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間奏曲
lamentazione(38)
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世界というものは、ほんの少し角度を変えてみれば、いくつもの現実が平行して存在している。それぞれの現実に存在する人間たちが、自分たちとは異なる現実を捉えきれずにいる。いくつもの世界は隣り合わせに存在し、この再生するデータの中のクリーチャーたちは、別の現実世界の住人で、バックドアを見つけてこちらの世界にはみ出してきたに違いない。
古来人間の想像の産物であったはずのクリーチャーたちを狩るだけでなく、その所業である惨状を宙空に映し出して、数年前にデスクの上で埋もれた紙の山の匂いを色濃く思い出した。今ではめったに嗅ぐこともないその匂いは、究極のアナログ、紙とインクでそこに書かれていた報告が、ただの誤字脱字まみれの荒唐無稽な報告でなかったことを鮮明に蘇らせた。そして紙の山に生き埋めになり、目を開けたその前にいたのは人工の光に照らされた幽霊だった。幽霊という存在の優秀な部下は、少し困ったような顔をしていたかもしれない。
幽霊という存在が、いるのかいないのかわからないと定義するならば、確かに陽のあたる世界に於いて、消えた元部下は幽霊だったのだろう。だがもしかしたら彼は、今は陽の当る世界を人間として闊歩しているのかもしれない。この灰色の世界からいまだに抜け出せない自分こそが、魑魅魍魎と化している。
「またそんな味気のないラテを飲んでいるんですか? しかもよくそんなデータを見ながら食事が摂れますね」
いた。唯一この部署で異質な存在が。
パナガリスは自分を棚に上げて声の主、リッケンを見た。自分が情報軍からここへ来たように、彼もまたどこかの組織からここへ来たのだろうか。だがとても軍人には見えない。身長は6フィートほどだろうが、やせすぎに見える痩身に高級ブランドのスーツを着込み、柔らかそうな明るいブラウンの髪を伸ばして一つに結んでいる。伊達者と軽薄のすれすれとでも形容するのが適当だろうとパナガリスはいつも思っていた。そして何よりパナガリスを閉口させているのはそのよく回る口であった。饒舌と評せば聴こえはいいが、ようするにおしゃべりである。少々、いや相当うるさい。
「仕事ですから」
「仕事、仕事って、こんなファンタジーの後始末を本気で仕事で片付けようとしているんですか? もしそうなら、あなたはエクソシストにでもヴァン・ヘルシングにでもなれる」
「この任務を遂行し、対価を受け取っているわけですから、私にとっては仕事です」
「そう? 任務って軍じゃあるまいし?」
暗に軍から放り出されたんだろうと言わんばかりのリッケンに、ついパナガリスはソイラテをデスクの上に置き、声の主を真っ直ぐにみてしまった。そう、話をするときは相手を見てと子どもの頃からの言いつけを律儀に守って。
「では、あなたはなぜここにいるのですか?」
「僕ですか? そんなの、趣味に決まってるじゃないですか」
しれっと趣味だと言い切ったリッケンに、パナガリスは内心舌打をした。この男の話に乗った自分が愚かであったと。
「こんな面白いものを現実に見られるなんてそうそうあるもんじゃない。まるで神話や寓話、人間の脳が作り出したあらゆる世界(ヴァーチャル)が、脳が現実と認める唯一のこの世界(リアル)へ這い出してきた。そうは思いませんか?」
リッケンの揚々とした語りに、自分もつい数分前、似たような考えを持っていたなどと、死んでも言うものか、絶対に口は開くまいとパナガリスは眉間に皺をよせそうになった。だが、不本意にして彼は上司だった。情報部調査分析課課長補佐、それがリッケンの肩書きである。そして自分はその下につく実行部隊の隊長でしかない。軍人気質のパナガリスにとって、上官は絶対である。その上官から意見を求められて口を開かないのは、どうにも落ち着かない。いい加減、この軍人気質もどうにかならないものかと思いを巡らせたとき、デスクの上の宙空にポンとポップアップが飛び出しパナガリスの窮地を救った。
「スランガーたちが戻りました。すぐにミーティングにします」
最下層の駐車場に停車した最新型の救急車の映像を見ながら、パナガリスは救世主の帰還を心から神に感謝した。
古来人間の想像の産物であったはずのクリーチャーたちを狩るだけでなく、その所業である惨状を宙空に映し出して、数年前にデスクの上で埋もれた紙の山の匂いを色濃く思い出した。今ではめったに嗅ぐこともないその匂いは、究極のアナログ、紙とインクでそこに書かれていた報告が、ただの誤字脱字まみれの荒唐無稽な報告でなかったことを鮮明に蘇らせた。そして紙の山に生き埋めになり、目を開けたその前にいたのは人工の光に照らされた幽霊だった。幽霊という存在の優秀な部下は、少し困ったような顔をしていたかもしれない。
幽霊という存在が、いるのかいないのかわからないと定義するならば、確かに陽のあたる世界に於いて、消えた元部下は幽霊だったのだろう。だがもしかしたら彼は、今は陽の当る世界を人間として闊歩しているのかもしれない。この灰色の世界からいまだに抜け出せない自分こそが、魑魅魍魎と化している。
「またそんな味気のないラテを飲んでいるんですか? しかもよくそんなデータを見ながら食事が摂れますね」
いた。唯一この部署で異質な存在が。
パナガリスは自分を棚に上げて声の主、リッケンを見た。自分が情報軍からここへ来たように、彼もまたどこかの組織からここへ来たのだろうか。だがとても軍人には見えない。身長は6フィートほどだろうが、やせすぎに見える痩身に高級ブランドのスーツを着込み、柔らかそうな明るいブラウンの髪を伸ばして一つに結んでいる。伊達者と軽薄のすれすれとでも形容するのが適当だろうとパナガリスはいつも思っていた。そして何よりパナガリスを閉口させているのはそのよく回る口であった。饒舌と評せば聴こえはいいが、ようするにおしゃべりである。少々、いや相当うるさい。
「仕事ですから」
「仕事、仕事って、こんなファンタジーの後始末を本気で仕事で片付けようとしているんですか? もしそうなら、あなたはエクソシストにでもヴァン・ヘルシングにでもなれる」
「この任務を遂行し、対価を受け取っているわけですから、私にとっては仕事です」
「そう? 任務って軍じゃあるまいし?」
暗に軍から放り出されたんだろうと言わんばかりのリッケンに、ついパナガリスはソイラテをデスクの上に置き、声の主を真っ直ぐにみてしまった。そう、話をするときは相手を見てと子どもの頃からの言いつけを律儀に守って。
「では、あなたはなぜここにいるのですか?」
「僕ですか? そんなの、趣味に決まってるじゃないですか」
しれっと趣味だと言い切ったリッケンに、パナガリスは内心舌打をした。この男の話に乗った自分が愚かであったと。
「こんな面白いものを現実に見られるなんてそうそうあるもんじゃない。まるで神話や寓話、人間の脳が作り出したあらゆる世界(ヴァーチャル)が、脳が現実と認める唯一のこの世界(リアル)へ這い出してきた。そうは思いませんか?」
リッケンの揚々とした語りに、自分もつい数分前、似たような考えを持っていたなどと、死んでも言うものか、絶対に口は開くまいとパナガリスは眉間に皺をよせそうになった。だが、不本意にして彼は上司だった。情報部調査分析課課長補佐、それがリッケンの肩書きである。そして自分はその下につく実行部隊の隊長でしかない。軍人気質のパナガリスにとって、上官は絶対である。その上官から意見を求められて口を開かないのは、どうにも落ち着かない。いい加減、この軍人気質もどうにかならないものかと思いを巡らせたとき、デスクの上の宙空にポンとポップアップが飛び出しパナガリスの窮地を救った。
「スランガーたちが戻りました。すぐにミーティングにします」
最下層の駐車場に停車した最新型の救急車の映像を見ながら、パナガリスは救世主の帰還を心から神に感謝した。
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