可愛げがないと疎まれた侯爵夫人は、隣国の王子に略奪され、溺愛される

甘塩ます☆

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 皇帝夫妻が去ったエドワード邸は、氷点下の緊張から一転、真夏のような熱気に包まれていた。
 帝国と小国の和解、そして何より王子が「番」を決めたのだ。もはや結婚を阻むものは何もない。侍女や家臣たちは「お祝いだ!」と歓喜し、準備のために忙しなく走り回っている。
 メアリアもようやく張り詰めていた糸が切れたのか、安心しきった様子でエドワードの胸にもたれかかった。

「おい、あまり騒ぐな。リアは疲れているんだ。……彼女をまずは風呂へ。それから俺の寝室へ連れてくるように手配しろ。夕食もそこで取る」

 エドワードはメアリアを侍女に預けると、彼女の耳元で甘く囁いた。

「今夜はゆっくり、ベッドの中で結婚式の日取りを決めようか」

 そんな露骨な誘いにメアリアが顔を赤くするのを、エドワードは満足げに眺めている。 
 屋敷中が祝福ムード一色に染まる中、ただ一人、側近のキリアンだけは心穏やかではいられなかった。



 彼は公爵家の嫡男であり、吸血族の純血種だ。本来なら、エドワードが結婚する相手は、自分の姉であるセリアだと信じて疑わなかった。
 吸血族は極端に受胎率が低い。そのため純血の貴族たちは、人間の「餌(ペット)」に子供を産ませることで血筋を繋いできた。だが、正妻の座だけは別だ。
 吸血族の女性は、空腹を覚えると人間の男性を本能的に誘惑する強力なフェロモンを放ってしまう性質がある。そのため、エドワードの妃候補として選ばれたセリアは、その力を制御するために、幼い頃から高い壁に囲まれた邸宅に「生贄」のように幽閉されてきたのだ。
 エドワードもその存在を知っていたはずだ。だというのに、彼は一度もセリアを訪ねることも、その姿を見ることもなく、ただの「餌」だったメアリアを正妻に据えようとしている。

(姉上は……あの方は何のために、自由を捨てて檻の中で待ち続けてきたのだ!)

 怒りと虚しさがキリアンの心を焼く。メアリアを認めれば、姉のこれまでの人生は何だったのか。正妻に人間を据えるなら、吸血族の純血を守るという大義名分すら崩れ去る。
 キリアンは密かに、かつての記録を漁り始めた。もし現皇帝が「餌」に産ませた混血の子供がいるなら、そちらを擁立して謀反を起こしてでも、この理不尽な現実を壊してやりたい――。


「……そこで何をしている、キリアン」

 書庫の奥で極秘機密のノートに目を走らせていたキリアンは、背後からの声に飛び上がった。エドワードが、怪訝そうな顔で立っていた。

「調べ物か? ああ、今回のことで俺の身を心配してくれたのだな」

 エドワードはキリアンの青ざめた顔を「忠誠心ゆえの懸念」と勘違いし、ノートを棚に戻しながら続けた。

「父上は、初めからこのつもりだったのだろう。餌との行為に際しての避妊は完璧で、皇后との間にしか嫡子はいない。だから、混血の息子が謀反を起こすような心配はないんだ。……お前の懸念もわかるが、案ずるな」

 エドワードは、幼馴染でもある側近を信頼しきった目で見ていた。その無垢な信頼が、今のキリアンには何よりも心をえぐられる。

「……そうでございますか。安心いたしました」

 キリアンは絞り出すように答え、深く頭を下げる。内心では、逃げ道のない絶望に叩きつけられていた。

「そうだ。お前、姉がいたな。……セリア嬢、だったか。彼女には一度も会ったことがないが、今度の結婚式の招待状を出しても構わないか?」

「……は?」

 キリアンは耳を疑った。
 この男は、姉がなぜ幽閉されているのか、その理由さえ忘れてしまったのか。自分との婚姻のために、青春のすべてを檻で過ごした女性を、「ただの側近の姉」として招待しようというのか。

「……っ!」

 キリアンはたまらずエドワードを突き飛ばすと、涙の浮かんだ瞳で主君の胸ぐらを掴み上げた。

「キリアン!?」

 突然の暴挙に、エドワードの顔に驚愕が走る。
 キリアンは殴りかかろうと拳を振り上げたが、震えるその手を、どうしても振り下ろすことができなかった。
 殴ったところで、姉の失われた時間は返ってこない。メアリアを殺したところで、セリアが王妃になれるわけでもない。
 時代が、変わってしまったのだ。

「くっ……う、ああ……!」

 キリアンはさめざめと涙を流し、力なくエドワードを放した。

「キリアン、どうしたんだ。お前らしくもない……」

「……エドワード様。……おめでとうございます。心より、祝福、申し上げます……っ」

 キリアンはそれだけを絞り出すと、呆然と立ち尽くすエドワードを置いて、逃げるように走り去った。
 残されたエドワードは、親友の流した涙の意味を理解できず、ただ暗い書庫の中で立ち尽くすしかなかった。
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