雪原脳花

帽子屋

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間奏曲

lamentazione(37)

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 パナガリスは、半年前に官民人事交流の名目で派遣された民間企業、ネオジーン社でのランチタイムに自席から離れたことがない。軍の施設ではありえない高さで聳え立つこのビルの中には、外に出なくても困らない、食事やミーティングに使えるカフェテラスや街中のレストランと遜色のない食堂、ショップがあったが、そのどれも自ら利用したことはなかった。正直なところ、規律と規則で育ち、当たり前に軍に入隊したパナガリスは、個人的に使えるランチタイムと言う時間をもてあましていた。もてあました時間で、個人的なことをする気もさらさら起きず、いつも資料とデータとサラダを、頭と胃に入れる毎日だった。しかし、それについて気を留めるような、ましてや口を開くような社員はこのフロアにはいない。
情報部調査分析課の主な職務は、ネット・SNS監視、情報収集と分析。企業クレームの中で公のルートで入る以外のネガティブな発言、呟き、陰口の類、或いは明るみに出ては大きなトラブルに発展しそうな可能性のある火種を、それらがはっきりとした形、意思を持つ前に見つけ出し分析調査を行いカテゴリとグレード分類し報告する。だが与えられたキーワードを元に行う監視業務のメインはAIで、人間はそのAIをサポートするために必要最低限いるだけだった。AIがメインで人間がそのサポートとあって、調査分析課は情報部内でも日陰の存在で、だからいつでも調査分析課は静まりかえっている。そしてその数少ない社員は、他人に興味を示さないことが特技であるかのような、没コミュニケーション能力の人間たちだった。彼らはいつでも黙ってAIが映し出す映像を見て、その声を聴いているだけだった。そんな日陰部署があるときからさらにオカルト的な課に変わった。都市伝説的なキーワードが検索ワードに追加されたからだ。
ゾンビだ、アンデッドだ、吸血鬼だと、そんなキーワードがまがりなりにも一流企業の情報部が真剣に情報を収集するなど笑い話でしかない。だが、他の課であれば物議を醸しそうな、ひと悶着起きてもおかしくないような業務内容の追加オーダーに、情報部調査分析課の社員は誰一人として、疑問の声、失笑の音ひとつ上げるものはいなかった。
恐ろしく何にも興味がない。ある種、オーダーを受けていないAIと同じく自発的な思考を持ち合わせていないか、完璧にその思考を停止させていることが彼らの存在価値なのかもしれないとパナガリスは思った。一流企業が都市伝説の情報に取り組んでいるという眉唾リークさえ、株価に影響しかねない。そういう意味でも、情報漏洩の最たる原因、人間の配属は必要最低限でしかないのかもしれない。
同時に、良い兵士の資質を語った男の声を思い出した。良い兵士とは英雄でもなければ戦士でもない。いかに効率良く戦場を支配し、指揮者が思う戦況を描けるかだと。人間にとって効率の最大の弊害は感情であると、自分をこの場所へ、この眉唾都市伝説の後始末をつける秘密裏の実行部隊として送り込んだ男は言っていた。
祖国の為に命さえ惜しまない覚悟で入隊したが、先祖代々軍人家系は皆、日の当る場所で日の当る軍人として軍務を全うし、時として祖国の礎となりその棺も空の下で見送られた。自分もそうであると疑いはなく、まさか幽霊や魑魅魍魎が跋扈する灰色の世界で生きることになろうとは夢にも思っていなかった。
ランチのデータを眺めながらパナガリスは溜息をつく。出動は先日の教会爆破事件だけではない。こんなオカルトが絶対に現実だと世間に知られるわけにはいかない。それこそ株価暴落どころの話ではない。
いっそ夢なら良かった。悪夢(ナイトメア)がいつか明けることを祈って、パナガリスは今日も食後のソイラテを口に運んだ。甘さは控え目で、試し始めた当初は物足りなさを感じる。これでもかというほど甘くしたいのだが、彼が、ここでは軍のオフィスで支給されていたような砂糖はなく、パナガリスは自身で用意する必要があった。いつか『ラテにはここの砂糖よりグルコース100%のブドウ糖を入れた方が頭が冴える』
感情に乏しいが、死人のように冷たい印象はない部下。口数の少ないその部下が珍しく自分にそういったのはとても印象的だった。軽い衝撃を受けた自分の嗜好の宗旨替えを促すほど。
だが、彼は幽霊らしく忽然と自分の前から消えてしまった。ソイラテはもっと苦いほうがいいのかもしれない。パナガリスはまたひとくち口に運び、ふと思った。
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