可愛げがないと疎まれた侯爵夫人は、隣国の王子に略奪され、溺愛される

甘塩ます☆

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 帝国の港から馬車に揺られ、ようやくエドワードの邸宅へと帰り着いた二人。しかし、門をくぐった瞬間にメアリアは異変に気づいた。いつもならにこやかに迎えてくれる使用人たちが、一様に青ざめた顔で整列し、震えている。
 玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、空気が凍りついた。

「――遅かったな、エドワード」

 ホールの最奥、主の椅子に堂々と腰を下ろしていたのは、エドワードと同じプラチナブロンドを短く切り揃えた、威厳溢れる男性だった。その隣には、冷徹な美貌を扇で隠した貴婦人が立っている。
 現帝国の頂点に立つ、皇帝陛下と皇后妃。すなわち、エドワードの両親である。

「……父上、それに母上まで。断りもなく私の邸へ入るとは、穏やかではありませんね」

 エドワードはメアリアを背後に隠すように一歩前へ出たが、皇帝の鋭い眼光がそれを射抜いた。

「穏やかではないのはこちらのセリフだ。エドワード、説明せよ。隣国の『傷物』を勝手に連れ帰り、あろうことか自らの邸に住まわせているとはどういうことだ。帝国の第一王子が、他国に捨てられた女を囲っているなどという醜聞、見過ごせるはずがなかろう」

 皇帝の声がホールに低く響き渡る。その圧倒的な圧に、メアリアは思わず身をすくめた。

「メアリアが傷物だと? 彼女は卑劣な罠に嵌められただけだ。それに、先ほど彼女の母国とは正式に和解し、資源の優先供給を含む同盟の布石も打ってきた。帝国にとって益こそあれ、不利益など一つもないはずだ」
「詭弁を弄するな!」

 皇帝が肘掛けを叩き、立ち上がった。

「問題はその女の素性だ。一度は他の男に嫁ぎ、離縁された身。そんな女が、帝国の次期皇帝たるお前の側にふさわしいと思うのか? 皇后も嘆いておられる」

 皇后は扇を閉じ、冷ややかな視線をメアリアへ向けた。

「エドワード、あなたの『餌』に対しての執着は昔から異常でしたけれど、今回は度が過ぎますわ。その娘を今すぐ解放しなさい。さもなくば、帝国法に則り彼女を捕縛し、改めて審判にかけます」

 捕縛、という不穏な言葉にエドワードの瞳が真っ赤に燃え上がった。彼は背後のメアリアの手を力強く握りしめ、両親を睨みつける。

「……断る。彼女を指一本でも傷つけてみろ。俺は王子という地位も、この国の継承権もすべて投げ捨ててでも、父上たちと戦うぞ」

「貴様……本気で言っているのか!?」

「本気だ。彼女だけが、俺の魂の番(つがい)だ」 

 エドワードが本気の殺気を放ち、場が修羅場と化そうとしたその時。沈黙を破ったのは、エドワードの背中から震える足取りで歩み出た、メアリアだった。

「……陛下、妃殿下。突然の不調法、お許しください」

 メアリアは優雅に、けれど堂々とカーテシーを捧げた。

「私は確かに、一度は絶望の淵に沈んだ女です。ですが、エドワード様に救われ、彼の真実の愛を知りました。私はただ守られるだけの存在ではなく、彼の隣で、彼の歩む道を支える盾になりたいと願っております。……どうか、私をお試しください。私が彼にふさわしくないとお感じになるなら、その時は――」

「リア! 何を言っているんだ!」

 エドワードが慌てて止めようとするが、メアリアは彼の手を優しく制し、皇帝夫妻を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、かつての弱々しい侯爵夫人の面影はなく、一国の王妃としての覚悟が宿っていた。

「……ほう。化け物と恐れられる我らを前に、これほど真っ直ぐ物申す人間は珍しいな」 

 皇帝がわずかに口角を上げた、その時だった。

「……ふふ、ふふふ。もう、意地悪はこれくらいにしましょうか、貴方」

「ああ、そうしようか」

 先ほどまでの凍てつくような威圧感が嘘のように霧散し、皇后がクスクスと笑い始めた。メアリアは狐につままれたような顔でキョトンとする。

「ごめんなさいね、エド、リアちゃん。ちょっと二人を試しただけなの。エドワードがどれだけ本気なのかをね」

「……試しただと?」

 毒気を抜かれたエドワードが眉を寄せる。皇帝はふむ、と頷き、真剣な面持ちで語り出した。

「長年、帝国の王族は吸血族の純血を守り抜いてきた。人間の『餌』は愛玩物として首輪をつけ、檻で囲うのが習わしだったのだ。純血同士で交わり、血を繋ぐ……。だが、それも我らの世代で終わりにしようと考えていた所なのだ」
「血が濃くなりすぎるのも良し悪しですもの。実際、私も長年不妊に苦しみ、ようやく授かったのはエドワードと、身体の弱い第二王子だけ……。この残酷な風習は、ここらが潮時だと思っていたのです。第二王子も皇帝の座には興味がないようですしね」
「公爵家や他の純血種たちが黙っていないだろうが、そこは二人の愛の力で跳ね除けなさい」

 二人はそう言うと、晴れやかな顔で腰を上げた。

「リアちゃん、大変だと思うけれど、不器用な息子をよろしくね。私、ずっと娘が欲しかったのよ。今度ぜひ、お茶会をしましょうね!」

 皇后はメアリアに駆け寄ると、優しくその体を抱きしめた。

「ふぁ~ん、やだぁ、本当にいい匂い! 美味しそうだわぁ」

「……母上、人の嫁に鼻を近づけるのはやめてください」

「あら、減るもんじゃなし、いいじゃない。――それじゃあまたね、リアちゃーん!」

 皇后は元気に手を振りながら、皇帝に促されて豪華な馬車へと戻っていった。
 後に残されたメアリアとエドワードは、嵐が去った後のような静寂の中、呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
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