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第一楽章
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東京国際空港は夜だというのに賑わい入国審査ゲートは自動化ゲートですら長蛇の列となっていたが父親と息子たちは審査官のいる列に並んだ。少し離れた場所にある自動化ゲートの顔認証システムの前ではシステムに入国を拒否されているのか、日本人らしき男が機械に対し日本語で罵り声を上げていた。
「ねぇ、エリック。あの人、顔が悪いのかな?」
「システムは顔の出来栄えで判断したりはしないよ」
「そうなの?」
「そうさ。システムは人間じゃないからね」
「でもさ、作ったのは人間でしょ。嫌いな顔は通さないとか」
「バグに検出されないギリギリのすごい巧妙な嫌がらせロジックってこと? 彼、もしくは彼みたいな顔限定の?」
「そうそう」
「それ、本当だったら高度なスキルの無駄遣いかよっぽど暇な人間な気がする。でもデバックAIには通用しないんじゃない?」
「じゃあ、なんでかな」
弟の疑問にエリックは目の前の装置へ今にも蹴りの一つでもお見舞いしそうな男を眺める。
「態度が悪いから」
父親のすぐ後ろで暇つぶしの人間観察に格好の獲物をみつけ、きゃっきゃとじゃれ合う双子だったが、少し前に入国を許された一陣がゲートの向こうで一際高い歓声と沸きあがる大きな拍手に迎えられるのを聞くなり揃いの顔で同時に見やった。絶え間なく明滅するフラッシュがよく見える。
「誰か、通ったのかな?」
今にも列を外れて見に行ってしまいそうなフレッドの肩を押さえ、入国審査官の肩越しに騒ぎを見やるジムが尋ねたが、審査官は表情を変えないまま、なんとなく頷くだけでジムの質問には取り合わず自分の仕事を続けた。
「滞在の目的は?」
「母の国を見せてやろうと思ってね。それから、お目当てのバンドが出るんだそうだ。例のチャリティイベントに」
あくまで通常運転を貫くか。この国代表の疲弊した堅物め。
適当にあしらわれたことへのちょっとした意趣返しとばかりにイベントを強調した父親は息子たちの肩を押して審査官の前に並べると、ゲートの向こうで騒ぐ一団に再び視線を送った。いかにも、ファンです! と言ったどこぞのバンドキャップらしき帽子をかぶった双子の子犬のような瞳に見つめられ、生真面目な審査官が大きく息を吐く。
イベント、イベント、イベント……全くこの上なく迷惑千万な話しだ。
言外にそんな声が聞こえてきそうだった。それもそのはず。黒船どころかあらゆる色彩の船が世界のそこかしこから打ち寄せてくるこの空の港は、近年ATLに迫る勢いで多忙を極めていた。世界が近くなるほど世界と自国を隔てる岸壁、自国の安全を守りつつ円滑な国際交流の一助を果たさなければならない防波堤は、より強固かつスマートな対応が求められる。そこに今、GATERS(ゲーターズ)に関する国連会議の開催という大波に乗って、休憩もまともにとれない自分にとっては異世界のショウビズ界から、この国連会議は元よりGATERSとそれをとりまく世界に問題提起とチャリティ “世界の子どもたちに未来を” をスローガンに強力な大漁旗を掲げた旗艦、最大規模のチャリティコンサート “LIVE BAND AID” が押し寄せていた。
未曾有のイベントの根源GATERS(ゲーターズ)とは生まれながらにギフトを贈られた子供たち、GIFTED AND TARRENTEDを総称し、次世代の門を開く人類となるようにとこの言葉には願いがこめられているとも言われていた。
未来の子供、その技術、それらを取り巻く環境、新たな言葉が世界に認知され浸透する以前は、ギフテッド、タレンテッドと言えば神からの贈り物を生まれながらに持つ者を称して使われていたが、GATERSは、天よ、神よ、と運任せに望むものではなく親から生まれるわが子へ、人が選択し与える事のできる遺伝子操作の注文を受けて生まれて来る子供たちを言う。その昔はジーンリッチ、デザイナーベビーと呼ばれ、ある種の特殊性を帯びていたが現在ではその言葉を使うことはなく、より一般的によりソフトに普遍的に “注文された贈り物を受け取って生まれてくる子どもたち GATERS(ゲーターズ)“ と呼ぶことが定着しつつある。その誕生から驚く早さで世界に広まったGATERSだったが強烈な潮流は人類の歴史に巨大な波紋を起こし、今なおうねり続けている。
お陰でこの殺人的仕事量だ。
もしテロリストが入国しようものならその責任をミスなのか濡れ衣なのかも忙殺で適当に判断されて罪に問われるんじゃないか? だったらいっそその前に殺してくれ……。
港の門番たる疲れ切った審査官から吐き出されたのは、そんな救いのない事態の想定もこめられたような深く鬱とした溜息だった。
鬱々と吐き出された息の前に並べられた兄弟たちは、審査官の暗鬱を打ち消すようにファンキャップの奥から瞳を輝かせ、揃ってにこりと笑顔を見せた。日々多忙を極める業務に心身ともにすり減らし、切れかかった弦のような審査官だったが、思わずその笑顔に肩の力が抜ける気がした。双子の笑顔は過積載の疲労が一瞬軽くなるような、そんな気を起こさせるほど可愛らしく綺麗に見えた。
「Avian(アヴィアン)ですよ。歌手の」
審査官はぼそりと呟いた。その名に父親はほんの少し目を見開き、子供たちは鏡をのぞくように顔を見合わせた。
「アヴィアンだって! 彼、同じ飛行機だったのかな?!」
「専用機だよきっと。ねえ、父さん」
「……」
「父さん?」
「ああ。そうかもな」
エリックが見上げたジムは何かに思いを馳せているような表情で曖昧な返事を返してきた。
双子の嬉しそうにはしゃぐ姿に態度を幾分軟化させた審査官から、ジムに続いて電子パスポートに入国許可スタンプを受け取った双子はエリックがお礼を言うが早いかフレッドは歓声とフラッシュが上がる場所へと走り出していた。
「ねぇ、エリック。あの人、顔が悪いのかな?」
「システムは顔の出来栄えで判断したりはしないよ」
「そうなの?」
「そうさ。システムは人間じゃないからね」
「でもさ、作ったのは人間でしょ。嫌いな顔は通さないとか」
「バグに検出されないギリギリのすごい巧妙な嫌がらせロジックってこと? 彼、もしくは彼みたいな顔限定の?」
「そうそう」
「それ、本当だったら高度なスキルの無駄遣いかよっぽど暇な人間な気がする。でもデバックAIには通用しないんじゃない?」
「じゃあ、なんでかな」
弟の疑問にエリックは目の前の装置へ今にも蹴りの一つでもお見舞いしそうな男を眺める。
「態度が悪いから」
父親のすぐ後ろで暇つぶしの人間観察に格好の獲物をみつけ、きゃっきゃとじゃれ合う双子だったが、少し前に入国を許された一陣がゲートの向こうで一際高い歓声と沸きあがる大きな拍手に迎えられるのを聞くなり揃いの顔で同時に見やった。絶え間なく明滅するフラッシュがよく見える。
「誰か、通ったのかな?」
今にも列を外れて見に行ってしまいそうなフレッドの肩を押さえ、入国審査官の肩越しに騒ぎを見やるジムが尋ねたが、審査官は表情を変えないまま、なんとなく頷くだけでジムの質問には取り合わず自分の仕事を続けた。
「滞在の目的は?」
「母の国を見せてやろうと思ってね。それから、お目当てのバンドが出るんだそうだ。例のチャリティイベントに」
あくまで通常運転を貫くか。この国代表の疲弊した堅物め。
適当にあしらわれたことへのちょっとした意趣返しとばかりにイベントを強調した父親は息子たちの肩を押して審査官の前に並べると、ゲートの向こうで騒ぐ一団に再び視線を送った。いかにも、ファンです! と言ったどこぞのバンドキャップらしき帽子をかぶった双子の子犬のような瞳に見つめられ、生真面目な審査官が大きく息を吐く。
イベント、イベント、イベント……全くこの上なく迷惑千万な話しだ。
言外にそんな声が聞こえてきそうだった。それもそのはず。黒船どころかあらゆる色彩の船が世界のそこかしこから打ち寄せてくるこの空の港は、近年ATLに迫る勢いで多忙を極めていた。世界が近くなるほど世界と自国を隔てる岸壁、自国の安全を守りつつ円滑な国際交流の一助を果たさなければならない防波堤は、より強固かつスマートな対応が求められる。そこに今、GATERS(ゲーターズ)に関する国連会議の開催という大波に乗って、休憩もまともにとれない自分にとっては異世界のショウビズ界から、この国連会議は元よりGATERSとそれをとりまく世界に問題提起とチャリティ “世界の子どもたちに未来を” をスローガンに強力な大漁旗を掲げた旗艦、最大規模のチャリティコンサート “LIVE BAND AID” が押し寄せていた。
未曾有のイベントの根源GATERS(ゲーターズ)とは生まれながらにギフトを贈られた子供たち、GIFTED AND TARRENTEDを総称し、次世代の門を開く人類となるようにとこの言葉には願いがこめられているとも言われていた。
未来の子供、その技術、それらを取り巻く環境、新たな言葉が世界に認知され浸透する以前は、ギフテッド、タレンテッドと言えば神からの贈り物を生まれながらに持つ者を称して使われていたが、GATERSは、天よ、神よ、と運任せに望むものではなく親から生まれるわが子へ、人が選択し与える事のできる遺伝子操作の注文を受けて生まれて来る子供たちを言う。その昔はジーンリッチ、デザイナーベビーと呼ばれ、ある種の特殊性を帯びていたが現在ではその言葉を使うことはなく、より一般的によりソフトに普遍的に “注文された贈り物を受け取って生まれてくる子どもたち GATERS(ゲーターズ)“ と呼ぶことが定着しつつある。その誕生から驚く早さで世界に広まったGATERSだったが強烈な潮流は人類の歴史に巨大な波紋を起こし、今なおうねり続けている。
お陰でこの殺人的仕事量だ。
もしテロリストが入国しようものならその責任をミスなのか濡れ衣なのかも忙殺で適当に判断されて罪に問われるんじゃないか? だったらいっそその前に殺してくれ……。
港の門番たる疲れ切った審査官から吐き出されたのは、そんな救いのない事態の想定もこめられたような深く鬱とした溜息だった。
鬱々と吐き出された息の前に並べられた兄弟たちは、審査官の暗鬱を打ち消すようにファンキャップの奥から瞳を輝かせ、揃ってにこりと笑顔を見せた。日々多忙を極める業務に心身ともにすり減らし、切れかかった弦のような審査官だったが、思わずその笑顔に肩の力が抜ける気がした。双子の笑顔は過積載の疲労が一瞬軽くなるような、そんな気を起こさせるほど可愛らしく綺麗に見えた。
「Avian(アヴィアン)ですよ。歌手の」
審査官はぼそりと呟いた。その名に父親はほんの少し目を見開き、子供たちは鏡をのぞくように顔を見合わせた。
「アヴィアンだって! 彼、同じ飛行機だったのかな?!」
「専用機だよきっと。ねえ、父さん」
「……」
「父さん?」
「ああ。そうかもな」
エリックが見上げたジムは何かに思いを馳せているような表情で曖昧な返事を返してきた。
双子の嬉しそうにはしゃぐ姿に態度を幾分軟化させた審査官から、ジムに続いて電子パスポートに入国許可スタンプを受け取った双子はエリックがお礼を言うが早いかフレッドは歓声とフラッシュが上がる場所へと走り出していた。
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