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間奏曲
lamentazione(32)
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ハンドラーの落ち着いた声を聞き、グレンの動揺は不思議と和らいでいった。あの教会で話しをしたことのある痩せた男が、なぜ目の前の、小柄であどけなさすら感じさせるような新人の女性カウンセラー、キャンベルの姿でいるのか、どちらが彼の本当の姿なのか、グレンにとってそれはもうさして重要な問題ではなく、今はただ彼の言うこの先の話を聞くことが何より重要なのだと疑わなかった。
「時間がないと言うのは?」
「君も感じているだろう?あの表向きの事故のあと、病院を出て家に戻ってからも誰かの気配を。そして君はこの学校に通い始めてから、その気配が監視であると思い始めている。それは正しい見解だよ。こうして無事に会うことが出来て本当に良かった。君がやつらに連れて行かれたと知って肝を冷やしたよ。あのとき私があそこに居さえすれば、彼らを失うこともなく、君をむざむざやつらの手に渡すこともなかったのに」
机の上に置かれた、なめらかで細い手首の先に握られた小ぶりなこぶしは若い女性のものだったが、およそ似つかわしくない激しい苛立ちをあらわし、ぎりぎりと強く握りこまれていた。
「表向き?あれは事故じゃなかったんですか?やつらって、なんですか?あなたはその存在を知っているんですね?僕がその連中の手にって……」
グレンは前のめりになり矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「あれは事故じゃない。計算された襲撃だった。それも略奪のための襲撃だ」
「襲撃……略奪って、なんのために?あそこにはそんな、奪うようなものなんて……」
あそこには何もなかった。本当に何もなかったから、嘘すらつけない自分はそうボスに報告していた。
僕にまで笑顔を向けて幸せそうに奇跡が訪れることを信じているような、温かいけど、なんの力も無く弱くて、この世から見捨てられ人間扱いされなくなった人たち、あそこにはそんな人間たちしかいなかった。そう喉から出かけて、グレンは口を閉じた。あの笑顔を向けてくれた人達は、あのときどこにいたんだろう?どうなってしまったんだろう?記憶を手に入れたはずなのに、あの事故の時間だけところどころに穴が空いている。
「略奪されたのは彼らだ。そして君も。もちろん、この僕もターゲットだった」
「僕が?なんのために?」
「やつらは我々の情報をほしがった。我々の成果とそのサンプルがほしかったんだ」
「すみません。なにを言っているのかが僕にはわからないです」
「本当にわからないかい? 君に起きたこと、それをやつらは欲しがったんだ」
「僕に起きた……」
グレンは病院での夜を思い出した。あの男が言っていた、いつか必ず聞こえると約束にも似たあの言葉を思い出した。そこに混じるキラキラとしたキャロルとの記憶、自分が生まれてきた今までの時間、自分を自分であると認識することの実感、それは全て、聴こえたからだ。
「音が……音が聴こえた。曲が、奇跡が、僕にも訪れた。その音によって僕は記憶を手に入れ、普通の人のように話せるようになった」
グレンはキャンベルを見つめながら、でも、と続けた。
「僕は家に帰されました」
「やつらが君を連れていったとき、君はまだ芽吹く前だった。やつらは君の中に何も見つけられなかったんだ。だから君を解放した。だがこうして自ら学校への復帰を希望し日々を過ごす君をみて、やつらは遠からずやってくるだろう。君が形にすらならない感覚、頭の奥底で感じている警鐘は正しい。君はずっと監視されている」
「こうして、普通の人たちのように考えたり、話すことが出来るようになった僕を捕まえるために?」
「そうだ」
「あそこにいた人たちは……僕よりも先に奇跡の音を聴いた人たち、あの人は、あの喉を潰されたと言っていた人は生きていますか?」
キャンベルは小さな頭をふった。
「やつら捕まった。生きている保障はない」
男は声のトーンを一段下げて話しを続けた。
「ここにいれば遅かれ早かれやつらは君を連れ去りにくるだろう。そうすればもう二度とキャロルに会うことは出来ない。そしてキャロルも無事ではいられないだろう」
「やつらってなんなんですか」
「君はまだ知らない方がいい。とても危険な連中だとだけ覚えていてくれ」
「それじゃキャロルを守ってやれない」
「だから今すぐに逃げるんだ」
「逃げるっていっても……僕たちにそんな、逃げていけるような場所はありません」
「時間がないと言うのは?」
「君も感じているだろう?あの表向きの事故のあと、病院を出て家に戻ってからも誰かの気配を。そして君はこの学校に通い始めてから、その気配が監視であると思い始めている。それは正しい見解だよ。こうして無事に会うことが出来て本当に良かった。君がやつらに連れて行かれたと知って肝を冷やしたよ。あのとき私があそこに居さえすれば、彼らを失うこともなく、君をむざむざやつらの手に渡すこともなかったのに」
机の上に置かれた、なめらかで細い手首の先に握られた小ぶりなこぶしは若い女性のものだったが、およそ似つかわしくない激しい苛立ちをあらわし、ぎりぎりと強く握りこまれていた。
「表向き?あれは事故じゃなかったんですか?やつらって、なんですか?あなたはその存在を知っているんですね?僕がその連中の手にって……」
グレンは前のめりになり矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「あれは事故じゃない。計算された襲撃だった。それも略奪のための襲撃だ」
「襲撃……略奪って、なんのために?あそこにはそんな、奪うようなものなんて……」
あそこには何もなかった。本当に何もなかったから、嘘すらつけない自分はそうボスに報告していた。
僕にまで笑顔を向けて幸せそうに奇跡が訪れることを信じているような、温かいけど、なんの力も無く弱くて、この世から見捨てられ人間扱いされなくなった人たち、あそこにはそんな人間たちしかいなかった。そう喉から出かけて、グレンは口を閉じた。あの笑顔を向けてくれた人達は、あのときどこにいたんだろう?どうなってしまったんだろう?記憶を手に入れたはずなのに、あの事故の時間だけところどころに穴が空いている。
「略奪されたのは彼らだ。そして君も。もちろん、この僕もターゲットだった」
「僕が?なんのために?」
「やつらは我々の情報をほしがった。我々の成果とそのサンプルがほしかったんだ」
「すみません。なにを言っているのかが僕にはわからないです」
「本当にわからないかい? 君に起きたこと、それをやつらは欲しがったんだ」
「僕に起きた……」
グレンは病院での夜を思い出した。あの男が言っていた、いつか必ず聞こえると約束にも似たあの言葉を思い出した。そこに混じるキラキラとしたキャロルとの記憶、自分が生まれてきた今までの時間、自分を自分であると認識することの実感、それは全て、聴こえたからだ。
「音が……音が聴こえた。曲が、奇跡が、僕にも訪れた。その音によって僕は記憶を手に入れ、普通の人のように話せるようになった」
グレンはキャンベルを見つめながら、でも、と続けた。
「僕は家に帰されました」
「やつらが君を連れていったとき、君はまだ芽吹く前だった。やつらは君の中に何も見つけられなかったんだ。だから君を解放した。だがこうして自ら学校への復帰を希望し日々を過ごす君をみて、やつらは遠からずやってくるだろう。君が形にすらならない感覚、頭の奥底で感じている警鐘は正しい。君はずっと監視されている」
「こうして、普通の人たちのように考えたり、話すことが出来るようになった僕を捕まえるために?」
「そうだ」
「あそこにいた人たちは……僕よりも先に奇跡の音を聴いた人たち、あの人は、あの喉を潰されたと言っていた人は生きていますか?」
キャンベルは小さな頭をふった。
「やつら捕まった。生きている保障はない」
男は声のトーンを一段下げて話しを続けた。
「ここにいれば遅かれ早かれやつらは君を連れ去りにくるだろう。そうすればもう二度とキャロルに会うことは出来ない。そしてキャロルも無事ではいられないだろう」
「やつらってなんなんですか」
「君はまだ知らない方がいい。とても危険な連中だとだけ覚えていてくれ」
「それじゃキャロルを守ってやれない」
「だから今すぐに逃げるんだ」
「逃げるっていっても……僕たちにそんな、逃げていけるような場所はありません」
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