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22話

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 その後は、千代と春岳を中心に支度を進めた。
 流石に千代一人に任せて間に合う仕事量では無い。
 千代は恐縮していたが、客人を饗す準備が間に合わない等、とんでもない恥になる事だけは避けたかった。
 そして、休憩中の家臣達も代わる代わる手伝いに来てくれ、無事に来賓をおもてなしできる準備は整ったのだった。

 城主として、春岳もそれなりに着飾る。
 手伝ってくれる千代には、あれこれと伊吹について質問責めにしてしまった。
 無言で居るよりはマシだったと言う事で、良して欲しい。

 千代の話によれば、伊吹には仲の良い娘が村に居たらしい。
 それはそれは仲睦まじい様子の二人に、村人達も二人が祝言を上げると疑わず、今か今かと思っていた様だ。
 しかし、彼女は元々病弱だったらしく、結核で亡くなったそうだ。
 伊吹は自分が感染するのもいとわずに、最後までに懸命に看病をしていた様である。
 最後も、彼が看取ったそうだ。
 伊吹は幸い結核に感染する事は無かったが……

『俺も結核になって死ねれば良かった』

 と、漏らしたらしい。
 伊吹は亡くなった彼女に操を立て、お見合いの話は全部棒に振っているとか……

 あー、もう駄目だ。

 そんなに思っている女性が居るなんて。
 しかも、既に亡くなっている。
 亡くなってしまった彼女は彼の中でいつまでも美しく、より美化されて行くだろ。
 勝てるわけないじゃないか。
 
 春岳は酷くショックを受けて落ち込んだ。
 本当にこんな気持ちは初めてで困惑している。
 もしかしてこれが恋なのか?
 もしかして、これが初恋というやつか?

 気づいた瞬間に失恋してるとか笑えない。


 春岳の心は重いが、来賓は出迎えなければならない。
 
「旅の使者がお着きです」

 家臣が呼びに来てしまったので、春岳は出迎えに向かうのだった。
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