雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 エリックとフレッドは入場受付を済ませると現れる、リングパスに示された指定席へと向かった。無料の子ども向けイベントとあってすでに劇場内には多くの子どもたちが座り、そこらじゅうから話し声が聴こえてきた。二人が席へと向かう途中に座っていた子どもがドリンクボトルをリングパスにかざしながら「ハズレた」「俺も」と残念そうな声をもらす。
「エリック。喉、かわなかない? ドリンクほしくない?」
 席につくなりフレッドがエリックに提案する。エリックはちらりと通過してきた席に座る子どもを振り返りながら溜息をつく。
「欲しいのはドリンクじゃなくてあのボトルでしょ。福引きロテリィ付きってやつ。当たるわけないよ、あんなの」
「でも僕あのドリンクボトルほしい。当たらなくてもほしい。メインステージに出る出演者のメッセージ付きで、それもボトルによって違うんだ。それに、Jackpotジャック(当たり)が出たらメインステージのバックパスがもらえるんだよ!」
「どこでそんな情報を……」
『そこらじゅうだろ』
 瞬間、エリックの脳内に今日フレッドが見てきたフードエリアに所狭しと出店する飲食店、物販ブース、イベント案内からインフォマーシャルといった映像が展開され、その中に件の福引付きドリンクボトルのインフォマーシャルが、今回のチャリティイベントや寄付金に対する説明、スローガン、プロパガンダが出演者たちの有名な楽曲とともに流れていった。
『なるほどな。rip-offぼったくりってほどじゃないが、観光地価格なのは寄付金込みってか。さすがチャリティ。さすがニホン。儲けるのがうまい』
 からかうような口調にエリックはにらんだつもりの意識を向ける。
『怒るなよ。悪かった。で、お兄ちゃんはどうするんだ?』
 たいして悪びれたようすもない頭に響く声に促されてみてみれば、フレッドのにじりよってくるような懇願の眼差しとぶつかった。時計を見れば開演時間まであと少ししかない。
「……僕が買って来るからフレッドはここにいて。座ってて。動かないで」
 頭の中ではなにがそんなに面白かったのか堪えきれなかったらしいふきだした笑いに『良かったなあフレッド』と声が混じる。
「うん! エリック大好き! ここにいる! 座ってる! 動かない!」
「絶対だよ」
「うん。絶対」
 すとん、とすぐさまフレッドは席に座りにこにこと笑みを浮かべた。くるりと背中を向けたエリックは人間だったら目尻に涙でも溜めていそうな笑いの主に『笑わないで。どうせ僕はフレッドに甘いよ』と軽い腹立たしさの意識をむけるとともに口にしてはみたが、相手は一向に気にしていないようだった。


 両足をそろえて前後に揺らしながら、フレッドはリングパスにダウンロードしたこのパイロテクニクスショーイベント “不思議の国の炎” と題されたパンフレットを宙に広げて読んでいた。物語のあらすじを読み終えて次のページをめくるとパイロテクニクスに関して子ども向けらしく、物語に出てくるキャラクターが宙に浮かぶ立体アニメーションとなって説明を始めた。フレッドは一目でこのキャラクターたちが気に入ってしまい、物販ブースにもしこのフィギュアがあれば帰って来たエリックにねだろうと考えていた。
 きっとエリックも気に入るはず。エリックがダメって言ったらジムにお願いしよう。
  何度もアニメーションを繰り返し再生するフレッドの横に、大人に付き添われた一人の少女がゆっくりと座った。
「セラちゃん。一人で大丈夫? 車椅子専用のスペースでも見られるけど」
 母親だろうか。辺りを見回しながら、少し心配そうに少女に声をかける。
「いいの。大丈夫。座席に座って見てみたいから」
「そうね。教室のみんなも近くにいるし。わたしたちは後ろにいるから、万が一何かあったら……」
「わかってる。カラータイマーでしょ」
 そういって少女は自分の首の下あたりに手を置いた。
「カラータイマーって誰が言ったの?」
「出光さん」
「まったく……」
 会場に同行しているお調子者の同僚を探すがその姿は見当たらない。変わりに斜め前で手を挙げてこちらを見ている子どもをみつけた。
「ごめんね。ちょっと行って来る」
「うん。大丈夫だから行ってあげて」
 少女は付き添いの背中を見送ると正面のステージに向き直った。座席に座って舞台を見るのは初めてでなんだかドキドキした。ふと視線を感じて横を向くと、にこりと人懐っこい顔を向ける少年と目があった。
「こんにちは。僕、フレッド」
「……こんにちは」
「さっきのお母さん?」
「ううん。先生」
「先生? 学校の先生?」 
「院内学級の先生。看護師さんや小児科の先生も来てるけど」
「院内学級?」
「そう。病院の中にある学校みたいなところ。私、ずっと病院にいるから」
「そうなんだ。僕たちもよく病院にいるよ」
 この男の子もどこか悪いのかな。どこも悪そうには見えないけど。
「ねぇ。君、ネオジーン製のアシストスーツ着けてるの? それ、超薄型高性能の一番いいやつでしょ!」
 にこにこと笑顔を崩さない隣の子は突然宝物でも見つけたように嬉々としてわたしを支えるスーツの話を始めるからびっくりした。
「どうしてわかるの?」
「音が違うもん」
「音?」
「うん。歩いたり座ったり、君をアシストするときの動作音」
「でもこれ……」
 自然と少女は自分の両膝の上に手を置いた。
 これ、世界一いいやつで、着けてるかどうか服を着てたら絶対わからないってパパもママも先生たちも言ってた。それにこの騒がしい中で動作音なんて聴こえるはずがない。
「全然わからないよね! すごいね! かっこいいね!」
 見たことない子だけどここにいるから別のクラスの子かな。私が車椅子だったりアシストスーツを着けた訓練をしているのを見たことがあってからかっているのかな。
 それでもどこまでも無邪気なフレッドと名乗った男の子の顔からは、悪意もからかいも嫌味も感じない。それどころか、いつもだったら初めての人には『ちょっと緊張する』ってわけもなく感じてしまうのに、今はそれも微塵も感じない。
「いいなぁ。僕もアシストスーツ着てみたい。そしたらスーパーマンみたいになれるかも」
「私はこんなスーツを着るよりも、遅くてもいいから自分の足だけで歩きたい。私はもう自分の足だけで歩くことはないから」
「足、動かないの?」
「足だけじゃなくて、多分、からだじゅうだんだん……パパもママもなにも言わないけど、わたしネットで調べたの。そのうち声も出せなくなってからだの全部が動かなくなって心臓が……止まっちゃうんだと思う。そういう生まれつきの病気」
「どうして? “大変な病気になりません” って言うギフトをもらわなかったの?」
「わたし、ギフトは一つももらってないの。しゅうきょうじょうの問題なんだって。パパは “ギフト” は私たちの神様からの贈り物じゃないって。だからギフトはもらっちゃいけないんだって。あんなものは、おごった人間の神様を恐れないよこしまな技術だって。いつかばちが当たるんだって。だから私はゲーターズじゃないの」
「ばち?」
「神様が怒ってわざわいが来る」
「なんで怒るの? わざわいって?」
「こわいことがおきるの。地獄に落とされちゃうとか」
「じごく……? 誰のところに来るの?」
「ギフトをあげたりもらったりする人のところかな」
「神様が来るの?」
「そう」
「でももらうひとのところに来るのはおかしいよね。だってギフトって生まれる前の話だから、生まれてくる人の神様は決まってないし、それってあれだよね。なんだっけ。ふぐちり……ちがう……たらちり? ちがう……そう! とばっちり!」
「とばっちり?」
「だって、お父さんお母さんの神様と君の神様って違うでしょ?」
「違うの?」
「だって生まれる前に神様選べないでしょ? 神様だってどの子がいいか選べないよ」
 なんだか随分ととんちんかんなことを言う男の子。思わず、セラは笑い出してしまった。神様を生まれてきてから選ぶだなんて、そんな話一度も聴いたことがない。
「そんな面白い?」
 不思議そうな顔をしてフレッドがセラの顔をのぞきこむ。
「だって神様って選ぶものじゃなくて、もうそこにいる絶対的なそんざいだって。世界の全てなんだってパパは言ってた」
「そうなの? 君もそう思うの?」
「……わたしは……。ママはいつも神様にお祈りしてる。パパはわたしにも毎日しなさいって。でもママは神様の声が聴こえないってそう言って泣くの。わたしも神様の声は聴こえない。聴こえるのはママの泣いてる声ばかり。でもわたしは、いまお祈りするよりギフトを贈ってほしかったな。特別な才能とか特別な姿とかそんなのじゃなくて。ただ自分の足で歩いて大人になれるからだがほしかった」
 足をぶらつかせているフレッドと同じように、自分も両足を交互に動かしてみた。やはり周りのざわざわした音ばかりが聴こえて、アシストスーツの動作音は聴こえない。ズボンをはいているからその姿も全然見えない。本当に見えなくなればいいのに。病気もスーツも消えちゃえばいいのに。毎日、毎日、お祈りしてる。
「そんなの君の神様じゃない。姿も見えなくて声も聴こえないなんて、パパやママはありもしないのに、あると思い込んで君に押し付けてるだけだもん。僕、神様の声聴いたことあるよ。神様って口が悪いんだ。それによくからかう。それによく寝てるし、自分は神様なんかじゃないって言ったりする。姿は見えなくても声は聴こえるし、いなくてもいるんだ。僕たちみたいに」
 隣の子はてっきり神様なんて信じていないと思ったから、真顔で神様の声が聴こえるって言い出してちょっとびっくりした。それにもっとびっくりしたことがある。
「だから僕、僕たちの神様に相談してみる!」
「僕たち?」
「そう。ね、エリック」
 突然フレッドがまるで背中に目があるみたいに、わたしの方を向いたまま声を掛けてから振り向いた先には、チャリティボトルを持ったそっくりの顔をした少年が立っていた。
「相談って……」
 フレッドそっくりの男の子はちょっと困った顔をして、わたしに「こんにちは。セラさん」って言った。
 どうしてわたしの名前を知ってるんだろう。
 今日は特別な日。びっくりの連続。アシストスーツに支えられてるけど自分で歩いてきて、この席に座って本当に良かった。


 エリックはボトルをフレッドに渡すと横の席に座った。フレッドは二本のボトルを嬉々としてセナに見せ、ボトルに書かれたミュージシャンとそのメッセージについて説明しようとしたが開演を知らせる鐘の音、2ベルが鳴り劇場内の照明がゆっくりと落とされた。光が落ちていくのに呼応するようにざわついていた客席の音が落ち着き静まると不思議の国のあるじと名乗る声が語り始め、その声に従って一人の男が上手かみてからステージ中央に進み出てきて短い挨拶をした。
「パイロテクニクスって言うのは実にさまざまで、スモークから花火、火炎、爆発みたいな派手な演出も出来るし、小さなトーチを灯すことも出来る。最近はヴァーチャルな演出がはやっちゃいるが、リアルな炎はリアルな音と同じで漂う空気を変えるんだ。体で感じる迫力が違う。今日はこのリアルな火ってやつを少しでも楽しんでもらえたらと思うよ」
 男はそう言って客席からの拍手のなか下手(しもて)の舞台の袖へと姿を消した。その男の後を追うようにスモークがステージを波打ちながら流れ始め、おとぎ話めいた音楽とともに物語は幕を開けた。
『どう。フレッド。彼、よく見えた?』
『見えたけど、もう少し近くで長く見たい。エリックは?』
『うん。僕も。情報が足らない。彼、特徴的な動作がほとんどなかった。歩き方も喋り方も表情も眼球の動きも』
『ロボットみたい』
『もっと近くで瞳や皮膚や呼吸、手や指、無意識の動きを見なきゃ』
『どうするの?』
『……』
 二人が舞台から目を離さず声も出さずに脳内で話し合っていると、音楽のフェードアウトとともにステージ中央、煙の中に突然炎が立ち上り、ゆらりと一匹の大きなイモムシが炎に包まれて現れた。イモムシが手を払うと炎は消え、くわえ煙草で器用にバランスを取りながら前に歩み出るとギターのヘッドに吸いかけの煙草をさし、ゆっくりと客席を眺めると盛大にギターの弦を響かせながら叫んだ。

「おまえたちは、だれだ?!」
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