上 下
25 / 79

24話

しおりを挟む
 目を覚ました伊吹は、ハッと飛び起きた。

「お目覚めですか? 体調は如何でしょう。殿の薬が効いた様で、熱は下がった様です」

 障子の向こうから千代の声が聞こえる。

「ああ、爽快な気分だ。所で千代、なぜそんな遠くに居るんだ?」

 障子の向こうで待機しなくても良いだろう。

 千代とは気心の知れた関係だと思っている伊吹は、首を傾げていしまう。

 許可なく部屋に入ったとして、咎める様な事はしないのだが……

「殿に叱られますゆえ…… 今、夕餉を持って参ります」

 千代はソッと障子から離た。
 殿に叱られるとは、どう言う事だろうか?
 また首を傾げてしまう伊吹だ。

 そう言えば客人を向かえる準備は、無事に間に合っただろうか。
 殿は、ちゃんと出迎えてくれただろうか。
 村に遊びに行ったりしてないよな?

 伊吹は心配になり、ソッと部屋を抜け出すした。




 客間からは、陽気な笑い声が聞こえる。
 これは客人の笑い声だな。
 
 伊吹は気付かれぬ様に、ソッと襖の陰から様子を伺う事にした。

 酒に強か酔っていている様子だ。
 殿も酒を煽りつつ、客人の話に耳を傾けていた。
 ちゃんとおもてなしなさっている。

 それにしても、今日の殿は着飾ってより綺麗なお姿をしておられる。
 元が良過ぎるのだろう。もう神々しい様な気までしてくる伊吹だ。
 殿の方も強かに酔っている様子。
 色白の肌がほんのり赤く色づいていて艶やかである。
 端的に言えば、色っぽい。
 
 大丈夫だろうか。
 
 あの客人は性欲が強くて有名だ。
 気に入った男娼を囲ったり、可愛い色小姓を見つけたら直ぐに連れて帰ってしまうと言う話である。
 千代も一度連れて帰られそうになったが、何とか思い留まらせた。
 千代はもう俺の可愛い弟、妹かな? みたいなものである。
 他の家臣達からも人気で、我が城の和みだ。
 申し訳ないが別の子を変わりに差し出した。
 流石に、あの客人も殿に手を出したりしないだろうが……
 いや、我が殿はかぐや姫の如き美しさ。
 心配だ。
 顔が近すぎるのでは無いか?
 
 伊吹はハラハラドキドキしつつ、客人と春岳の様子を伺っていた。

 トントン

 不意に肩を叩かれ、ビックリとし飛び跳ねそうになってしまう伊吹。

「今井様、何をなさっているのです。探しましたよ」

 振り向くと千代がムスッとした表情で立っていた。

「夕餉を運んだのに、寝所に居られないので驚きました。まさか隠れて盗み見などという、はしたない事をなさっておいでだとは、更に驚かされました」

 小声で千代に嗜められてしまう伊吹。
 申し訳なくなり頭を下げる。

 確かに盗み見とは下品な事であった。 
 殿に見つかったら叱られるなんてもので済まされない。
 切腹を言いつけられるかもしれない。
 伊吹はとんでもない事をしてしまったと反省し、ソーッと隙間を締めて、その場を離れのだった。

 寝所に戻ると千代が持ってきてくれたのだろう、夕餉が置かれてある。
 手紙が添えられてあった。

『夕餉を食べたら、ちゃんとまた寝なさい』

 そう春岳の字で書かれている。
 
 伊吹は大人しく夕餉を食べ終えると、それを廊下に出してから布団に入った。
 食後の薬が効いたのか、伊吹はまた直ぐにウトウトしだすのだった。
しおりを挟む

処理中です...