雪原脳花

帽子屋

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間奏曲

lamentazione(18)

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 光の下で見るその姿は、鈍い朱に染まった異様さを差し引けば、幼いが目鼻立ちは整い、ぱっちりとした目の可愛らしい女の子に見えた。暗がりの中、カメラのモニタ越しに白髪に見えた髪は淡いブロンドで、柔らかいウェーブは太陽光を反射し白金に輝いている。背丈は130センチぐらいだろうか。ほっそりとした首とパーカーがだぶついて見える小さな肩、その袖口から見える細い手首。ただその手には、女の子のサイズからはとても不釣合いな大きな人形がつかまれていた。それはマネキンのようでもあり、だが案山子かわら人形のようなよほど軽い素材で出来ているのか、女の子はそれを造作なく、普通の小さな人形と同じようその首筋をつかみ、彼女の顔より大きく見える人形の頭は深く垂れ下がっていた。アンにはそれがとてつもなくグロテスクに思えた。赤黒い姿よりもあの暗闇から出てきたことよりも何よりも。そして暗闇の中で恐怖をかきたてられたあの音の一つは、目の前の女の子がこの異様な人形をひきずって歩いていたのだと理解した。
 女の子が日光にさらされてなお消えなかったことに幽霊ではなくゾンビだったのかと頭の片隅で思わないでもなかったが、ただ今まで自分が知るその化け物や番組で散々見てきた動画のように、飢えて獲物を求め彷徨い歩くわけでもなく、身体が腐乱しているようにも見えない。肌の色は透き通るように白いが、そのほおにも唇にも子供らしい赤みがさしている。だがその顔に表情はなく、開かれた目も自分はおろか何かを映している様子がない。暗い廊下の中で見たときと同じく、へたりこんだままのアンが自分に注視していることなど全く気にしていない、アンの姿さえ見えていないようだった。
 現実離れした状況に、夢でも見ているのではないかと逃避を始める意識をなんとかアンは押し留める。逃げるか留まるか、ふと背中にあたる太陽のじんわりとした暖かさをふと感じアンは決意した。カメラを構え直す。カメラは何事もなかったようにまだ録画を続けていた。力の抜けた足を奮い立たせ立ち上がった。
「あなた、怪我してるんじゃない?わたしと救急隊のところへ行きましょう」
 少女を気遣うコメントがきちんと録音されるように気を使いながら、こちらを見向きもしない子供へおそるおそる近寄ると、鈍くくぐもった呻り声が僅かに聴こえ、また蜂の羽音らしき音が混ざって響き始めた。
「その音……」
アンが音の正体に、その発生源らしき僅かに開かれた子供のピンク色をした小さな唇へ思わず手を伸ばしたとき、女の子がつかんでいた人形の頭部がバネが弾かれたように勢いよく動き出した。ここへ侵入する際に雑草をかきわけたときについた細かい切創と、暗闇の中で驚き腰を抜かしたときに出来た擦過傷から滲む血液に誘われるように、人形は頭を振り上げ、口を大きく開けた中から伸びた舌でべろりとアンの手を舐めた。おぞましさと恐怖でアンはカメラを落とした。悲鳴よりも先に涙が溢れだしパニックから呼吸が出来なくなった。今すぐ飛んで逃げ出したいのに声も出せない。今度こそ完全に腰を抜かしていた。
 女の子は、無表情のまま、小さな手で握り締めた人形の首を離すことはなかった。そのため人形が動くたびに、それに合わせて腕が上下左右に不随意に振り回される。アンの目の前の死体のような青ざめた顔は、紫色に変色した唇の奥からカチカチと歯を鳴らし、その目は瞳孔が散大し大きな黒い円が広がっている。その濁った黒い沼に穴が空いたように奥から光がぼんやりと放たれているように見えた。アンの僅かな血液を舐め取った人形は、頭だけでなく次第に身体のあちこちが痙攣しているように蠢きはじめ、味見をしたアンの腕を食いちぎろうと口をあけるのがまざまざと見えた。助けてと言葉にすらならない異質で掠れた音が叫び声としてアンの口から漏れた。生暖かい液体が太腿をぬらしていることすら気にならないほどパニックを起こしたアンのすぐ後で突然子供の高無邪気な声がした。
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