8 / 27
8
しおりを挟む
「まったく、メアリア様を書斎に置き去りになさるなんて、殿下は本当に堅物なんですから!」
エドワードが書斎を後にした後、やってきた侍女たちは口々にそう言いながら、手際よく食器を片付け、メアリアを彼女のために整えられた自室へと案内してくれた。
(あの方はちっとも堅物なんかじゃないわ。あんなに……情熱的に、私を求めてくるのに)
普段の彼を知る人々との認識の差に、メアリアは不思議な感覚を覚える。けれど、どれほど熱く迫っても最後の一線だけは守り抜こうとする彼を思い出し、やはり根は誠実で堅物なのだろうかと思い直した。
(彼になら、続きをされてもいい……。たとえ、少し痛くても……)
「殿下は公務に出かけてしまわれました。『メアリア様をお昼寝させるように』と言い付かっておりますが、お眠りになりますか?」
「ええ。あの薬草ジュースのおかげかしら、とても心地よく眠れそうだわ」
「では、おやすみなさいませ。良い夢を」
メアリアは用意された豪華なベッドに身を横たえた。かつて王女として使っていたものよりも柔らかく、吸い込まれるような寝心地だ。彼女は導かれるように、すぐに深い眠りへと落ちていった。
深い眠りの中で、メアリアは夢を見ていた。
それは、遠い日の記憶の断片。潮騒の音が聞こえる庭園で、アンニュイな表情を浮かべ、難解な書物を開いている美しい少年。声をかけると、海の色をした瞳がゆっくりとこちらを見つめた。
その吸い込まれそうな瞳に、幼い私は一瞬で見惚れてしまったのだ。
『約束だぞ、メアリア王女。きっと迎えに行く』
少年の温かな手が、自分の小さな手を強く握りしめる。
(……ああ、そう。あの日、私は……)
夢の中でその名前を呼ぼうとした瞬間、頬に触れるひんやりとした感触で、メアリアの意識は現世へと引き戻された。
目を開けると、部屋の中はカーテンの隙間から差し込む銀色の月光に満たされていた。
そしてベッドの傍らには、堅苦しい正装を脱ぎ、ナイトガウンを羽織っただけのエドワードが、音もなく座っていた。
「……起こしてしまったか」
低く、どこか湿り気を帯びた声。
見上げるエドワードの瞳は、昼間の澄んだブルーよりも深い紫に染まり、月明かりを反射して怪しく光っている。
「エドワード様……お戻りになったのですね」
メアリアが身を起こそうとすると、エドワードの手がそれを制し、彼女を再びシーツの上へと押し込めた。昼間の紳士的な振る舞いとは違う、抗いがたい力強さ。
「月が、一番高く昇った。……約束の続きを始めよう、リア」
彼が指先で彼女の喉元のチョーカーをなぞる。その感触に、メアリアの身体は甘い期待で震えた。
「昼間は、よくあんなに大胆なことが言えたものだな。『お傍を離れないでください』などと……。あれからずっと、俺の頭の中はお前の言葉で焼き切れそうだった」
「それは……殿下があまりに急にいなくなるから……」
「……その報いを受けてもらうぞ。お前が俺を呼び止めたのだ。もう、逃がしてはやらない」
エドワードはメアリアのドレスの肩紐を指で滑らせ、露わになった白い肩に顔を埋めた。
彼の唇が肌に触れるたび、そこから熱が注ぎ込まれるような感覚に陥る。メアリアの思考はとろとろと溶け、快楽の波に飲み込まれていく。
「あ、あぁ……っ、エドワード、様……」
「エド、と呼べと言っただろう」
エドワードは彼女のうなじにある、チョーカーの金具を器用に外した。守るべき金属がなくなったその無防備な場所へ、彼は熱い吐息を吹きかける。
「……リア。お前の血の匂いが、俺を狂わせる。俺はこれ以上、我慢などできそうにない」
「……いいのです、エド。貴方になら、私……」
メアリアが自ら首筋を差し出すように彼に寄り添うと、エドワードの喉から掠れた溜息が漏れた。彼は彼女の腰を強く引き寄せると、ついにその白い首筋に、鋭く、けれど愛おしむように自身の牙を立てた。
「――っ、ひ、ぁ……!」
痛みは一瞬だった。
すぐに、血管を直接愛撫されるような、想像を絶する快楽がメアリアの全身を貫いた。自分の命の一部が、熱を持って彼の中に流れ込んでいく。それと同時に、エドワードの激しい情愛が、血の繋がりを通して彼女の心へと流れ込んでくるのが分かった。
「ああ、やはり甘美だ。この世の何よりも……」
血を啜る合間に漏れる、彼の恍惚とした声。
メアリアは彼の広い背中に腕を回し、そのナイトガウンを強く掴んだ。かつて孤独だった王女と、彼女を追い続けた吸血族の王子。二人の魂が、誰にも邪魔されない深い絆で結ばれていく。
「……離さないで。ずっと、私のそばにいて、エド……」
意識が遠のく中、メアリアは確かに思い出した。
あの日、クッキーを食べて笑ってくれた少年。海の色をした瞳。
彼が私を救ったのは偶然ではない。これは、十年前から決まっていた「略奪」なのだと。
エドワードが書斎を後にした後、やってきた侍女たちは口々にそう言いながら、手際よく食器を片付け、メアリアを彼女のために整えられた自室へと案内してくれた。
(あの方はちっとも堅物なんかじゃないわ。あんなに……情熱的に、私を求めてくるのに)
普段の彼を知る人々との認識の差に、メアリアは不思議な感覚を覚える。けれど、どれほど熱く迫っても最後の一線だけは守り抜こうとする彼を思い出し、やはり根は誠実で堅物なのだろうかと思い直した。
(彼になら、続きをされてもいい……。たとえ、少し痛くても……)
「殿下は公務に出かけてしまわれました。『メアリア様をお昼寝させるように』と言い付かっておりますが、お眠りになりますか?」
「ええ。あの薬草ジュースのおかげかしら、とても心地よく眠れそうだわ」
「では、おやすみなさいませ。良い夢を」
メアリアは用意された豪華なベッドに身を横たえた。かつて王女として使っていたものよりも柔らかく、吸い込まれるような寝心地だ。彼女は導かれるように、すぐに深い眠りへと落ちていった。
深い眠りの中で、メアリアは夢を見ていた。
それは、遠い日の記憶の断片。潮騒の音が聞こえる庭園で、アンニュイな表情を浮かべ、難解な書物を開いている美しい少年。声をかけると、海の色をした瞳がゆっくりとこちらを見つめた。
その吸い込まれそうな瞳に、幼い私は一瞬で見惚れてしまったのだ。
『約束だぞ、メアリア王女。きっと迎えに行く』
少年の温かな手が、自分の小さな手を強く握りしめる。
(……ああ、そう。あの日、私は……)
夢の中でその名前を呼ぼうとした瞬間、頬に触れるひんやりとした感触で、メアリアの意識は現世へと引き戻された。
目を開けると、部屋の中はカーテンの隙間から差し込む銀色の月光に満たされていた。
そしてベッドの傍らには、堅苦しい正装を脱ぎ、ナイトガウンを羽織っただけのエドワードが、音もなく座っていた。
「……起こしてしまったか」
低く、どこか湿り気を帯びた声。
見上げるエドワードの瞳は、昼間の澄んだブルーよりも深い紫に染まり、月明かりを反射して怪しく光っている。
「エドワード様……お戻りになったのですね」
メアリアが身を起こそうとすると、エドワードの手がそれを制し、彼女を再びシーツの上へと押し込めた。昼間の紳士的な振る舞いとは違う、抗いがたい力強さ。
「月が、一番高く昇った。……約束の続きを始めよう、リア」
彼が指先で彼女の喉元のチョーカーをなぞる。その感触に、メアリアの身体は甘い期待で震えた。
「昼間は、よくあんなに大胆なことが言えたものだな。『お傍を離れないでください』などと……。あれからずっと、俺の頭の中はお前の言葉で焼き切れそうだった」
「それは……殿下があまりに急にいなくなるから……」
「……その報いを受けてもらうぞ。お前が俺を呼び止めたのだ。もう、逃がしてはやらない」
エドワードはメアリアのドレスの肩紐を指で滑らせ、露わになった白い肩に顔を埋めた。
彼の唇が肌に触れるたび、そこから熱が注ぎ込まれるような感覚に陥る。メアリアの思考はとろとろと溶け、快楽の波に飲み込まれていく。
「あ、あぁ……っ、エドワード、様……」
「エド、と呼べと言っただろう」
エドワードは彼女のうなじにある、チョーカーの金具を器用に外した。守るべき金属がなくなったその無防備な場所へ、彼は熱い吐息を吹きかける。
「……リア。お前の血の匂いが、俺を狂わせる。俺はこれ以上、我慢などできそうにない」
「……いいのです、エド。貴方になら、私……」
メアリアが自ら首筋を差し出すように彼に寄り添うと、エドワードの喉から掠れた溜息が漏れた。彼は彼女の腰を強く引き寄せると、ついにその白い首筋に、鋭く、けれど愛おしむように自身の牙を立てた。
「――っ、ひ、ぁ……!」
痛みは一瞬だった。
すぐに、血管を直接愛撫されるような、想像を絶する快楽がメアリアの全身を貫いた。自分の命の一部が、熱を持って彼の中に流れ込んでいく。それと同時に、エドワードの激しい情愛が、血の繋がりを通して彼女の心へと流れ込んでくるのが分かった。
「ああ、やはり甘美だ。この世の何よりも……」
血を啜る合間に漏れる、彼の恍惚とした声。
メアリアは彼の広い背中に腕を回し、そのナイトガウンを強く掴んだ。かつて孤独だった王女と、彼女を追い続けた吸血族の王子。二人の魂が、誰にも邪魔されない深い絆で結ばれていく。
「……離さないで。ずっと、私のそばにいて、エド……」
意識が遠のく中、メアリアは確かに思い出した。
あの日、クッキーを食べて笑ってくれた少年。海の色をした瞳。
彼が私を救ったのは偶然ではない。これは、十年前から決まっていた「略奪」なのだと。
13
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる