雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 違う。
 ブラックアウトが起きた時、あの時屋敷のセキュリティはすでにダウンしていたんだ。ダークはしろうさぎの目論見を、長耳のやつらが見ていることを知っていて、巧妙に実際の映像とフェイクを織り交ぜた偽の情報を流した。ハッキングを逆手に取ったんだ。ダークはなぜそんな手の込んだことをしてまでここにやってきた。嘲笑うためか?
 そしてあの笑みは。あの死人はエリックとフレッドに笑ったんだ。双子の眼を通して見ている俺たちに向かって笑ったんだ。




 ジムは沈黙した最後の部屋にいた。ドアはまるでジムを迎えるかのように開かれていた。むせかえるほどの臭いに招かれ静かにジムはそこへ足を踏み入れた。
 忘れるはずのない、甘いはずのない臭いに、猟犬になる前、黒犬と呼ばれていた頃をジムは思い出していた。筋書き通り、裏切り者のシャルヴァーの研究者の助手として双子をフォローしていたロンとホリーは優秀だった。数えることすら放棄するほど、ジムたちは泥沼化した戦場に放り込まれそして生き延びてきた。血の雨を浴び、汚泥をはいずり、銃弾の嵐を、爆風の波をかいくぐった。これ以上凄惨な光景はないと、地獄を見たと思ったことも一度じゃない。あらゆる悲惨さに反吐の出る世界に、耳を覆うことも目をつぶる感覚も失ったと思った。
なのに。

 なんだ。
 なんなんだ。
 ここは。

 窓は割れたガラスと残された格子がいやに生々しく並び立つ十字架にも似て、そこにヴラド三世でも現れたかのような貫かれた人間の姿があった。半壊した屋根からやけに明るく天上の銀盤が青白い光で照らす豪華なカリンの机に飾られているのは、花や食事、酒だけではなかった。ホストである会長が喉から腹まで引き裂かれ、自らの内臓を客人への食事のごとく振舞っていた。
 ジムはぐるりと辺りを見回す。部屋にいたSPが何かに対して応戦。異常事態に気付いた屋敷の警備が暗闇に突入したが、状況を把握する間も無く殺されたらしい。発砲の結果同士討ちになった銃弾による蜂の巣状態の見慣れた死体の少なさがそれを物語っていた。ここに転がるほとんどは大口径に吹き飛ばされた訳でもなくミシン目のようにぶち抜かれてもいない。引き裂かれ、引き千切られた人間だったものがそこら中に散らばっていた。窓に大穴が開いているにも関わらずこの部屋に留まる空気が血生臭さをかき回し鉄の臭いが立ち上る。ジムは無線で連絡を入れた。
「αだ。ターゲットポイントに入った。生存者は見ての通り確認できない。敵の姿も見えない」
 ジムの暗視装置は生体反応を可視化していたが反応するものはなく、見える情報はシロうさぎたちのモニタにも映っていた。
<了解。β合流しろ。βの合流が確認出来次第、部隊を突入させる>
 臆病なうさぎらしい。俺たちが食われないことがわかってから来るつもりか。
 モニタで見える映像に吐き気でももよおしたか。それともあまりの非現実感に意識が遠のいたか、うわずった声の命令にジムは「了解」とだけ答えた。
 ジムは最大限の集中を払いながら動きを止めず慎重に奥へと進み、その先にホリーを見つけた。ホリーは二人の子どもを胸に抱いてジムのほうを向いている。

 はずだ。
 はずだ。はずだ。

 ジムは現実を拒絶する感覚の一方で、今までの経験がそれを許さず現実から逃れられなかった。目をそらすことすら出来ずにジムはまっすぐホリーへと向かう。

 俺を見ているはずの。

 顔はどこだ。

 ジムの足元でピシャと水音が鳴った。大きな赤い水溜りに足を踏み入れていた。見れば両手にSPから奪ったのか銃を握り締め壁に背を預けているロンがいた。暗視装置を外し肉眼で認めるとジムは静かに尋ねた。
「何があった。報告しろ」
 映像の中で、普段は絶対に着ないだろう白いシャツにネクタイを締めていたロンに尋ねる。ロンはいつものように減らず口で文句を垂れると思いきや、一言も返してこない。首から上を失ったロンの身体はじっと黙っていた。膝をついてジムは銃を確認すると全弾撃ち尽くされていた。ジムは振り返るとカリンの机の上に横たわる会長と美しく盛られ並べられたアペタイザーの皿、その横に、それらをつまんでいた女や、最高級の酒に手を伸ばしていた男の頭部がごろりと並んでいるのが見える。その周囲には、首を失った肉体が糸を切られたマリオネットのように折れ曲がり潰れて転がっているのが見えた。
 ジムは立ち上がりロンから離れるとホリーと双子を確認しに向かった。ホリーが胸に抱く双子は折り重なるように、エリックがフレッドを守るようにその頭を抱いて動きを止めていた。血の海の中に膝をつき頭を無くしたホリーの、死後硬直がまだ始まらない柔らかいその腕を解き身体を動かせば、切断された首から固まらない血液が、胸に抱える白金の髪へ流れ落ちた。フレッドを抱くエリックの腹は突き破られたようで、そっとジムが触れると閉じる力もない目がほんの僅かだが動き、穴の開いた器官からヒューヒューと音を立てた。半開きの口からは血液があふれ出て、大切な弟の白金の髪そして蒼白の顔を赤く染めていく。フレッドは目を見開いたまま微動だにしない。ジムはルジェットを血塗れの双子へかざした。ディスプレイにそれぞれの識別コードと死の寸前を示す微細な生命反応のコードがわずかでも生きている事を示した。
 生きているのか?
「エリック」
「フレッド」
 ジムは双子の名を呼んだ。どこか遠くに自分を感じて。
 俺はいま冷静ではないな。この音を、何かが聞きつけたらどうするつもりだ。
 ……何か?
 ジムは二人をカウントコートに収めるため、装備を取り出しながら考えていた。
 そうだ。俺はさっきから何者、ではなく、何かがいると、何かとはなんだと自問している。
 Jabberwockバカな……
 化け猫がいると言っていた得体の知れない何かスナーク
 この惨状をものの1時間足らずで作り出した何かは確かに存在する。だが怒り狂ったバンダースナッチはもうここにはいないだろう。
 自分がここにたどりつけたということは、もう消えてしまったにちがいないとジムは俯瞰した意識で考えていた。後ろで聞き覚えのある足音が聞こえた。ロンの前でその足音が止まる。しばらく立ち止まった後、その足音はジムの隣まで来ると、ジムと同じく血の中へ膝をついた。
「ホリー……」
 ブライアンは首のないホリーを見て頭を下げた。ジムはその姿に意識を取り戻し無線に連絡を入れる。
<αだ。βと合流した。双子は生きている>
<部隊を突入させる。α、βはAZを回収して撤収しろ>
 ジムが「了解」と返答すると、ブライアンは無線のマイクを切った。それを見たジムもマイクを切った。
「ジム。お前は双子を連れて行け。俺はロンとホリーを連れて帰ってやりたい。うさぎたちはサンプルを拾ったあとここを爆破する気だ」
「うさぎより先に出てこい」
「わかった」
 ジムは立ち上がるとエリックとフレッドを収めた搬送用バッグを両肩に背負い部屋をあとにした。
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