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「な、なんですって……!? 調合が雑ですって!?」
立ちはだかった令嬢――公爵家の娘カトリーヌは、顔を真っ赤にして絶句した。彼女が纏っているのは、王都でも指折りの調合師が仕立てた最高級の香水だ。それを「雑」と切り捨てたユナに対し、周囲の生徒たちからも動揺のどよめきが上がる。
「貴女、鼻がおかしいの? 私のこの香りが、どれほど高価なものか解らないようね」
「値段のことなんて聞いていません。安眠効果のあるリナリア草の根を使いすぎです。それに、抽出温度が高すぎたせいで花の香りが死んで、『焦げた匂い』が混じっています。今の貴女、焦げた砂糖の匂いがして不快です。……そもそも、付ける量が多すぎます」
ユナは淡々と、しかし容赦なく事実を突きつけた。
「確かに、カトリーヌ様っていつも香水きついわよね」
「鼻が悪いんじゃない?」
ユナの指摘に合わせるように、周囲からヒソヒソと嘲笑が漏れ出した。カトリーヌは屈辱に震え、取り巻きの少女たちも言葉を失う。
ユナは心の中で(よし、リサが言っていた『相手の非を優雅に指摘する』はこれでいいはず……)と、天井裏で親指を立てているであろうリサに向かって、密かに満足げな笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ……。あはははは!」
静まり返った廊下に、エルの突き抜けるような笑い声が響いた。
「流石、僕のユナだ! カトリーヌ、聞こえたかい? 僕の婚約者は、君の安っぽい香りでお鼻が痛いそうだ。今すぐその匂いを消して、僕らの前から消えろ。――不快だよ」
エルの声は、氷のように冷徹だった。王子に直接拒絶されたカトリーヌは、涙を浮かべてその場を走り去っていった。
騒動が落ち着き、ようやく最初の授業が始まった。ユナの配属はもちろん薬学部である。
「えーっと、点呼を取るが……この授業に参加するのは五人のずなのに、六人いるのはなぜかな? エルフレードくん。君はエリートクラスのはずだね。今は自分の得意攻撃を披露する時間じゃないのかい?」
眼鏡をかけた年配の教授が、困惑した表情でこちらを見ている。この学園は一時間ごとに個別の時間割が組まれており、エリートクラスのエルとユナの授業が重なることは滅多にないはずだった。
「僕は婚約者の初めての授業が心配で、付き添いです」
「あのねぇ。君も初めての授業のはずなんだがね」
「教授、僕に指図するんですか?」
「そりゃあ、するよ。教授だからね。ここは王族など関係ない学園なのだよ、エルフレードくん」
ユナの傍らで威嚇するエルに、教授は動じない。
「まあ、初回から君と喧嘩をするのも寝覚めが悪い。このまま進めるが、後で覚えておきたまえよ。次があれば君、停学だからね」
教授は鋭い眼光でエルを見据えてから、落ち着いた表情で実習を開始した。
一人ひとりに乾燥した薬草が配られる。
「本日の課題は、傷薬の基礎となる『止血ポーション』の製作だ」
ユナは配られた薬草を見て、溜息をついた。
(この薬草、保存状態が悪くて魔力が抜けているわ)
ユナは無意識に、指先から「光」を漏らした。死にかけていた薬草に、本来の力を呼び覚まそうした時。
「ユナ」
エルがユナの手を掴んで止めた。
「僕との約束、忘れた?」
耳元で、逃げ場のない圧をかけられる。
「エルフレードくん、ユナさんの邪魔をしない。本当に追い出すよ」
目ざとい教授の眼鏡が光る。
周囲が慎重に分量を量る中、ユナは目分量で瓶へ投入しようとする。
「ユナ、僕を怒らせたいのかい?」
また耳元で囁かれる。
「エルフレードくん、僕を怒らせたいのかい?」
教授は耳もいいようだ。
(だって、薬草が可哀想で……)
ユナは渋々、指示書を凝視しながら作業を進めた。
(こんなに材料はいらないのに。これは乾燥させてからのほうがいいし、なぜこの手順なの? この切り方では成分が台無しだし、煮詰める時間が長すぎるわ)
イライラが募り、指示書の手順と自分のやり方が頭の中で混ざり合う。いつもの「魔法」も禁じられ、ユナの手元はひどい有り様になった。
数分後。
他の生徒たちの瓶には濁った茶色の液体が溜まっていたが、ユナの瓶にあるのは、真っ黒な「止血薬」にすらなれなかったゴミだった。
「おや、これは酷いねぇ」
ポーションを手にとった教授が苦笑する。
「他の子は上手にできているよ。ユナさんは……エルフレードくんが邪魔したせいだね。じゃあ、皆は片付けてレポートを提出するように」
教授はそう言い残し、準備室へと消えていった。
ユナは悔しかった。自分の実力を疑われたことより、植物を無駄にしてしまったことが。
(……ごめんね)
心の中で薬草に謝るユナの耳に、周囲の嘲笑が届く。
「さっきはカトリーヌ様に大口叩いて、どれほどのものかと思ったら」
「大したことないな」
「ただのハッタリだったんじゃないか?」
陰口など、ユナにとってはどうでもよかった。ただ、無駄にしてしまった命に涙が滲む。
「大丈夫だよユナ。これでいいんだ。君は僕に相応しい婚約者だよ。周りの声なんて気にしちゃ駄目だ」
エルは的外れな言葉をかけ、満足げに彼女の頭を撫でる。彼にとって、ユナが無能だと思われ、自分に依存する状況は好都合なのだ。
「……お片付け、します」
ユナは辟易としながらも、指示通りに片付けを済ませ、レポートを書き始めるのだった。
立ちはだかった令嬢――公爵家の娘カトリーヌは、顔を真っ赤にして絶句した。彼女が纏っているのは、王都でも指折りの調合師が仕立てた最高級の香水だ。それを「雑」と切り捨てたユナに対し、周囲の生徒たちからも動揺のどよめきが上がる。
「貴女、鼻がおかしいの? 私のこの香りが、どれほど高価なものか解らないようね」
「値段のことなんて聞いていません。安眠効果のあるリナリア草の根を使いすぎです。それに、抽出温度が高すぎたせいで花の香りが死んで、『焦げた匂い』が混じっています。今の貴女、焦げた砂糖の匂いがして不快です。……そもそも、付ける量が多すぎます」
ユナは淡々と、しかし容赦なく事実を突きつけた。
「確かに、カトリーヌ様っていつも香水きついわよね」
「鼻が悪いんじゃない?」
ユナの指摘に合わせるように、周囲からヒソヒソと嘲笑が漏れ出した。カトリーヌは屈辱に震え、取り巻きの少女たちも言葉を失う。
ユナは心の中で(よし、リサが言っていた『相手の非を優雅に指摘する』はこれでいいはず……)と、天井裏で親指を立てているであろうリサに向かって、密かに満足げな笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ……。あはははは!」
静まり返った廊下に、エルの突き抜けるような笑い声が響いた。
「流石、僕のユナだ! カトリーヌ、聞こえたかい? 僕の婚約者は、君の安っぽい香りでお鼻が痛いそうだ。今すぐその匂いを消して、僕らの前から消えろ。――不快だよ」
エルの声は、氷のように冷徹だった。王子に直接拒絶されたカトリーヌは、涙を浮かべてその場を走り去っていった。
騒動が落ち着き、ようやく最初の授業が始まった。ユナの配属はもちろん薬学部である。
「えーっと、点呼を取るが……この授業に参加するのは五人のずなのに、六人いるのはなぜかな? エルフレードくん。君はエリートクラスのはずだね。今は自分の得意攻撃を披露する時間じゃないのかい?」
眼鏡をかけた年配の教授が、困惑した表情でこちらを見ている。この学園は一時間ごとに個別の時間割が組まれており、エリートクラスのエルとユナの授業が重なることは滅多にないはずだった。
「僕は婚約者の初めての授業が心配で、付き添いです」
「あのねぇ。君も初めての授業のはずなんだがね」
「教授、僕に指図するんですか?」
「そりゃあ、するよ。教授だからね。ここは王族など関係ない学園なのだよ、エルフレードくん」
ユナの傍らで威嚇するエルに、教授は動じない。
「まあ、初回から君と喧嘩をするのも寝覚めが悪い。このまま進めるが、後で覚えておきたまえよ。次があれば君、停学だからね」
教授は鋭い眼光でエルを見据えてから、落ち着いた表情で実習を開始した。
一人ひとりに乾燥した薬草が配られる。
「本日の課題は、傷薬の基礎となる『止血ポーション』の製作だ」
ユナは配られた薬草を見て、溜息をついた。
(この薬草、保存状態が悪くて魔力が抜けているわ)
ユナは無意識に、指先から「光」を漏らした。死にかけていた薬草に、本来の力を呼び覚まそうした時。
「ユナ」
エルがユナの手を掴んで止めた。
「僕との約束、忘れた?」
耳元で、逃げ場のない圧をかけられる。
「エルフレードくん、ユナさんの邪魔をしない。本当に追い出すよ」
目ざとい教授の眼鏡が光る。
周囲が慎重に分量を量る中、ユナは目分量で瓶へ投入しようとする。
「ユナ、僕を怒らせたいのかい?」
また耳元で囁かれる。
「エルフレードくん、僕を怒らせたいのかい?」
教授は耳もいいようだ。
(だって、薬草が可哀想で……)
ユナは渋々、指示書を凝視しながら作業を進めた。
(こんなに材料はいらないのに。これは乾燥させてからのほうがいいし、なぜこの手順なの? この切り方では成分が台無しだし、煮詰める時間が長すぎるわ)
イライラが募り、指示書の手順と自分のやり方が頭の中で混ざり合う。いつもの「魔法」も禁じられ、ユナの手元はひどい有り様になった。
数分後。
他の生徒たちの瓶には濁った茶色の液体が溜まっていたが、ユナの瓶にあるのは、真っ黒な「止血薬」にすらなれなかったゴミだった。
「おや、これは酷いねぇ」
ポーションを手にとった教授が苦笑する。
「他の子は上手にできているよ。ユナさんは……エルフレードくんが邪魔したせいだね。じゃあ、皆は片付けてレポートを提出するように」
教授はそう言い残し、準備室へと消えていった。
ユナは悔しかった。自分の実力を疑われたことより、植物を無駄にしてしまったことが。
(……ごめんね)
心の中で薬草に謝るユナの耳に、周囲の嘲笑が届く。
「さっきはカトリーヌ様に大口叩いて、どれほどのものかと思ったら」
「大したことないな」
「ただのハッタリだったんじゃないか?」
陰口など、ユナにとってはどうでもよかった。ただ、無駄にしてしまった命に涙が滲む。
「大丈夫だよユナ。これでいいんだ。君は僕に相応しい婚約者だよ。周りの声なんて気にしちゃ駄目だ」
エルは的外れな言葉をかけ、満足げに彼女の頭を撫でる。彼にとって、ユナが無能だと思われ、自分に依存する状況は好都合なのだ。
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