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第一楽章
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着陸準備に入った飛行機は徐々に高度を落とし始めていた。
眠っていたジムは気圧の変化で目を覚まし薄らと開けた目で窓の外を見た。薄い雲の下に光の大地が広がる。ところどころぽっかりと穴が開いたような場所を除けば、そこは天上よりも遥かに輝き光りは様々な色合いを見せていた。赤い河に見えるのは幹線道路だろう。目算でその長さを測ると、やれやれ相変わらず東京ってところは……。ジムは覚め切らない頭で思った。
「ねえ。すごいよ。すごく綺麗! これ、何に見える?」
機内の窓から光が溢れる地上を眺め、無言で夢をなぞり返していたジムの前に座る少年が興奮気味に窓にかじりついたまま振り返ることもせず自分の隣へ声を掛けた。
「赤いところ、車の渋滞は毛細血管。白いところ、建物のライトアップは神経細胞の発火。空に浮かんでる宙空投影の広告は分裂増殖した挙句に互いに牽制しあって興奮状態にある彼ら」
声を掛けた背中からは、反して落ち着いた声が返ってくる。
「何、それ?」
「お前が見ているもの」
通路側に座る少年は正面を向いたまま目深に被ったキャップの下で目を閉じ答えた。隣の興奮した波長に乗せて送られてくる視覚情報を瞼の裏で再構成し、その映像にふふっと笑った。
『俺はこんな無秩序に増殖したりしない。ましてや、牽制しなければならない別の自我の存在など、論外だ』
そう、ヘッドホンから聴こえるランダムに選択された曲のイントロにのって憮然と否定する声が聴こえてきそうな気がしたからだ。
このタイミングで、CNX(♪)が始まるって最高。 CNXは、Vegus(迷走神経)だよね。このタイトルはどうして?
心酔するギタリストはいつもどこか何とも言えないタイトルを曲に付ける。ある有名な音楽雑誌の編集者曰く “厄介な楽曲と微妙なタイトル” だそうだ。
美しくも複雑で厄介な旋律で構築され、微妙なセンスのタイトル、シニカルだなと思う。彼の作る音の世界についていけるボーカルの歌唱力とメンバーの卓越した演奏スキルがなければ成り立たないギリギリの曲の数々。さぞかしひねくれた人間なんだろうな……大好きだけど。
曲が、verse(Aメロ)に入り、横では窓から広がる東京の夜景を興奮しながら弟が眺め続けている。流れる音に反応して本当に脳内の声が起き出し、こちらの事などおかまいなしに喋り始める前に曲を変えようとモバイルをポケットから取り出すと「お客様」と声が聴こえた。
瞬時に
<Person Level:1 safety(安全)>
<CAT:CC ID:6519-2008-4819>
<Name:R.Plant Info:・・・・・・>
自分の意識がその対象を認識する前に安全の判断が脳内で下された。おかげでエリックは身を強張らせることなく目を開き、伝えられた通りのキャビンクルーを視界に確認する。
「お客様、お休みのところ失礼致します。そちらは通信端末で聴いていらっしゃいますか?」
キャップの前を持ち上げるとヘッドホンのことを言っているのであろう。子供の自分に視線を合わせるため屈んでいる彼女は緩やかな髪がかかる自身の耳を指さし柔らかな笑顔をこちらに向けていた。あくまで自然に見えるその笑顔。彼女は、例え相手が子供であろうとも、ベテランとして持ち前のスキル “さりげなく美しいスマイル” に手を抜くことはなかった。
「ごめんなさい。でも機内モードにしています。ほらね」
エリックはヘッドホンを片耳だけ外すとモバイルの設定画面を彼女に見せた。その間近に寄せられた帽子の下からのぞく容姿に彼女は迂闊にも自分が息を呑んだことを周りの誰にも悟られませんように、と祈った。年齢からしてもまだ幼さなさが残る顔、しかしそこには完璧な均整があり白磁のように滑らかな肌と艶やかな黒髪、こちらを見る瞳は黒曜石のようで吸い込まれそうな美しさだと思った。
ああ確かに。神様はさぞ愛されていらっしゃるだろう。
数時間前、乗務員室で『ねぇ!神様が遣わした天使がいるのよ! あんな綺麗な子供、見たことない! 嘘だと思うなら、ジュースを持って行ってみて! 眼福間違い無しだから!』と同僚相手に大騒ぎしていた後輩を、お客様、それも子供相手にはしたない、と嗜めていた自分を随分と遠くに感じ彼女は我に返った。
彼女は年端もいかない少年に魅惑的とさえ感じでしまった自分を払拭するかのように隙のない笑顔を改めてイメージして「失礼致しました。もう間も無く到着致します」と勤めて冷静に述べて立ち上がろうとした時、窓の外に夢中になっていた少年がこちらを向いた。
彼女はうっかり自分が動きを止めたことを誰かに気付かれるかと心配するよりも、窘めた後輩が『しかも双子!!』と感極まっていたことを思い出していた。
ジムは前の席で立ち止ったスタイルの良い美人キャビンクルーに半目で意識を向けていた。双子が問題を起こすとは思わないが彼らには無条件に働く問題がある。無意識に相手を魅了する魅力だ。それをまとうことが彼らの存在意義であり自然な状態なのだから仕方がないが。それにしても……と溜息が出る。
「あなたたち、二人で日本へ?」
半分白旗を揚げた彼女は二人に惹かれるようにして話しを続けていた。
「違うよ。パパと一緒。僕たちがご飯食べてジュースのお代わりをもらってるうちに寝ちゃった」
窓側から、ほくほくとした可愛らしい声が答える。
「そう。お父様と一緒に日本へ行くのね」
「父はこの後ろの席です。仕事が忙しくて普段なかなか眠れないみたいだから到着まで彼を寝かしておいてもらえませんか?」
片割れの内容を補うように、瓜二つの少年は後ろの席を指差しながら小声で小さく説明を加えた。
「もちろんよ」
前の席から出来た息子たちの声が聞こえる。しばらく双子と会話を楽しんだ彼女は身を起こし後ろの父親をちらりと見た。すでに男は目を開けていたが、寝かせてあげてという子供の願いを壊さないように彼女は音を出さずに口を動かして伝えてきた。
『素敵な息子さんたちですね』
男が静かに頷くと、彼女は気が抜けたような恥らうような、それでもニコリと意味深な笑顔を見せて去っていった。
可愛そうに。
あの様子じゃ、後ろめたさと欲求に苛まれるだろうな。食事の後やたら飲み物を寄越してきた若いクルーの方が傷は浅そうだ。
窓の外には、一際明るく光る地上が見えてきた。飛行機は東京の空を、着陸のアプローチに入ろうとしていた。
眠っていたジムは気圧の変化で目を覚まし薄らと開けた目で窓の外を見た。薄い雲の下に光の大地が広がる。ところどころぽっかりと穴が開いたような場所を除けば、そこは天上よりも遥かに輝き光りは様々な色合いを見せていた。赤い河に見えるのは幹線道路だろう。目算でその長さを測ると、やれやれ相変わらず東京ってところは……。ジムは覚め切らない頭で思った。
「ねえ。すごいよ。すごく綺麗! これ、何に見える?」
機内の窓から光が溢れる地上を眺め、無言で夢をなぞり返していたジムの前に座る少年が興奮気味に窓にかじりついたまま振り返ることもせず自分の隣へ声を掛けた。
「赤いところ、車の渋滞は毛細血管。白いところ、建物のライトアップは神経細胞の発火。空に浮かんでる宙空投影の広告は分裂増殖した挙句に互いに牽制しあって興奮状態にある彼ら」
声を掛けた背中からは、反して落ち着いた声が返ってくる。
「何、それ?」
「お前が見ているもの」
通路側に座る少年は正面を向いたまま目深に被ったキャップの下で目を閉じ答えた。隣の興奮した波長に乗せて送られてくる視覚情報を瞼の裏で再構成し、その映像にふふっと笑った。
『俺はこんな無秩序に増殖したりしない。ましてや、牽制しなければならない別の自我の存在など、論外だ』
そう、ヘッドホンから聴こえるランダムに選択された曲のイントロにのって憮然と否定する声が聴こえてきそうな気がしたからだ。
このタイミングで、CNX(♪)が始まるって最高。 CNXは、Vegus(迷走神経)だよね。このタイトルはどうして?
心酔するギタリストはいつもどこか何とも言えないタイトルを曲に付ける。ある有名な音楽雑誌の編集者曰く “厄介な楽曲と微妙なタイトル” だそうだ。
美しくも複雑で厄介な旋律で構築され、微妙なセンスのタイトル、シニカルだなと思う。彼の作る音の世界についていけるボーカルの歌唱力とメンバーの卓越した演奏スキルがなければ成り立たないギリギリの曲の数々。さぞかしひねくれた人間なんだろうな……大好きだけど。
曲が、verse(Aメロ)に入り、横では窓から広がる東京の夜景を興奮しながら弟が眺め続けている。流れる音に反応して本当に脳内の声が起き出し、こちらの事などおかまいなしに喋り始める前に曲を変えようとモバイルをポケットから取り出すと「お客様」と声が聴こえた。
瞬時に
<Person Level:1 safety(安全)>
<CAT:CC ID:6519-2008-4819>
<Name:R.Plant Info:・・・・・・>
自分の意識がその対象を認識する前に安全の判断が脳内で下された。おかげでエリックは身を強張らせることなく目を開き、伝えられた通りのキャビンクルーを視界に確認する。
「お客様、お休みのところ失礼致します。そちらは通信端末で聴いていらっしゃいますか?」
キャップの前を持ち上げるとヘッドホンのことを言っているのであろう。子供の自分に視線を合わせるため屈んでいる彼女は緩やかな髪がかかる自身の耳を指さし柔らかな笑顔をこちらに向けていた。あくまで自然に見えるその笑顔。彼女は、例え相手が子供であろうとも、ベテランとして持ち前のスキル “さりげなく美しいスマイル” に手を抜くことはなかった。
「ごめんなさい。でも機内モードにしています。ほらね」
エリックはヘッドホンを片耳だけ外すとモバイルの設定画面を彼女に見せた。その間近に寄せられた帽子の下からのぞく容姿に彼女は迂闊にも自分が息を呑んだことを周りの誰にも悟られませんように、と祈った。年齢からしてもまだ幼さなさが残る顔、しかしそこには完璧な均整があり白磁のように滑らかな肌と艶やかな黒髪、こちらを見る瞳は黒曜石のようで吸い込まれそうな美しさだと思った。
ああ確かに。神様はさぞ愛されていらっしゃるだろう。
数時間前、乗務員室で『ねぇ!神様が遣わした天使がいるのよ! あんな綺麗な子供、見たことない! 嘘だと思うなら、ジュースを持って行ってみて! 眼福間違い無しだから!』と同僚相手に大騒ぎしていた後輩を、お客様、それも子供相手にはしたない、と嗜めていた自分を随分と遠くに感じ彼女は我に返った。
彼女は年端もいかない少年に魅惑的とさえ感じでしまった自分を払拭するかのように隙のない笑顔を改めてイメージして「失礼致しました。もう間も無く到着致します」と勤めて冷静に述べて立ち上がろうとした時、窓の外に夢中になっていた少年がこちらを向いた。
彼女はうっかり自分が動きを止めたことを誰かに気付かれるかと心配するよりも、窘めた後輩が『しかも双子!!』と感極まっていたことを思い出していた。
ジムは前の席で立ち止ったスタイルの良い美人キャビンクルーに半目で意識を向けていた。双子が問題を起こすとは思わないが彼らには無条件に働く問題がある。無意識に相手を魅了する魅力だ。それをまとうことが彼らの存在意義であり自然な状態なのだから仕方がないが。それにしても……と溜息が出る。
「あなたたち、二人で日本へ?」
半分白旗を揚げた彼女は二人に惹かれるようにして話しを続けていた。
「違うよ。パパと一緒。僕たちがご飯食べてジュースのお代わりをもらってるうちに寝ちゃった」
窓側から、ほくほくとした可愛らしい声が答える。
「そう。お父様と一緒に日本へ行くのね」
「父はこの後ろの席です。仕事が忙しくて普段なかなか眠れないみたいだから到着まで彼を寝かしておいてもらえませんか?」
片割れの内容を補うように、瓜二つの少年は後ろの席を指差しながら小声で小さく説明を加えた。
「もちろんよ」
前の席から出来た息子たちの声が聞こえる。しばらく双子と会話を楽しんだ彼女は身を起こし後ろの父親をちらりと見た。すでに男は目を開けていたが、寝かせてあげてという子供の願いを壊さないように彼女は音を出さずに口を動かして伝えてきた。
『素敵な息子さんたちですね』
男が静かに頷くと、彼女は気が抜けたような恥らうような、それでもニコリと意味深な笑顔を見せて去っていった。
可愛そうに。
あの様子じゃ、後ろめたさと欲求に苛まれるだろうな。食事の後やたら飲み物を寄越してきた若いクルーの方が傷は浅そうだ。
窓の外には、一際明るく光る地上が見えてきた。飛行機は東京の空を、着陸のアプローチに入ろうとしていた。
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