雪原脳花

帽子屋

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間奏曲

lamentazione(12)

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 巻き立つ塵埃と砂煙にからまるように、色も臭いもしない、だが密度の濃い気体が講堂の中へと充満しはじめた。それが床を這うようにして自分の顔へ覆いかぶさる気配をグレンは感じた。息をするたびにその無色透明な、だが空気とは異なるなにかが肺へと吸い込まれると床の冷たさも体の痛みも意識すらぼんやりと遠のいていく。
 なんだろう、これ……。
 あれだけ呻り声をあげていた蝿の羽音が次第に緩やかなリズムへと変わり、緩慢なノイズの合間に明滅する光のような音が時折混じっては弾けて消えていく。それが煙と粉塵の中で交錯する銃声と、悲鳴と、生々しい破壊の音だとはグレンにはわからなかった。
 なんの音かな。俺、どうしたんだっけ?吹き飛ばされた?でもなにかが俺を……あれ、なんだったんだろう。
 こうして床に転がる直前、庭をつっきる石の廊下を走り抜けて講堂へ足を踏み入れたところで背後からの強烈な風圧で身体が宙に浮いた気がした。なにが起きたのか全く理解出来なかったが、身体は宙に浮いたままこの入口からだいぶ離れた場所に転がった。爆発でも起きてこんなところまで吹き飛ばされたのか。だが爆風に煽られる前に何かに体を捕まれた気もするし、なにより予想だにしなかった出来事、まったくの無防備な状態であの衝撃のまま床に叩きつけられていたのであれば、転がる、というだけではすまなかったはずだ。あれはもしかして追いかけてきたリッキーにでも掴みかかられのか。
わからないな、あれがリッキーかどうかなんてもうわからない。
 グレンはぼんやりと緩やかなリズムと音に合わせて煙の中で見え隠れしながらスローモーションで動く人影を見ていた。壊れた人形のように頭部をさかんに振り回している。
 もしリッキーなら……もうあの気持ちの悪い笑い顔をみなくてすむな。
 ほら、だって。
 鼻も口もない。
 いつものグレンなら顔面にあるべきものが失われ引き裂かれた顔など恐ろしくて見ていられるはずもなかったが、今は恐怖もなにも感じない。
 あの顔、なにかに食われたみたいだ。
 なんだか笑いたい気分でいっぱいだった。込み上げる感情のまま笑ってみたがヒッヒッと小さくくぐもった音がもれただけでその音はグレンにもその場にいた何者にも聴こえることはなかった。
 グレンの周りは凄惨な狩場のようで、飢えた獣に喰らいつかれ生きながら食われる人間が血液と肉片を撒き散らし絶叫をあげながらのたうちまわる。そしてその獣を、影を通して闇から浮かび上がりでもしたような、どこからともなく現れた黒い人間の姿をしたものたちが声ひとつあげず、時には餌となった人間をも破壊しながらただ静かに狩っていくのだが、その動きは黒い影絵のアニメーションでも見ているようにしかグレンには映らなかった。
 倒れたグレンはその光景に満たされた気分だった。
 そうだ、リッキーは食われたんだ……天使に。あの母親が言ってたのは嘘じゃなかったんだ。天使って本当に強かったんだな……化け物みたいに強くて本当はあんな剣なんていらないんだ。素手で人間をバラバラにしながら食っちまうんだ。そうだよな、天使って化け物だよ。羽、生えてるし、突然やってくるし。そんでもってバカみたいに強くて。だからリッキーたちを喰ってもおかしくないんだ。
 グレンは崩れたステンドグラスの中、歪に砕けたミカエルの顔、その瞳に太陽の光が乱反射を起こして輝くさまを見た。
 あのガキ、俺にまでバカみたいにいつもニコニコ笑っていたあのガキがリッキーを喰ってほら目玉がキラキラして、天使と同じだ。あのガキやおっさんの目、光ってた……そういやあいつの目玉も……あれは見間違いじゃなかったんだ。俺に「行くな」って言った。あのとき俺を見て「この先に行くな」って。俺が映った目玉がそんとき、ほんの一瞬、光った。そっか……俺のまわりキラキラしたもんがあったんだな。
 グレンは今度こそ心底楽しくて笑った。そのすぐそばに、笑い声などとうに聞こえはしない骨が剥き出しになった肉の残骸が転がった。それに喰らいついていた血まみれで蠢く子供は光をたたえた目で笑うグレンに向けてカチカチと歯を鳴らした。
 キャロル、ほらおまえの好きなキラキラだ。虹みたいなキラキラがこっちに来る。虹の根元には宝物がうまってるんだったよな。その宝物を守る七色のドワーフがいるとか、七色のたてがみのユニコーンがいるとか、キャロルが幸せそうに笑って話している姿が脳裏によみがえる。
 宝物があれば、おまえを連れてってやれるな。ここじゃないどこかへ。
 あの光が自分の元へ来たとき、自分にもあの男が言った音が聴こえてくるかもしれない。そうすればキャロルと一緒に新しい場所へ、この世界のどこかにはあるかもしれない自分たちを受け入れてくれる場所へ行ける気がする。キャロルの笑う顔がもっと見られる。それは今まで一度だって感じたことのない幸せというものにとても近いような気がした。
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