「勝手に手出しするな」と怒る騎士団長ですが、影の彼女は今日も完璧に仕事を終えています

甘塩ます☆

文字の大きさ
2 / 4

2

しおりを挟む
「カゲロウ。とある夜会に出て、調べてほしいことがあります」

 いつになく主(王の側室)が真剣な表情でカゲロウを呼んだ。カゲロウは音もなく天井裏から降り立ち、主の前に片膝をつく。

「この男、夜会で女性を物色し、薬漬けにして連れ去ってしまうという噂があるわ。……女の敵よ! 証拠を掴みなさい」

「はっ! ……私がですか?」

 いつものように即答したカゲロウだったが、すぐに戸惑いが顔に出た。こういった色仕掛けや潜入捜査は、彼女が最も苦手とする分野だ。

「他の、もっと適任な者に任せた方が良いのでは……」

「いいえ。相手の好みがカゲロウ、貴女と一致しているのよ」

「はあ……」

 物好きもいたものだ、とカゲロウは他人事のように思う。

「早速、カゲロウを深窓の令嬢へと仕立てるわ! 準備して!」

 目を輝かせる主。その熱量を見ると

(もしや事件の解決よりも、私を着飾らせること自体が目的ではないか……? )

 そんな疑念を抱かずにはいられないカゲロウだった。





 華やかな旋律と、高価な香油の匂いが立ち込める夜会の会場。
 カゲロウは、慣れない高いヒールで大理石の床を踏みしめていた。

(……歩きにくいな。これなら、屋根の上を飛び回っている方が百倍マシだ)

 今日の彼女は、いつもの黒鉄の装束も、髪を隠す額当ても付けていない。夜の闇を溶かしたような深い紺色のドレスを纏い、背中まで流した艶やかな黒髪には真珠の飾りが光っている。その姿は「男装の麗人」としての鋭さを潜め、触れれば折れそうな、しかし気高く凛とした一輪の百合のようだった。


「……いた。あそこか」

 扇で顔を半分隠しながら、鋭い瞳がターゲットである伯爵を捉える。だがその時、会場がわずかにざわめいた。

「白銀騎士団長、ゼノス様だ……」

 入り口に現れたのは、光沢のある白の礼服に身を包んだゼノスだった。
 普段の鎧姿も神々しいが、正装した彼はまさに「太陽」そのもの。カゲロウは思わず任務を忘れ、その輝きに小さく息を呑む。

(やっぱり、あの人は光の中にいるのが一番似合う。……本当に、綺麗だ)

 純粋な賞賛を胸の中で呟き、彼女は足早にその場を去ろうとした。これ以上近づけば、鋭い彼のことだ。偽装を見破られ、任務の邪魔をされるかもしれない。

「――待ってください。そこの貴女」

 背後からかけられた低く、心地よい声に、カゲロウの心臓が跳ねた。
 ゆっくりと振り返ると、そこにはいつもの険しい表情を消し、どこか戸惑ったような、熱を帯びた瞳で自分を見つめるゼノスがいた。

「……何か、御用でしょうか。騎士団長様」

 カゲロウは精一杯、淑女らしい声を絞り出す。

 ゼノスは一瞬、言葉を失った。目の前の女性から、不思議と目が離せない。その瞳の奥にある真っ直ぐな光が、なぜか「あの忌々しい忍」を思い起こさせたが、目の前の美しい人がまさかあの不遜な忍びだとは、彼の脳は微塵も認識しなかった。

「失礼。あの……どこかでお会いしたことは?」

(しまっ……不埒なナンパのような言葉しか出てこない……!)

 緊張のあまり、自分の語彙力のなさを呪うゼノス。対するカゲロウは、気まずさに視線を逸らした。

「いいえ。ここには知人に勧められて来ただけですので……」

 嘘は言っていない。知人がこの国のトップ(側室)というだけだ。

「すみません。あまりに貴女が美しくて……見惚れてしまいました。僕と少し、お話しでもしませんか?」

 照れたように、しかし必死に食い下がるゼノスに、カゲロウは焦る。

(まずい。このままでは伯爵を見失ってしまう。……もしや、正体がバレているのか?)

 彼のことだ。偽装の甘さを見抜き、泳がせながら出方を伺っているのかもしれない。
 カゲロウは牽制を込めて問いかけた。

「貴方は私と話をしていて良いのですか? 団長ともあろう方が、お連れ様を放っておいては示しがつかないでしょう」

「連れは居ません。なので、もし貴女もお一人なら……僕のパートナーになっていただけないかと」

 差し出されたゼノスの手は、手袋越しでも伝わるほど微かに震えていた。
 カゲロウは困ったように眉を下げながらも、その手を拒むことができなかった。

(……なるほど。私を監視下に置き、動きを封じるつもりか。あるいは、私の背後にいる『知人』を探るための罠か……)

 彼女は、それがゼノスの精一杯のアプローチだとは夢にも思わず、「これも彼の完璧な作戦の一つなのだろう」と、深く疑いもしなかったのだ。



 そもそも、ゼノスがここに居るのも任務のためではなかった。
 主(国王)から「この夜会で恋人の一人でも見つけて来なさい」と、無理やり送り込まれたのだ。
 いい歳をして浮いた話の一つもないゼノスを心配し「後宮で気に入った娘がいれば譲ってやってもいい」とまで言い出す王を安心させるため、仕方なく参加したに過ぎない。
 ゼノスには、これまで結婚の意思もなければ、女性にトキメキを感じたことすら一度もなかった。
 今夜も退屈な時間を過ごすだけだと思っていた。まさか自分でも驚くほどの衝撃が走るとは思っていなかった。

「……風に当たりませんか。あちらのバルコニーなら、静かです」

 ゼノスは、震える手で優しく令嬢(カゲロウ)の手を引く、夜風の吹く場所へと彼女を誘った。

 初恋を知ったばかりの騎士団長と、それを「極秘任務」だと信じ込む女忍。二人の夜は、まだ始まったばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―

甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」 酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。 ​「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。 ​ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。 「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」 ​これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...