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「誰がそんな事をっ…」
案の定、レコーディングと関係ない完全オフの東郷雛子も変わらなかった。そりゃそうだ。不倫の事実を突きつけられたら誰でもそうなる。
「それはちょっと、教えるわけには…」
「須藤さんを呼んで頂戴!」
「そろそろ、いらっしゃるはずっスよ」
小杉が言って程なくした頃、フレームの黒いロードバイクが停まった。須藤あきらはヘルメットを取り、パンツの裾を留めているマジックテープを剥がした。
「いやいや、やはり移動は自転車に限りますね。渋滞など関係ない」
「須藤さん、刑事さん酷いんですよ…」
「話は聞きました。ははっ、なかなか面白いことを仰いますねぇ」
「事実は?」
「確かに、彼女の相談に乗った事はありますよ?しかしそれ以上の関係にはちょっと…」
「そうなんですか?」
須藤はラウンジの椅子に腰掛け、コーヒーを注文した。隣には東郷雛子が座っている。二人並んでいると確かに、そう見えなくもない。
「まぁ、我々が何を言っても疑われてしまうんでしょうがね。そんな事は無視すれば良い。我々だけが、ホントの事を知っていますからね?」
【聞こえだけはええねんけどな】
須藤は東郷雛子と目線を合わせることはない。東郷雛子はひたすら熱いアールグレイに息を吹いている。
「そうだ、須藤さんは、六車さんと軽音楽サークルをやっていらしたと」
「えぇ、そうですよ」
「【君の瞳に恋してる】は、思い出の曲なんでしょうか?」
須藤は目を丸くして、しかしほどなくしてぱっと表情を明るくして言った。
「えぇ、ボーイズタウンギャング。色んなアーティストもカバーした名曲。よく僕らも演奏したもんです。僕がドラムを叩き、六車がギターを弾いて」
「なるほど、そうなんですか?」
「思い出、僕らの友情の証のようなもんですから。懐かしいな。その【君の瞳に恋してる】が、どうなさいました?」
東郷雛子は置いていかれたと思っているのか、小さく紅茶を啜り、首を傾げ、を繰り返している。
「六車さんが、最後にリクエストした曲が、【君の瞳に恋してる】なんです」
「え?最後のリクエスト?だって最後のリクエストは、アレサ•フランクリンじゃ…」
「なかったんです」
「何てこった」
須藤は椅子に腰掛け、もしゃもしゃとパーマがかった髪を掻きむしった。
「あいつ、そんな事を…」
「きっとそれは、友情の証なんですね」
「そんなタマじゃありませんがね。でもそうだとしたら…」
須藤は上を向いて目頭を押さえた。
†
【橘川くんの奢りで、焼肉食べたいなぁ】
急に何を!と僕はつい言ってしまいそうになり、隣にいた小杉に怪訝そうな顔で見られた。僕はLINEを立ち上げると、優歌さんにメッセージを送る。
【いきなり何言うんですか!】
【ええやないの。減るもんじゃなし】
【いや、減りますから】
【オトコがケチ臭い事言うんやないねんて。じゃがいもも誘ったりや】
【なんで勝手に話を進めて…】
「どしたんスか先輩、すっげぇ真剣な顔をして」
僕は咄嗟の判断で話を切り出した。
「こないだの記者さん、覚えてるだろ?」
「あぁ、杉森ちゃん!」
【ぶふっ!】
「笑いすぎですよ!」
「へ?先輩、誰に喋ってんスか?」
「えっ、いや、いやぁまぁその。あはは、こないださ、世話になったじゃないか」
「まぁ、はぁ…」
「一緒に焼肉でも、食べに行きたいなって」
「マジスか!先輩いつの間に話してたんスか!さすがっスねぇ!まさか、先輩も杉森ちゃんの事、狙ってんじゃないスか?」
【そうなん?】
「ち、違いますからっ!」
「ははっ!敬語!動揺してんじゃないスか!」
「うるさいっての!奢らせるぞ!」
「はぁ、自分なら構いませんよ?」
「へ?」
ケロっとした顔で小杉は言った。ネタのつもりだったんだが、まさか本気にするなんて…
「こないだ、G1で大勝ちしたんス!」
【よっ!じゃがいも男前!】
「そりゃちょっと、僕の面子が」
「先輩、自分、そう言うの気にしないタイプっすから!」
――いや、お前空気読めよ小杉…
案の定、レコーディングと関係ない完全オフの東郷雛子も変わらなかった。そりゃそうだ。不倫の事実を突きつけられたら誰でもそうなる。
「それはちょっと、教えるわけには…」
「須藤さんを呼んで頂戴!」
「そろそろ、いらっしゃるはずっスよ」
小杉が言って程なくした頃、フレームの黒いロードバイクが停まった。須藤あきらはヘルメットを取り、パンツの裾を留めているマジックテープを剥がした。
「いやいや、やはり移動は自転車に限りますね。渋滞など関係ない」
「須藤さん、刑事さん酷いんですよ…」
「話は聞きました。ははっ、なかなか面白いことを仰いますねぇ」
「事実は?」
「確かに、彼女の相談に乗った事はありますよ?しかしそれ以上の関係にはちょっと…」
「そうなんですか?」
須藤はラウンジの椅子に腰掛け、コーヒーを注文した。隣には東郷雛子が座っている。二人並んでいると確かに、そう見えなくもない。
「まぁ、我々が何を言っても疑われてしまうんでしょうがね。そんな事は無視すれば良い。我々だけが、ホントの事を知っていますからね?」
【聞こえだけはええねんけどな】
須藤は東郷雛子と目線を合わせることはない。東郷雛子はひたすら熱いアールグレイに息を吹いている。
「そうだ、須藤さんは、六車さんと軽音楽サークルをやっていらしたと」
「えぇ、そうですよ」
「【君の瞳に恋してる】は、思い出の曲なんでしょうか?」
須藤は目を丸くして、しかしほどなくしてぱっと表情を明るくして言った。
「えぇ、ボーイズタウンギャング。色んなアーティストもカバーした名曲。よく僕らも演奏したもんです。僕がドラムを叩き、六車がギターを弾いて」
「なるほど、そうなんですか?」
「思い出、僕らの友情の証のようなもんですから。懐かしいな。その【君の瞳に恋してる】が、どうなさいました?」
東郷雛子は置いていかれたと思っているのか、小さく紅茶を啜り、首を傾げ、を繰り返している。
「六車さんが、最後にリクエストした曲が、【君の瞳に恋してる】なんです」
「え?最後のリクエスト?だって最後のリクエストは、アレサ•フランクリンじゃ…」
「なかったんです」
「何てこった」
須藤は椅子に腰掛け、もしゃもしゃとパーマがかった髪を掻きむしった。
「あいつ、そんな事を…」
「きっとそれは、友情の証なんですね」
「そんなタマじゃありませんがね。でもそうだとしたら…」
須藤は上を向いて目頭を押さえた。
†
【橘川くんの奢りで、焼肉食べたいなぁ】
急に何を!と僕はつい言ってしまいそうになり、隣にいた小杉に怪訝そうな顔で見られた。僕はLINEを立ち上げると、優歌さんにメッセージを送る。
【いきなり何言うんですか!】
【ええやないの。減るもんじゃなし】
【いや、減りますから】
【オトコがケチ臭い事言うんやないねんて。じゃがいもも誘ったりや】
【なんで勝手に話を進めて…】
「どしたんスか先輩、すっげぇ真剣な顔をして」
僕は咄嗟の判断で話を切り出した。
「こないだの記者さん、覚えてるだろ?」
「あぁ、杉森ちゃん!」
【ぶふっ!】
「笑いすぎですよ!」
「へ?先輩、誰に喋ってんスか?」
「えっ、いや、いやぁまぁその。あはは、こないださ、世話になったじゃないか」
「まぁ、はぁ…」
「一緒に焼肉でも、食べに行きたいなって」
「マジスか!先輩いつの間に話してたんスか!さすがっスねぇ!まさか、先輩も杉森ちゃんの事、狙ってんじゃないスか?」
【そうなん?】
「ち、違いますからっ!」
「ははっ!敬語!動揺してんじゃないスか!」
「うるさいっての!奢らせるぞ!」
「はぁ、自分なら構いませんよ?」
「へ?」
ケロっとした顔で小杉は言った。ネタのつもりだったんだが、まさか本気にするなんて…
「こないだ、G1で大勝ちしたんス!」
【よっ!じゃがいも男前!】
「そりゃちょっと、僕の面子が」
「先輩、自分、そう言うの気にしないタイプっすから!」
――いや、お前空気読めよ小杉…
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