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42話

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 朝起きた伊吹は意味が解らなかった。

 凄い清々しい目覚めだ。
 太陽の位置からして確実に寝過ごしている。
 寝坊した。最悪だ。
 もっと最悪なのは凄くスッキリしている事だ。

 布団は綺麗だし、勿論、腹も汚れていない。
 夢なのか現実なのか解らない。
 もし夢で無ければ、中途半端に寝てしまった挙げ句、後始末を殿やらせてしまったかも知れないと言う事だ。
 もしかしたら千代とか他の人に任せたのかもしれない。
 それならば良いのだが……

 いや、良くは無いか。
 それに、問題はもう一つある。
 前にも同じ事が有った。
 何処から夢だ。何処まで夢なんだ。

 伊吹は血の気が引き、頭を抱えるしかなかった。


「こらー、伊吹! いつまで寝てる気なんですか! って、起きてるじゃないですか」

 突然、襖が開き、春岳が顔を出す。

「ヒッ! 申し訳ありません」
「そんな怯えなくても良く有りませんか?」

 顔を真っ青にして小さくビクつき、土下座する伊吹。

 そんなに怒ってはいないのだが。

 春岳は困惑する。
 そんなに自分は怖い顔をしていただろうか?

「殿、昨夜の事なのですが……」
「ああ、良かった。ちゃんと覚えていましたね。一緒に自慰して気持ちよかったですね」

 フフっと笑っている春岳の顔は綺麗で、伊吹は見惚れそうになる。
 見惚れてる場合じゃない。
 やはり夢では無かったか。

「もしかして、寝てしまった自分を清めて下さいましたか?」

 恐る恐る尋ねる伊吹。

「ええ、伊吹のお腹がカピカピになったら可哀想だなぁと思いましたので」
「ああああ、本当に申し訳ありません。切腹……」

 やっぱり後始末も殿がしてくださっている。
 最悪だ。
 
 伊吹は自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥った。


「切腹しないで下さい。また一緒に自慰する約束を破るんてすか?」
「うう、本当に情けない」

 伊吹は顔を青くしたり赤くしたり忙しい。

「客人はお見送りしましたし、その前にこの春画もちゃんと回収しておきましたよ。しかし、多すぎません?」

 春岳は、よっこらしょっと、春画の包を伊吹の部屋に運び入れる。

「ひえええ、本当に申し訳ありません」

 平謝りな伊吹だ。
 だが、それは殿に買ったの。
 どうせなら殿のお部屋に持っていって欲しかった。

「良いんですが、餉にしませんか? もう昼前ですが……」
 
 春岳は取り敢えず、春画を部屋の端に置いてくれたので、そこに放置する事にした。
 しかも、もう昼。
 流石に寝過ぎだ。
 他の家臣たちにも顔向け出来ない。

「これとも一緒に春画を見て、一緒にまた自慰します?」

 春画の方に視線をやる伊吹に、そんな冗談を言ってみる春岳。

「それは夜になってからにしましょう」
「今夜もしてくれるんですね!」

 なんか知らないが、夜の約束を取り付けられた。

「えっと……」

 伊吹は困った表情を見せた。

「嫌なら嫌って言って欲しいのですが……」
「それは嫌じゃないんですが……」

 自慰を一緒にするのは良い。
 良くは無いのだが、殿がしたいのなら勿論、喜んで付き合うのだが……

「何か気になる事でも有るんですか?」
 
 どうも様子のおかしい伊吹が気になる春岳。
 もしかして体調が悪いんだろうか。
 季節の変わり目だしな。
 城内でも風邪引きが増えてきた。
 まぁ、ただの風邪なので、春岳が調合した薬を飲めば直に良くなる。
 
「あの、前にも似た事が有りました。もしかして、この様な事を殿と致すのは初めてでは無かったりしますか?」

 不安そうな顔をする伊吹。
 何処から夢で、何処まで夢だか解らなくなっている顔である。
 
「さぁ、どうでしょうね」

 悪戯っぽく笑って見せる春岳だ。

「殿! はぐらかさず教えて下さい!」
「では、前はどの様な事をしたのか教えて下さい。そうしたら私も思い出すかも知れませんね」
「えっと、それは……」

 伊吹は恥ずかしくて言えない。
 もし、そんな事が無かった場合、自分がそんな夢を見たなどと知られたくない。
 殿に、夜伽を命ぜられ乳首を弄られたり、魔羅擦られたり、後ろから立派なモノで激しく突いて頂いて……

 夢だ!!

 夢に決まってる!!
 
「よく考えたら気の所為でした。さぁ、朝餉、もとい昼を食べましょう!」

 伊吹は立ち上がると、布団を片付け、パッパと着替えると春岳と昼飯を食べに向かうのだった。
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