雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 その後もひとしきりジムをいじっていたウィステリアだったが、満足したのか紅茶の茶葉を変えて淹れ直し、自分とジムに前に湯気の立つカップを並べるとようやく話に戻ってきた。
「だって僕、聞いたから。【A(はじめの子)】の最後の言葉を。生存者0って言うけど、人じゃないものは戻って来たんだよ。第1部隊が突入する時、まだ火の手が勢いよく上がっていた現場に試験段階だったAZが一体投入された。【A】はとても優秀な子でね。知能と判断力がずば抜けて高かったし、身体能力、情報収集能力、戦闘力も高かった。理想的な兵士って言えるかな。何せだったから」
 ウィステリアは手に持ったカップを軽く揺らしてその紅茶の波紋を眺める。揺られて紅茶の香りがジムのところまで漂ってきた。
「第2部隊が引き上げる時にあの子は無事に戻って来て回収され、こっちに送られてきた。僕は連絡を受け皮肉な死体に戸惑いながら、運ばれて来た【A】のところに走って行った。【A】はめずらしくものすごく消耗していて活動限界だとわかったから、すぐに救命室で処置を始めたよ。目立った外傷はないもののバイタルが安定しない上にSAIも落ち着かない。めずらしいんだよ?【A】のSAIがそんなに興奮するなんて。自己意識の無い、いつも虚ろな目をしている子だったから【1】も随分と静かなSAIだった」
 ジムはSAIにナンバーが振られていることを初めて知った。
「AZとSAIは対で、SAIにも個体番号があるのか」
「そうそう。SAIにはそれぞれ特性があって1から番号が振られている。【A】と【1】が対と言うように。【E】には【5】、【F】には【6】。だからだいぶ違うでしょ? エリックとフレッドは情報収集能力は同等に非常に高いレベルにあるけど、その他にエリックは判断力、格闘、武器を扱う能力と言った戦闘力も高い。でもフレッドにはそれがない。だけどフレッドの獲物に対する嗅覚はずば抜けているでしょ? そういう特性がそれぞれあるんだ」
 紅茶を口に運び、ウィステリアは「話を元に戻すけど」と言った。
「どうにか【A】と【1】を落ち着かせて一息つこうとした時、【A】が初めて僕を見たんだ。いつも何も誰も映してない瞳が、はっきりと僕を見ていた。僕はがらにもなく動けなくなって、【A】はそんな僕の腕を掴んで引き寄せ耳元でこう言ったんだよ」
『僕は聴いた。希望の声を。僕は見た。怒りの姿を。それは、随分とよく成長した。君は見てはいけないよ。君は、何が聞きたい?』
 ウィステリアはジムの瞳を見ながら少し間をおいて目を細めると「これが、僕があの子を見た最後。この後すぐにバレットの奴が収集した現場のデータを引き出すために連れて行ったんだけど、消えちゃったんだ。忽然と」そう言って紅茶を飲み干し、空になったカップをソーサーに戻した。
 ジムの脳裏には、パナガリスの机の上に紙で築かれた山のいくつかからはみ出した紙片と、その文字が鮮明に映し出されていた。
 引き裂かれた死体、怪物、叩き潰された死体、悪魔、食い荒らされた死体、ビースト、証拠、死体以外なし、姿が見えない何かスナーク
 突入、小隊全滅、生存者0、現場情報なし、付近調査情報なし。
 馬鹿な。パナガリスが “荒唐無稽” と言っていたのは的を射ている。
 武装した小隊を含む数十人の人間を潰しておきながら、証拠が結果としての死体しかないなんてことは、有り得ない。があったはずだ。その何かが見えないだけだ。隠されたのか。
 誰が。何のために。
 消えたAZは。
「AZが消えるはずはない」
「そう。この地球の法則に則っている以上、人間を構成している要素が霧散するわけない。ほんっと、バレットのヤツは薄っぺらい。鬱陶しいぐらい喋るくせに、兎に角内容が薄っぺらい! そのくせ僕より自分が優秀だと信じてやまないところがお粗末!」
 何を思い出したのか、これでもか、と言うほどウィステリアは嫌な顔をした。
「だが、消えた」
「そう。跡形も無く、消えちゃった。ほんの少しスタッフが目を離した時間に。誰も、辛うじて動ける状態のAZがまさか消えるなんて思ってなかっただろうけどね」
 猫の目のようにウィステリアは瞬時に表情を変えてジムに向き直った。
「監視カメラやセンサーの情報は?」
「無い。消えた瞬間も無いけど、消えていく経過、逃亡したり、誰かが連れ出した情報もない。ちなみに、ここの一部が、超高セキュリティエリアになったのは、その件があったから」
「レスターは違うんだな」
「残念! レスターは隠し事をしているけど首謀者じゃない。君も簡単に行き着いたように、あいつにとってあの事件は意味も筋も無い。むしろ、博士と【A】を一度に失って大打撃を受けたのはあいつの方だよ。だって、AZ、いや、SAIの開発が6番目で止まっちゃったんだから」
「どういうことだ」
「SAIはウィルスって言ったけど、地球に許容され根付いて闊歩しているインフルエンザウィルスみたいに自然界で楽々と繁殖出来る力はない。SAIはね、ある特定の場所でしか発生しないんだ」
 ウィステリアは自分が飾りつけをした部屋の隅で身を寄せ合っている白と茶色のモフモフを見た。その上には、庇のようにせり出した大きな葉と喋り出しそうな花が咲いている。
「ほら、花にも特定地域でしか生息できないもの、あるでしょ? SAIもね、同じようにある特定の場所でだけ発芽する。簡単に新規作成、コピーが出来ないのが何よりの難点! それにSAIは想像以上に選り好みが激しい。用意された個体、脳が何でもいいってわけじゃない。これも量産化の妨げ。僕はね、こういった障害は博士の意志なんじゃないかと思ってる。僕がいまだに超えられない強固な意志。ひどいよねぇ、ほんと、ひどい。僕を置き去りにして、更にこんな……ひどい……」
 ウィステリアは、ひどいひどいとブツブツと唱え続けた。
 そんな変人は放っておいて、ジムはジムでまだ見たことのないエリックとフレッド以外のAZ、そしてSAIのことを考えていた。量産化はもっと進んでいるものだと思っていた。自分たちが実験部隊と言うからには、少なくとも近い将来に正式部隊の用意があるものだと。量産出来ない兵器など無意味だ。
「量産はとっくに目処が立っているかと」
「なに? 僕に対しての嫌味?」
「いや」
「そお? ほんとに?」
 次は顔をはたかれないように気を付けながらジムの顔をウィステリアはのぞき込んだ。だが相変わらず全く代わり映えのしない彫像顔だったので早々に観察を切り上げた。
「そりゃ目処はあったよ。ある程度でも量産出来なくちゃ、軍として、国として意味ないもん。でも目処はSAIの量産じゃなく廉価版のね。スポンサーからせっつかれた博士は奴らにも理解しやすい、廉価版、お手軽レシピを提案したんだ。あの事件が起きたのはその研究施設。施設は潰滅、資料も焼失、博士は消失。廉価版の研究も一気に失速したけど、まあ、何とか? こうして美味しいお茶会が出来るくらいの資金は今も僕のところにも回ってくるってわけ」
「消えた【A】以外にも、AZはいるんだな」
「いるよ。開発に成功したのはフレッドまでの六人。【A】が消えたから今は五人の子どもたちだ」
 ジムは双子と別れたあの日、廊下でホリーに殺されかけた将校、パナガリスが言うには “転がるように消えたジョーンズ” が言っていた言葉を思い出していた。
「ジョーンズと言う男のところにもいたんだな?」
「ジョーンズ? ああ、Bil(ビル)のお守か。あそこにも君たちみたいなベビーシッターを付けようとしたんだけどあの若造が断ってきたんだ。手駒に卑しい動物はいらないとかなんとか。で、いつも直接ビルを使っていたけど。落とされたでしょ? 生きてるかな?」

♪Humpty Dumpty sat on a wall♪
(♪ハンプティ ダンプティ 塀に座った♪)
♪Humpty Dumpty had a great fall♪
(♪ハンプティ ダンプティ 転がり落ちた♪)

 ウィステリアは口ずさむ。

「さぁな。俺は、パナガリスから『ここには居ない』と聞いただけだ」
「ふうん。……ああいう連中ハンプティは落ちると分からず壁に座るんだろうか? それとも自分が卵だって知らなくて落ちても大丈夫だと思っているのかな? なんて身の程知らずなジョーンズ。レスターの不評を買ってきっとそうとはわからないうちに突き落とされて転がったんだろうな。割れた中身は愚かな過ちを犯す人間の典型。今更サンプルにもならないのに。あ。卵の殻は粉砕すれば肥料になるかも……」
 ウィステリアはまた組んだ手の上に顎を載せ、ジムの前に置かれた空の皿辺りを見ながら誰に話すでもなく呟いた。
「不評……」
「そう。双子に手を出したから。言ったでしょ。君たちはあいつが目をかけてるって。エリックとフレッドは特別。どうして双子だってこと、考えたことある? リスク回避なんだよ。【A】が消えてから特にね。【E】と【F】は特別に大事」
 【A】が消えてから。
 消えるはずのない【A】。
 そして現実として、消えた【A】。
 死んだ人間を追えと、前の変人は言う。
「あんたの探し人は死んでるんだよな」
「そう。間違いなく肉体は死んだ。僕が確認した」
「肉体が死んだのなら、何だ。魂でも探せと言うのか」
「そう。その通り! 言ったでしょ。幽霊の君なら、探せるかもって。僕には、彼が死んだとは思えない。あの粉々に砕けた頭部を見た時、ぞっとした僕は無性に感じたの。気配ってやつを。彼は老いた肉体から解放されて、今頃はメフィストフィレスでも従えて悠々自適に過ごしているかもしれない」
 どうかしてる。俺は変人の話に耳を傾けている。
 口をつけた紅茶にやはりクスリでも入っていたんだろうか。
 あの声が脳に浸透してくるようだ。

『何が、聞きたい』
『ジム何がききたい?』

「あんたはその死人の博士を見つけてどうする気だ」
「僕はね、訊きたいことがあるんだ。尋ねられて、答えられずじまいで終わっているからね」

『何が、聞きたい』
『ジム何がききたい?』

「ほらね。探したくなった。狩りは得意でしょ?」
 目の前の変人は、目を細めて、にぃ、と本当にチェシャネコのように笑った。
「ジム、スナーク狩りの始まりだよ。ベルの音が聴こえるかい?」
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