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第一楽章
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しおりを挟む♪For Whom the Bell Tolls
♪Time marches on……(♪)
「あんたの謎々や消えた何かだけじゃ追えない」
「君に手紙が届くようにするよ」
「俺には仕事がある」
「よく耳を澄ませてよ。仕事の合間にもね。きっとスナークたちは、軍靴にでも紛れて消えたんだ」
王様の馬をみんな集めても
王様の兵隊をみんな集めても
ハンプティは元には戻らない
なんでかって?
それは簡単な話だよ。お姫様たち。
戻す必要がないからだよ。
愚かな過ちを犯す人間は、必要ないからだよ。
室内には、パヴァロッティが歌うNessun dorma(♪)が流れていた。
空間を圧倒するアリアがジムを現実に引き戻した。気付くといつの間に寄ってきたのか、足元に1匹の白いモフモフが寝ている。Nessun dorma、誰も寝てはならぬ。だが、人間の世界のことなど、モフモフには関係ない。現実に引き戻された目の前にもチェシャネコは変わらず座っていたが、化け猫から人間手前、やはりジムには変人にしか見えない姿で帰って来ているようだった。
「さて。愉しんで頂けたかな? このお茶会もそろそろお開きだよ。僕は時間の無駄とか言ってこのお茶会の時間を止めるつもりも、止められるつもりもないから。そう暇でもない。こう見えて、僕、忙しいんだよ」
懐から懐中時計ではなく小型のモバイルを取り出した、やや人間の変人はそのディスプレイを軽くタップし内容を確認すると、先に席を立ちシルクハットを頭に載せてドアに向かって歩いて行く。ジムは、モフモフを起こさないようにそっと席を立ち、その後ろを追った。
♪All'alba vincerò!♪
(夜明けと共に私は勝つ!)
♪Vincerò!♪
(私は勝つ!)
♪Vincerò!♪
(私は勝つ!)
「そう言えば、エリックとフレッドにはもう会ったかい?」
「これから迎えに行く」
ウィステリアは鼻歌をやめ、背後のジムを見ずに声を掛けた
「そっか。まあ二人とも元気だよ。何せ僕が処置したんだから。感謝してよね」
「……」
ジムの返事がないことにピタリと歩を止めたウィステリアは、身をよじってジムをにらみつけた。
「して、感謝。するから、絶対」
じりじりとにじりよりながらジムに迫ったが、眉毛ひとつ動かさないジムの瞳を覗き、ぱっと寄せていた身体を離した。
「そうそう。君の腕はかなりいい。エリックの内臓の損傷は最小限だった。人間の体を良く知っている。壊さないように丁寧な仕事が出来る人間、大事だよね。レスターにもそう報告しておいた。ほら、ここ。まず一つ、感謝するところでしょ」
ジムの反応はこの際どうでもいいらしい。ウィステリアは言いたいことだけ言うと、傍らの机の上にあった箱を持ち、自ら不思議な部屋のドアを開けてジムを現実世界へ促した。ドアの向こうには、何てことはない普通の廊下が見えた。
「またね。僕のお願い、忘れないように」
「受けるとは言ってない」
「何をいまさら子供じみたことを。探したくてしかたないくせに。追いかけるの、好きでショ。わんちゃん」
断る。と喉まで出掛かったジムに「君だけが頼りだよ。この世の果て、死の世界でも地獄でも、境界を失い始めたこの世界を良く耳を澄ませて走り回って来るといい。君には、聞こえるはずだよ?」ウィステリアは囁いた。
「それでも嫌だって言うなら、ハニー隊長って組織中に広めるから。いいのかなぁ~。この建物どこを歩いていたってハニー隊長が行く、だよ。それはそれで……」
突然ウィステリアは腹を抱え肩を震わせたが、堪え切れなくなったのか転げんばかりの勢いで笑い、そして、むせた。
「あんた、子どもか」
ジムはもう、溜息しか出てこなかった。
「あーツボった。子ども? そうそう! 僕にはねプリンセスたちがいるんだよ! 幼い彼らが寝る前によく読み聞かせをした。色々な絵本や童話をね。君も子供が出来たら、読み聞かせ、するべきだよ。彼らは恐ろしい学習能力と想像力で新たな世界を構築していく」
ジムは驚きはしなかったがこの変人に本当に子どもがいたらと、本当にベッドへ入った子どもの枕元で本を読んでいる姿を考えて、どうにも処理困難と思われる複雑怪奇な感情が一気に押し寄せてくる気配を、煙草の匂いを呼び起こすことでねじ伏せた。
これ以上、脳を好き勝手されてたまるか。現実乖離発生装置め。
「ある時彼らがこんなことを言ったんだ」
現実から引き剥がされまいとするジムの努力を知らずに、目尻に涙を溜めたウィステリアはどこまでも自分のペースを保って話を続けていた。
割れたハンプティは、生卵だったの? ゆで卵だったの?
ゆで卵だったら転がり落ちた時には、まだ生きていたかもしれない。
でもね。その後、みんなで食べちゃったから、結局死んじゃった。
お城の表でおなかをすかせた人たちの為に、壁の裏から突き落としたの。
じゃあ、生卵だったら?
肥料にする。みんなでその上に花や木や野菜を植えたらいいもの。
「傑作でしょ?」そう言ってウィステリアは「はいこれお土産。美味しいよ」と、手に持っていた箱をジムへ渡した。
ジムは断らずに箱を受け取り、短く感謝の意を述べると一度も振り返ることなくブライアンたちとの合流場所へ向かった。
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