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音路町ビタースイート
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音路町は、今や激戦区となっている。一時期はラーメン店の新店がやたらとオープンする、隠れたラーメン激戦区だった音路町も、今は別の流行の波がきている。
それは、スイーツ。音路町の老若男女の生活の一部になっているくらいのレベルで流行っているのだ。今まで無双状態だった【今川焼きあまかわ】にも、人気を脅かす程の激ウマの新店が続々と出て来ている。
俺の店で新人の美音が働きはじめて、もう3か月近く経った頃、常連のお嬢さんが俺に言った。
「燎ちゃん、そういえば駅前ロータリー脇の公園のところに新しく来てるキッチンカーのクレープ屋さんあるじゃない?」
――最近できたポップな色合いのキッチンカー。クレープを売るその店の名は【NACK】店主はまだ若く、しかもなかなかのイケメンらしい。イケメンという点では俺も負けてはいない(つもり)が……
「あそこに面白い店員さんが入ったらしいのよ」
「面白い店員さんって?」
美音が訊いてきた。お嬢さんは小柄な美音を少し見下ろすようにして言った。
「男の人なんだけど、ちょっぴり変わってるのよ」
「どんな風に?」
「行ってみればわかるわよ!」
俺はお嬢さんに黒2個を売る。美音は気になっているらしく、何かもじもじとしている。
「今日は一人でさばけそうだから、行ってきていいよ」
「え?」
「たまにはクレープも食べたいしな。ちょっと買ってきてくれないか?俺はシュガーバターでいい」
†
お遣いに出された子供みたいに小銭入れを携えて美音は駅前ロータリーに向かった。チラリと見ると若い女性が6割、男性が4割の割合の列ができている。
奥にはパラソルと椅子とテーブルが3セット。黄色と虹が書いてあるキッチンカー。あれが【NACK】だ。
美音が様子を見ると、何だか堅苦しく脇に突っ立っている黒ずくめのカフェエプロンだけが白い、髪の毛の量が多い男。カフェエプロンがなければ店員だとは分からない。
「お、美音ちゃんじゃない?」
充だ。多分店の女の子に頼まれたのだろう。最後尾に立っていた充の後ろにちょこんと立つと、美音は挨拶をした。
「お店はいいのかい?」
「お兄ちゃん一人でさばけるからって、あたいが買いに行かされたの」
「何だかんだで、アマさんも気になってんだな」
「ところで、あんな店員さん、いたっけ?」
「僕は半ば、彼に会いたくて来たようなもんなんだよ」
列は思いの外早く流れていく。
「お友達?」
「流派は違うけど、彼とは同じ武道家仲間なんだよ。僕は八極拳で、彼は詠春拳だけど」
「いらっしゃい!およ?今川焼き屋さんの店員さんじゃない?」
茶色に少し脱色した髪に、色白。ジャニーズにいそうな爽やか系の小柄な店主。鵲のような美形に弱い美音は忽ち顔を朱くした。
「何にするの?」
「あっ、あたいはもちチーズ、シュガーバター」
訊くと、店主の鯵川凪玖はまだ21らしい。手早くクレープを神業のように仕上げると、それを美音に手渡した。
「お兄さんに、よろしくね」
「はっ、はぁい」
一方の充は……
「久しぶりだなぁ、仁」
「あっ、はわぁぁ!」
意表を突かれたように店員は目を真ん丸にして椅子を引いた。
「ぽてちゃんじゃないか!」
「そ、その名前で呼ぶの恥ずかしいな…!」
「我だ我!鉄仁だ!」
「ぼ、僕は君に会いに来たんだよ。元気そうだな。変わりないか?」
「ぽてちゃんこそっ、我が諸国を武者修行してる間、そんな可愛い伴侶を!」
「ち、違うんだよ仁。彼女は……」
鉄は美音に目を合わせようとしない。美音はこんにちは、今川焼き屋の手伝いをしていますと告げた。鉄の返事は素っ気ない。すると一通り客をさばいた鯵川が言う。
「鉄さん、女性恐怖症なんすよ」
「そ、それはそれで致命的だわ……」
「仁、いつここに戻ってきたんだ?」
「積もる話もある。座ってもよいか?」
鉄と充は座って話をし出した。美音は別れを告げ、天河の待つキッチンカーに戻った。
†
美音はクレープを持ち帰ってきた。俺はベンチに腰掛けると美音が持ってきたシュガーバターを齧り付いた。
「うまいな」
生地が硬すぎず、ほのかな弾力がある。焼き加減も絶妙で、少しカリッと感を残している。これは流行っても可笑しくはない。美音のもちチーズもかなり美味そうだ。
「ところで、変わった店員って?」
「充さんのお友達だった。髪の毛めっちゃ多い、強そうな人。カフェエプロン、似合ってなかったな」
「充の?」
「中国拳法仲間みたい」
「なんでそんな奴が、クレープ屋に?」
「謎だねぇ」
そんな話をしていたら、件の男がやって来た。傍らには充を連れている。充と同じく、カッチリとした筋肉が付いていそうな体付き。美音の話通り、めちゃくちゃ毛量が多い。
「其方が、天河さんか?」
「はっ、はい」
「我は鉄と申す者であります。少々お時間、御座いますかな」
なるほど、腕力もクセも強そうだ。
それは、スイーツ。音路町の老若男女の生活の一部になっているくらいのレベルで流行っているのだ。今まで無双状態だった【今川焼きあまかわ】にも、人気を脅かす程の激ウマの新店が続々と出て来ている。
俺の店で新人の美音が働きはじめて、もう3か月近く経った頃、常連のお嬢さんが俺に言った。
「燎ちゃん、そういえば駅前ロータリー脇の公園のところに新しく来てるキッチンカーのクレープ屋さんあるじゃない?」
――最近できたポップな色合いのキッチンカー。クレープを売るその店の名は【NACK】店主はまだ若く、しかもなかなかのイケメンらしい。イケメンという点では俺も負けてはいない(つもり)が……
「あそこに面白い店員さんが入ったらしいのよ」
「面白い店員さんって?」
美音が訊いてきた。お嬢さんは小柄な美音を少し見下ろすようにして言った。
「男の人なんだけど、ちょっぴり変わってるのよ」
「どんな風に?」
「行ってみればわかるわよ!」
俺はお嬢さんに黒2個を売る。美音は気になっているらしく、何かもじもじとしている。
「今日は一人でさばけそうだから、行ってきていいよ」
「え?」
「たまにはクレープも食べたいしな。ちょっと買ってきてくれないか?俺はシュガーバターでいい」
†
お遣いに出された子供みたいに小銭入れを携えて美音は駅前ロータリーに向かった。チラリと見ると若い女性が6割、男性が4割の割合の列ができている。
奥にはパラソルと椅子とテーブルが3セット。黄色と虹が書いてあるキッチンカー。あれが【NACK】だ。
美音が様子を見ると、何だか堅苦しく脇に突っ立っている黒ずくめのカフェエプロンだけが白い、髪の毛の量が多い男。カフェエプロンがなければ店員だとは分からない。
「お、美音ちゃんじゃない?」
充だ。多分店の女の子に頼まれたのだろう。最後尾に立っていた充の後ろにちょこんと立つと、美音は挨拶をした。
「お店はいいのかい?」
「お兄ちゃん一人でさばけるからって、あたいが買いに行かされたの」
「何だかんだで、アマさんも気になってんだな」
「ところで、あんな店員さん、いたっけ?」
「僕は半ば、彼に会いたくて来たようなもんなんだよ」
列は思いの外早く流れていく。
「お友達?」
「流派は違うけど、彼とは同じ武道家仲間なんだよ。僕は八極拳で、彼は詠春拳だけど」
「いらっしゃい!およ?今川焼き屋さんの店員さんじゃない?」
茶色に少し脱色した髪に、色白。ジャニーズにいそうな爽やか系の小柄な店主。鵲のような美形に弱い美音は忽ち顔を朱くした。
「何にするの?」
「あっ、あたいはもちチーズ、シュガーバター」
訊くと、店主の鯵川凪玖はまだ21らしい。手早くクレープを神業のように仕上げると、それを美音に手渡した。
「お兄さんに、よろしくね」
「はっ、はぁい」
一方の充は……
「久しぶりだなぁ、仁」
「あっ、はわぁぁ!」
意表を突かれたように店員は目を真ん丸にして椅子を引いた。
「ぽてちゃんじゃないか!」
「そ、その名前で呼ぶの恥ずかしいな…!」
「我だ我!鉄仁だ!」
「ぼ、僕は君に会いに来たんだよ。元気そうだな。変わりないか?」
「ぽてちゃんこそっ、我が諸国を武者修行してる間、そんな可愛い伴侶を!」
「ち、違うんだよ仁。彼女は……」
鉄は美音に目を合わせようとしない。美音はこんにちは、今川焼き屋の手伝いをしていますと告げた。鉄の返事は素っ気ない。すると一通り客をさばいた鯵川が言う。
「鉄さん、女性恐怖症なんすよ」
「そ、それはそれで致命的だわ……」
「仁、いつここに戻ってきたんだ?」
「積もる話もある。座ってもよいか?」
鉄と充は座って話をし出した。美音は別れを告げ、天河の待つキッチンカーに戻った。
†
美音はクレープを持ち帰ってきた。俺はベンチに腰掛けると美音が持ってきたシュガーバターを齧り付いた。
「うまいな」
生地が硬すぎず、ほのかな弾力がある。焼き加減も絶妙で、少しカリッと感を残している。これは流行っても可笑しくはない。美音のもちチーズもかなり美味そうだ。
「ところで、変わった店員って?」
「充さんのお友達だった。髪の毛めっちゃ多い、強そうな人。カフェエプロン、似合ってなかったな」
「充の?」
「中国拳法仲間みたい」
「なんでそんな奴が、クレープ屋に?」
「謎だねぇ」
そんな話をしていたら、件の男がやって来た。傍らには充を連れている。充と同じく、カッチリとした筋肉が付いていそうな体付き。美音の話通り、めちゃくちゃ毛量が多い。
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