雪原脳花

帽子屋

文字の大きさ
56 / 109
第一楽章

55

しおりを挟む

「二人とも無事か?」
 背後から駆け寄ってきた足音は、周囲に気を配りながらも焦りと不安を隠せない声をあげていた。
「「ブライアン!」」
「ジム。こっちだ。二人を見つけた。ああ、二人とも無事だ」
 ブライアンはジムに連絡を入れたモバイルをしまうと、まずは話を聞くか、いや説教するかと二人に向き直った。
「お前たちいったい何がぁぁッッ!」
 問いただそうとしたブライアンに双子は同時に思いっきり飛びつき、二人を抱えたままブライアンは後ろに倒れこんだ。顔をこすりつけてくる双子の頭を撫でながら溜息をつく。
「ブライアンお酒臭い」
「ばか。お前たちが心配かけるからアルコールなんてぬけたわ」
「でも臭い。それによくここがわかったね」
 よっこいせとブライアンは上半身を起こした。
「店の人間にお前たちが出て行く前に何かあったか聞いたんだ。そうしたらお前たちが愛してやまないバンドの面々が2次会に来ていたと言うから、もしやってな。ロンに向かわせたが、お前たちは彼らに接触はしていなかった。対象に接触できない、戻ってこられないトラブルが発生した可能性を考慮。この場合、お前たち、いや俺たちの行動プロセスからすればむやみやたらに動かず人目をさけた場所、つまりここにいる可能性が高いと言うわけだ。ジムは万が一を考えて先に俺をここに寄越して周囲を探っている。敵がいるわけじゃないならもうすぐ来るだろ。ほらな。お前たち、まずは気合入れて謝れよ」
 大またでやってきたジムは、いつもと変わらず凪いだ顔だったが双子は「「ごめんなさい」」「「もうしません」」「エリックは悪くないの。僕が急に見つけちゃったから」「フレッドから目を離した僕のせいなの」を何度も繰り返した。ジムは低い声で「話しは帰ってからだ。行くぞ」とだけ言い用意してあったタクシーに向かった。車に乗り込みホテルへ向かう途中、ジムからは怒りも何も感じられなかったが黙りこくり、そして双子も黙っていた。沈黙の中、ブライアンが、ホリーとロンに撤収の電話をかけた。


 シャワーを浴び着替えた二人をベッドに座らせ、煙草を吸いながら待っていたジムはパックマンに吸殻を放り込むと問いただしはじめた。
「エリック、フレッドどちらからでもいい。説明しろ」
「音が……」
 フレッドが先に口を開いた。
「音?」
「歌が聴こえたんだ。イリヤたちがいるのはわかってた。でもイリヤを追いかけたんじゃない。イリヤたちのすぐ後を、歌を口ずさみながらついていく人間がいたの。僕、その曲がどうしても気になって。ごめんなさい。エリックは悪くないよ。僕が勝手に獲物だって感じてついていっちゃったんだ」
「どうしてエリックに連絡しなかった」
「聴き逃すと逃げられちゃうと思ったの。小さな音だったし。すごく集中してた」
「エリック?」
「僕も。フレッドが獲物だって言うなら間違いないからついていった。モバイルを切ったのは相手に気付かれそうだったから。ごめんなさい」
「どんな相手だ。その相手は確認出来たのか?」
「この国に旅行で来た観光客みたいな普通の人間。お兄さんとおじさんの間くらいの年齢(とし)だと思う。だけど、ほとんど後ろ姿しか見えなかったんだ。正面から顔を見る前に消えちゃったから」
「消えた?」
「うん。音も消えたし」
「歩行者専用区域から地下に入って行ったから見えなくなった」
「うん。そう」
「それで僕たち迷子になってることに気付いて。人にあんまり見られちゃいけないと思って、あの公園に隠れて連絡しようとしてた」
 二人をルジェットで診断スキャンした結果は “正常動作中” だった。二人が行動していた時間も含め異常はどこにも認められなかった。
「二度とこんなことをするな。必ず動く前に俺に言え。わかったな」
「「うん。ごめんさい」」
「すぐに寝ろ。もう朝までしゃべるんじゃないぞ。寝ろ」
 ジムは立ち上がり部屋の照明を落とすとドアを出て行こうとした。
 音。
 ジムは記憶を巻き戻し、燃やして灰にしたチェシャネコの手紙を鮮明に再生した。
「フレッド。お前が追いかけた音はどんな音だ」
「うん。こんな歌」
 フレッドはベッドに入って天井を向きながら、をハミングした。


 シャワールームで熱い湯を頭に浴びながらジムはあの曲を反芻していた。
 どういうことだ。
 フレッドがハミングした曲は確かに旧友が昔ギターで奏でていた終わりの無いあの曲だった。フレッドが獲物だと感じた相手が旧友だったとしても年代特徴が合わない。そもそもあいつは普通には動けないはずだ。親類か知人か。それともあの曲は有名な曲からの拝借物だったのか。ジムは晴れない思考、もどかしく行き詰まったロジックに「忌々しい化け猫め」と言って区切りをつけシャワーを止めた。
 シャワールームから出てきたジムを一足早くさっぱりとしたブライアンがコーラ片手に待っていた。
「獲物がいたというのは、タケシ・ヤングのことか?」
「違うようだ。旅行者風の男だったと言っている」
「フレッドはいったいなんだってそんなやつを獲物だと認識して追ったんだろう」
 ジムは机の上にあった煙草を取り出し火を点けた。
「わからん」
「どうするつもりだ」
「何がだ」
「はぐらかすなよ。今回のあいつらの報告だよ」
「ルジェットには “正常” としか情報がない。あの時間のログにもエラーははかれてない」
 ジムは机の上にルジェットから転送したエリックとフレッドの簡易行動ログを机の上に宙空投影させた。どこにもエラーもアラートも出ていなかった。二人から聞いた話とログに矛盾点もない。録画の内容を確認するには本部のサーバーにアップし、データを要求する必要がある。直接このタブレットから今見ることはできない。
「本部はお前に知らせず、双子にも理解できないような裏の命令オーダーを与えているとか」
 ブライアンの発言に、ジムは煙をはいて首を振った。
  裏の命令。チェシャネコの手紙は灰にしてから来ていない。

『俺があんたのお願いを聞くとでも?』
『聞くさ。何故なら、君自身が、彼を探したくなるからだよ』
『ほらね。探したくなった。狩りは得意でしょ?』
『ジム、スナーク狩りの始まりだよ。ベルの音が聴こえるかい?』

 目を細めて笑うチェシャネコの声がこだまする。

 「わからんが、異常がない以上特筆して報告するまでのこともない」
 
 何を信用する。この灰色の曖昧な世界で。
 双子たちの言葉か。チェシャネコの笑いか。大佐の声か。
 何を選択する。選択される側のこの俺が。

 本部に映像を解析させるべきか。何のために。任務に無関係だと勘繰られたら。歌を聴いて追いたくなった、獲物を見つけて追ったと言う行動が、やつらの想定外の行動だとすれば。あいつらはAZの自発性を、それらしき行動すら許しはしないだろう。また初期化させるのか。或いはルジェットが認識出来ないエラーだったとすれば。二人に、片方に、システム異常が見つかった場合は。
 二人はどうなる。
 いつか聞いた二人の願いは。
 ジムはやはり自分も絆されていると思った。自分はヒーローではない。選択される側の選択は、人間を選ぶ必要はない。組織に尽くす義理もない。アストライアーのバランスがどちらに傾こうが構わない。その天秤に掛けられた向こうの皿に載っているのがたとえ世界だったとしても。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...