雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 入谷スマイルにより鎮火させられた葉山の元へ舞台監督が小走りにリハーサル開始を知らせにやってきたちょうどその時
「みんなーー!! ごめーーーんーーー!!! ま、待った?! ここ、自転車置いていい???」
 スピーカーから馬鹿でかい音量の謝罪を響かせながら愛車を肩に担ぎあげたギタリストがようやく駆けつけた。誰に借りたか知らないテスト中のマイクで叫びながら。
ふじクン、それはエリマキトカゲのパフォーマンス?」
 藤はマイクを「ありがと」と言って近くのスタッフに返すと、モスキーノのスーツが良く似合う顔見知りのマネージャーが自分と肩に担いだ自転車を冷めた目で見ているのに気が付いた。
「あれ? 荒井さんお久し振り。なに? リハ見に来てくれたの? って言うかエリマキトカゲってなに?」
 顔が良くて力持ち、を通り越して、多くの人間が振り向く顔の造詣だがしかしドン引くほどの怪力、と呼ばれる藤にはエリマキトカゲが通じないとわかると荒井は「気にしないで。それより自転車降ろしたら?」と言った。
「そうね」
 藤は担ぎ上げていた自転車をひょいと肩からおろした。
 藤と連れ立ってステージ近くに集まっているメンバーたちのところへ向かう荒井は、作業指示を出しているタケシの姿を見つけると「タケシさん、お疲れ様です」と挨拶した。タケシは顔を向けることなく片手を挙げて無言の返事を返した。
「忙しそうね」
「荒井さんとこもフレイムテック?」
「そうよ。タケシさんにはお世話になりっぱなし。タケシさんの火も煙もすごいきれいでしょ。本当に素敵」
 強気で姐さん気質の敏腕マネージャーが意外にも素直に言葉を口にしたので『あらま。ふーん』と恋話コイバナ好きのどこかのおばさんスイッチが藤の中で点火された。
「荒井さん、タケシさん気になるの?」
「あのね。私は火煙の話をしてるのよ」
「まんざらでもないでショー」
「バカね」
 荒井は笑い飛ばしたが、藤の火のついたおばさん心は燃えていた。が、より燃えている、正確には一度消火されたものの再燃した人間、葉山を前にした瞬間その火は消し飛んだ。
「藤ぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「ご、ごめん。遅れるつもりはなかったよ。うん。ほんと」
 怒りの形相に背後に隠した愛車を今にもスクラップにされそうな気配が漂う。
「藤、貴様と言うやつはこの大事の日にまで遅れやがっ……」
「葉山、葉山、落ち着いて……興奮すると心臓が」
「私はミスギでもベンでもなぁいぃ!!」
 金髪童顔のオタクが吼えた。
「まさか……あるんですか? 葉山さん心疾患」
「あるわけないだろ。あるとすればアレだ」
「アレ?」
「毛が生えてる~」
「そうそう。間違いなくふっさふさ。あいつの心臓は」
「一度開胸してみたいね~」
「お前が言うと洒落に聞こえん」
「あんたたちって、高学歴だの頭の無駄遣いだの言われているけど、本当はただのおバカの集団よね」
 葉山と藤のやり取りを遠巻きに見ているメンバーの横で荒井があきれ返った声を上げた。
「荒井さん今日はわざわざ見に来てくれたんですか?」
「ついでよついで。うちのバンドのリハがさっきサブで終わったところだから。メインはどんな感じなのかなってね。ま、陣中見舞いみたいなもの。まさかあんたたちがこんなイベントのメインステージで演るまでになるとは思わなかったし。私の見る目もまだまだってことね」
「荒井さんとこのコ、みんな可愛いよね。今夜お互い本番終わりで飲みに行きましょうよ」
「あんた私の話聞く気ある? 絶対お断り。うちの子たちに絶対手を出さないで」
 入谷の誘いを荒井は徹頭徹尾完全拒否した。


 葉山から無事愛車を守った藤は自転車を安全な場所に置かせてもらうと、先に向かったメンバーを追いかけるように楽屋へと向かった。その途中、すれ違ったタケシに耳打ちした。
「ねぇねぇタケシさん、荒井さんのこと気になるんですか」
「藤、お前頭大丈夫か?」
 天パの黒髪が寝癖とヘルメットでとんでもないことになっていることを言っているのか、その中身なのか、仕事の邪魔をするなとでも言いたげに呆れてタケシは行ってしまった。
 楽屋にたどりついた藤は毛髪としばらく格闘したあと衣装とメイクの傍らでさっそく話しの火種を撒き始めた。
「荒井さんタケシさん気になるみたいよ。タケシさんもまんざらでもない感じだったけど」
「荒井さんにさあ、飲み断わられちゃったよ」
「何? フラれたの? て言うか、せめて付き合う人数、人間に付随する指で足りるぐらいにしといたら。相変わらず人外の数で付き合ってるんでショ」
「藤クン。君は僕のことを何か勘違いしているんじゃないかね」
「荒井女史は花火が好きらしいぞ。なんでも子どもの頃見た花火が忘れられないとか。フム。今度東京湾にステージを浮かべて上空を花火で覆いつくすと言うのはどうだ?」
「やめろ。東京湾が火の海になる」
「なりそ~ ゴジラとか出てきそ~」
「また色々言われちゃうね」
「クロ、またってなんだ。またって」
「僕は奇をてらわなくても十二分にダークサイドはカッコいいと思いますよ。安全第一」
「遠海、暗殺部隊の長としての矜持はないのか?!」
「葉山さん、その設定、時々なんだかとても苦しいです……」


 リハーサルも終盤に入った小憩中、入谷は思い出したようにギターを弾き始めた。
「次の曲のソロさ、今回こんなのどうかな」
「おー! 良いではないか!」
 葉山はさっそくギターソロに入る手前の自分のパートを口ずさむ。
「先輩、今思いついたんですか?」
「いや。ここ来るタクシー降りたときに思いついたって言うか音が降って来たって言うか」
「あ~ あの時~ やっぱりそうだった?」
「やっぱりってなんだよ」
「入谷さんが『曲が降って来た』っていうときって宙で何かを掴むような動作するから~」
「しますか?」
 興味津々に遠海は入谷に尋ねる。
「……するかも。無意識なんだけど」
「神田さん、良く見てますね」
「ま~ね~」
「見えないだろ。お前。目、開いてないだろ」
「開いてるよ~ ほら~ これが閉じてる状態。で、今開眼しました~」
「「「……」」」
「どっちも同じ線だな。サージカルルーペ必要か」
「私も以下同文だ」
「神田先輩! 僕、信じてますよ。開いてるって」
「遠海くん。信じるとかじゃなくて、開・い・て・る・の」
「……ハイ。開いてます」
 遠海が頷くと神田は満足そうな足取りでドラムのところへ向かっていった。神田の背中にほっと息を吐いた遠海は入谷に向き直った。
「入谷先輩、カッコいいリフやメロディが突然降って来るなんて天才ですね」
「ウウム。確かに」
「まあな。もっと言っていいぞ」
 おだてられてドヤ顔の入谷と二人の前に、スポーツドリンクのボトルを持った藤がやってきた。
「はいはい。ソレを言うなら変態よ。変態。曲が降って来るとか、音が聴こえるとか、世の中全ての物音が音楽に聴こえるとかないわー」
「藤、お前はミュージシャンとしての自覚はあるのか?」
「ミュージシャンだからって、世界の全てが音楽ってわけじゃないでしょ?」
「ううむ。一理あるな。ダークサイド、闇世界の皇帝、ボーカルとしての私、だがエンターテナーでありアクターそして時折おちゃめなコメディアン。ミュージシャンの枠におさまらないこの全てが私であり、枠にはまらないバンドがダークサイドと言うわけだ」
「でたわね。皇帝陛下の主張」
「それ、葉山さん以外無理です」
「葉山、お前はミュージシャンだ。そしてダークサイドは音楽のバンドだ。俺のアイデンティティを根底から覆すんじゃないよ」
 にこりと微笑む入谷に葉山は背中に冷たいものを感じながらコクコクと何度も頷いた。


「…ケシさん。タケシさん?」
「ああ。すまない。ここの火柱は……」
 指示を出していたタケシが急にその動きを止めたので同僚が声をかけるとタケシは我に返った。遠くではメンバーたちが集まり、ギターを抱えた入谷が好評だったソロをもう一度弾き始めた。その旋律に呼応するようにタケシ・ヤングから恐怖と憎悪と殺意の音が響いたがその音はここにいる誰にも聴こえはしなかった。ただ一人。その音にのって静かに匂い立つ殺気を嗅ぎ取ったジムをのぞいて。


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