどうかしてる。王子に取り次ぐ分はどうするんだ!」
「まっさらな新品を送ってやる。王子様への贈り物に、お前の生臭い悪臭がついてちゃまずいだろう?」
 ジムは大臣へ顔を寄せ、目を細めて相手の怯えた瞳孔を除きこんだ。足元では撃たれた体から流れる血液を、高価な絨毯がゆっくりと音も無く吸い取っていく。
「代わりはな、いくらでも創れるんだ」
「う、嘘をつくな。非合法なGATERS技術でその人形をコーディングできたとしても、その同一体をクローニングで量産することなど、どこの技術でも無理な話しだ……」
「世界に名だたるバイオ産業の株主として情報を持ち合わせているとでも言いたいわけか?」
 秘密のパーティの主催者としての情報網は伊達じゃない。そう言いたそうだが、そこまで馬鹿ではないか。
 ジムはゆっくりと銃口を男に向けた。
 そしてもう一度伝えた。
「だがな。いくらでも創れるんだ……おまえの代わりもな」
 低く、笑っているとも唸っているともとれる声の前に、大臣は血に濡れた絨毯に膝をつくと、がたがたと震え声にもならない音を上げながら祈るように命乞いを始めた。
 ジムは大臣から距離を取り、最後の一口を吸い込んだ煙草を絨毯の黒い染みの中へ放った。
「お前の神はどうだか知らんが、俺は、傅いて祈りを捧げる姿なんぞいらん。結果が全てだ」
「わかった。だから命だけは……」
 命だけは。
 命か。命がどうした。
 オウムの言葉にうんざりのジムだったが、取引完了の合言葉と受け取って駒を先に進めることにした。
 これでまた一つ、操り人形の出来上がりだ。
「これはどうするんだ」
 銃を収めたジムを見て大臣は安堵のため息を吐きながら床に転がる死体を指差した。
「回収していく」
 ジムは膝をつき、小さな体が膝を抱えるように姿勢を直すと取り出した黒い布でその体を覆った。布は冷たくなる体に触れると自ら意思があるかのように伸縮し瞬時にそれを包み込んだ。まるで真空パックされたパウチのように動かなくなった体が完全に包まれたことを確認すると、ジムは搬送用のキャリアに入れ担ぎ上げた。
「絨毯のクリーニングは自前でな、大臣。慣れているだろう?」
 ジムの最後の一言が聞こえているのかいないのか、大臣はドアを出て行くジムの背中に大きく安堵の溜息をついた。ジムはそれには気付かない振りをして闇に溶け込んだ。

 首の皮一枚繋がった上に王子への贈り物には新品の提供。好都合に、シークレットライブを知る商品は死んだと安心したか?まったく泳がすには最適な生餌だ。仕掛けを腹に入れたまま、本命までせいぜいきっちり運ぶんだ。




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