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3、こじれた縁

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 屋敷をぐるりと周って裏庭に出ると、夫人の言葉通りマグノリアの樹が満開だった。
 大きなピンクの花弁が優雅に綻んで、辺り一面に甘い香りが満ちている。

 エティエは幼いころから何度となく嗅いだ春の香りを胸いっぱいに吸い込んで、二歩、三歩とラズローの前へ出た。

「なつかしいわ。昔よく、この樹の下でごっこ遊びをしたわよね。クロードが王子さまで私はお姫さま。ラズローが騎士で……」
「お前はすぐお姫さま役に飽きて、『正義の魔法使いよー!』とかなんとか言って騎士おれの出番に乱入してきただろうが」
「ええそうよ。私、助けられる役より王子さまや騎士さまと一緒に肩を並べて戦う役になりたかったの」

 あれから十年以上が経って、近衛騎士の制服である白銀の鎧をまとうラズローは今や全国民の憧れの的だ。
 魔法局の女性職員の間でも「どの騎士さまが推し?」という話題は定番中の定番で、その中にラズローの名が上がることも多い。
 学生時代からしょっちゅう女の子に追いかけ回されていたけれど、さらに遠い存在になってしまったなぁ、と思う。

 裕福な家と優しい両親のおかげで何不自由なく暮らしてきたエティエだけど、この世には身分や階級という見えない壁がたしかに存在するのだ――大人になるにつれ、そう実感せざるを得なかった。

「私はお姫さまにはなれないから。だからせめて、『魔法使い』として少しでも王子や騎士に近づけたらいいなって――」
「それが留学の理由か?」

 急にラズローの声が低くなった。
 えっ、と思って振り返ったところで、ラズローが手首を掴む。

「……やめとけよ」

 ざぁぁぁ、とマグノリアがそよいだ。ラズローの黒髪が陽の光を受け、きらきらと茶味がかって輝いていた。

「行くな。留学なんて、やめておけ」
「なぜ?」
「なんでって……」

 手首を掴んだまま、ラズローはふい、と視線を斜め下に逸らす。

「お前はいつもぼやぼやしてて危なっかしいし、目の届かないところに行くと勝手にそこらのもの食って腹を壊して……」
「あのねえ、同い年よ? 子供扱いしないでちょうだい」
「ガキだろ。叶いもしない夢ばかりを見て」
「なっ……」
「いい加減あいつを追いかけるのはやめて、少しは――」
「バカにしないでちょうだい!」

 エティエは反射的に声を荒らげた。気付けば思い切り、掴まれた手を振り払っていた。

「私の研究してる転移魔術は必ず人の役に立つ! それを叶わない夢だなんて、どうしてそんなひどいことが言えるの!?」
「は!? ちょ、ちょっと待て、俺がいつお前の研究をバカにしたっていうんだよ!?」
「今よ今! ラズローなんて……大嫌いよ!」

 せっかく久しぶりに和やかに話ができたと思ったら、またすぐケンカになってしまった。
 どうしていつも、上手くいかないんだろう。
 エティエは悲しみでいっぱいになり、涙が込み上げてきた。
 きっと今の自分は世界一不細工に違いない。ぐしゃぐしゃに崩れた顔を見られたくなくて、エティエはドレスのウエストベルトに留めてある短杖ワンドを引き抜いた。

「今はまだ、研究途中だけど……! こうやって対応する魔法陣を書いてある場所に戻るくらいならわけないんだから!」

 短杖ワンドの先が青白く光り、空中に転移の魔法陣を描き始める。

 エティエの専門は転移魔法だ。今は複雑な術式と準備を重ねてようやく発動できる高度な魔法を、もっと便利に使いやすくする研究に没頭してきた。

 自分の研究を人々の生活に役立てるのがエティエの夢。

 そして、いつかはこの生意気な幼馴染と肩を並べられる存在になりたいと密かに願っていた。でも今はただ、この場から一瞬でも早く消えてしまいたかった。

 エティエは魔法局の研究室へ繋がる転移魔法を今まさに発動させようとして――

「おい、逃げるなよ! 話を聞けって」
「聞きたくないわ、どうせ――――あ」

 心の動揺が短杖ワンドに伝わった。
 複雑な術式を生み出していた杖の先端がぶれる。左右対称の魔法陣がぐにゃりと崩れ、転移魔法は不完全な状態で発動してしまう。

「きゃぁぁああああ!!」

 そしてそのまま、エティエは発光する魔法陣の中に吸い込まれた。
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