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音路町ラブストーリー
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†
この日、俺は3日ぶりにキッチンカーを走らせた。連休の間、俺は一人でふらりと箱根まで温泉に浸かりに行った。たまには今川焼きを作らない日を作らないと……ましてや144個の殺人級の数の今川焼きを焼かされ(当の本人はそれを数分でぺろりと平らげたらしい)たら、軽い中毒になってしまう。
軽い腱鞘炎も温泉効果で回復。いつものようにおやつ時に予め焼いておいた今川焼きを数個 携え、音路町中通りの広場にキッチンカーを停めた。そこには既に一人の男が待っていた。
「すまないね、急かすつもりは全くなかったのだよ」
――綺々詩。それはあくまでペンネーム。勿論皆この名前を聞いたら真っ先に思い浮かべるのは、大ヒットしたドラマ【ラブバラードを聴かせて】であろう。その大ヒットドラマの原作小説を書いたのはこの人である。
世の中の人は綺々詩は女性だと思っているが、その事実を知っているのは日本中はおろか、音路町の中でも数える程だ。まさかあの日本中を胸キュンさせた作品の数々を、色黒、サングラスにオールバックの全身黒ずくめのスーツの堅気に見えない男が書いているとは思うまい。
「こんにちは先生。今日はまた珍しいですね」
「左様。小生もたまに欲するのだよ。あの、ずんだ餡が出てからは特に」
新作であるずんだ餡を食べて以来、綺々先生は以前よりうちに買いに来る頻度が増えた。いつもは音路町のセレブが暮らすスカイスクレーパー、音路町ヒルズの高層階にいるのに……
「これからネタ捜しに?」
「フィールドワークとでも言うのかな。人間観察は実に恋愛小説に欠かせないいいネタを引き出してくれる」
俺はこの強面の綺々先生が若いキャッキャしているカップルをガン見している姿を想像すると、つい笑ってしまいそうになる。
「俺も、ネタがありそうなら提供しますから」
「あぁ、宜しく頼むよ」
「お待ちどおさまです。百円になります」
綺々先生は百円を払い、街路樹の立ち並ぶ通りに身を隠すように消えていった。
それからおやつを買いに来たお嬢さん方に今川焼きを売り、一段落ついた俺はキッチンカー前で伸びをする。雲一つ無い晴天。飛行機雲が空に一本のラインを書き足す。
「あ?」
いつもはスーツ姿だが、今日は普段着(ポールスミス)の充がそこにいた。夜の仕事をしている為、滅多にこの人通りの多い時に出て来ない筈だが……
「白、1個いただけますか」
「あいよ、焼けてるぜ。どうしたよ?何かあったのか?」
俺は油紙に白餡を包み、充に差し出す。人を柔らかく包むようなソフトな笑顔でそれを受け取り、充は言った。
「人を捜して貰いたいんです」
「依頼人はお前?」
「ヒメ子さんですよ」
――ヒメ子。この音路町では昔からあるが、数年前に名前を【フローリスト・モナムール】なんて名前に変えた花屋の店主。消えた親父の高校の後輩。因みに親父の高校は音路工業高校機械科。男女の比率は昔から10:0
「ヒメ子さんが人捜し?恋人捜しじゃないだろうな?」
「あはは、有り得そうですね。でもどうやら違うみたいなんですよ。捜して欲しいのは、新しく入ったバイトの女の子だそうですよ」
「ふぅん、あそこバイト入ったんだ?」
「えぇ、とにかく来て欲しいみたいですから、今、空いてますか?」
「あ、あぁ」
俺はキッチンカーの窓を閉め、【休憩中】の札をかけた。中通りを突っ切り国道沿いにある件の【フローリスト・モナムール】に向かう。
†
この店の外装は明らかに花屋とは思えない外装だ。看板はピンクと紫。流れるような筆記体で店名が書いてある。花は店頭には出ていない為、新手の風俗店に間違われるらしい。俺と充は店のスモークガラスのドアを開いた。
「あら~、いらっしゃ~い」
ヒメ子さんはいつもブランドの着物をきっちりと着ている。金色の髪の毛も頭上で丸く盛っている(勿論カツラ、ピーナッツにしか見えない)。俺はぺこりと頭を下げて言った。
「ヒメ子さん、しばらくです」
「しばらく燎ちゃ~ん、なになにぃ?コレでもできたのぉ?や~だ~、妬けちゃう~!」
ヒメ子さんは小指を立てた。この表現をするところに時代と年輪を感じる。充はあははと笑いながら言った。
「バイトの娘、いますか?」
「あ、いるわよ?ちょっと待っててね?」
店の中に響く元応援団長、ヒメ子さんの抜群に声量のある甲高い声。ヒメ子さんが連れてきたのは、ヒメ子さんよりも一回り程度小さい顔をした可愛い女の子だった。
「彼女、内海乃月ちゃん、19歳、大学生よ」
「あっ、今川焼き屋さん……」
今どき珍しいくらいに清楚な見た目の女の子だ。黒髪を束ね、前髪は小柄な顔の両脇で触覚みたいになっている。目はクリッとしていて、円顔で色白。マリオの敵キャラ(ドッスンだったかな…?)みたいなサイズのヒメ子さんが隣だから余計に小顔に見えるのか……?
「人を捜してるって訊いたんだけど」
「そうなのよ~、この娘見たまんまだけどウブだから、何だか恋しちゃったみたいなのよぉ」
「ははっ、乙女ですね。ヒメ子さんみたいに」
「や~だ~も~!恥じらい~!」
ヒメ子さん曰く、ある日からぼぉっとしている時が続いているのだと。心配になった店員のマドカさん(音路工業高校機械科OB、元相撲部)
が訊いたら、一目惚れをしてしまったのだという。それが誰だか分からないのだそう。
だから【捜し】のスペシャリストに話を訊くことにしたって話だ。俺は言った。
「少し彼女、連れてっていいですか?」
「いいわよ~、捜してあげてね~」
「えっ、何を……」
「いいから~、行ってきて~!」
【捜し屋】の存在は知られていても、俺と充が【捜し屋】だってことは、あまり知られていない。戸惑う乃月を連れて俺達は国道沿いのスタバに向かった。
たまにはあの店のキャラメルマキアートも飲みたいし。
この日、俺は3日ぶりにキッチンカーを走らせた。連休の間、俺は一人でふらりと箱根まで温泉に浸かりに行った。たまには今川焼きを作らない日を作らないと……ましてや144個の殺人級の数の今川焼きを焼かされ(当の本人はそれを数分でぺろりと平らげたらしい)たら、軽い中毒になってしまう。
軽い腱鞘炎も温泉効果で回復。いつものようにおやつ時に予め焼いておいた今川焼きを数個 携え、音路町中通りの広場にキッチンカーを停めた。そこには既に一人の男が待っていた。
「すまないね、急かすつもりは全くなかったのだよ」
――綺々詩。それはあくまでペンネーム。勿論皆この名前を聞いたら真っ先に思い浮かべるのは、大ヒットしたドラマ【ラブバラードを聴かせて】であろう。その大ヒットドラマの原作小説を書いたのはこの人である。
世の中の人は綺々詩は女性だと思っているが、その事実を知っているのは日本中はおろか、音路町の中でも数える程だ。まさかあの日本中を胸キュンさせた作品の数々を、色黒、サングラスにオールバックの全身黒ずくめのスーツの堅気に見えない男が書いているとは思うまい。
「こんにちは先生。今日はまた珍しいですね」
「左様。小生もたまに欲するのだよ。あの、ずんだ餡が出てからは特に」
新作であるずんだ餡を食べて以来、綺々先生は以前よりうちに買いに来る頻度が増えた。いつもは音路町のセレブが暮らすスカイスクレーパー、音路町ヒルズの高層階にいるのに……
「これからネタ捜しに?」
「フィールドワークとでも言うのかな。人間観察は実に恋愛小説に欠かせないいいネタを引き出してくれる」
俺はこの強面の綺々先生が若いキャッキャしているカップルをガン見している姿を想像すると、つい笑ってしまいそうになる。
「俺も、ネタがありそうなら提供しますから」
「あぁ、宜しく頼むよ」
「お待ちどおさまです。百円になります」
綺々先生は百円を払い、街路樹の立ち並ぶ通りに身を隠すように消えていった。
それからおやつを買いに来たお嬢さん方に今川焼きを売り、一段落ついた俺はキッチンカー前で伸びをする。雲一つ無い晴天。飛行機雲が空に一本のラインを書き足す。
「あ?」
いつもはスーツ姿だが、今日は普段着(ポールスミス)の充がそこにいた。夜の仕事をしている為、滅多にこの人通りの多い時に出て来ない筈だが……
「白、1個いただけますか」
「あいよ、焼けてるぜ。どうしたよ?何かあったのか?」
俺は油紙に白餡を包み、充に差し出す。人を柔らかく包むようなソフトな笑顔でそれを受け取り、充は言った。
「人を捜して貰いたいんです」
「依頼人はお前?」
「ヒメ子さんですよ」
――ヒメ子。この音路町では昔からあるが、数年前に名前を【フローリスト・モナムール】なんて名前に変えた花屋の店主。消えた親父の高校の後輩。因みに親父の高校は音路工業高校機械科。男女の比率は昔から10:0
「ヒメ子さんが人捜し?恋人捜しじゃないだろうな?」
「あはは、有り得そうですね。でもどうやら違うみたいなんですよ。捜して欲しいのは、新しく入ったバイトの女の子だそうですよ」
「ふぅん、あそこバイト入ったんだ?」
「えぇ、とにかく来て欲しいみたいですから、今、空いてますか?」
「あ、あぁ」
俺はキッチンカーの窓を閉め、【休憩中】の札をかけた。中通りを突っ切り国道沿いにある件の【フローリスト・モナムール】に向かう。
†
この店の外装は明らかに花屋とは思えない外装だ。看板はピンクと紫。流れるような筆記体で店名が書いてある。花は店頭には出ていない為、新手の風俗店に間違われるらしい。俺と充は店のスモークガラスのドアを開いた。
「あら~、いらっしゃ~い」
ヒメ子さんはいつもブランドの着物をきっちりと着ている。金色の髪の毛も頭上で丸く盛っている(勿論カツラ、ピーナッツにしか見えない)。俺はぺこりと頭を下げて言った。
「ヒメ子さん、しばらくです」
「しばらく燎ちゃ~ん、なになにぃ?コレでもできたのぉ?や~だ~、妬けちゃう~!」
ヒメ子さんは小指を立てた。この表現をするところに時代と年輪を感じる。充はあははと笑いながら言った。
「バイトの娘、いますか?」
「あ、いるわよ?ちょっと待っててね?」
店の中に響く元応援団長、ヒメ子さんの抜群に声量のある甲高い声。ヒメ子さんが連れてきたのは、ヒメ子さんよりも一回り程度小さい顔をした可愛い女の子だった。
「彼女、内海乃月ちゃん、19歳、大学生よ」
「あっ、今川焼き屋さん……」
今どき珍しいくらいに清楚な見た目の女の子だ。黒髪を束ね、前髪は小柄な顔の両脇で触覚みたいになっている。目はクリッとしていて、円顔で色白。マリオの敵キャラ(ドッスンだったかな…?)みたいなサイズのヒメ子さんが隣だから余計に小顔に見えるのか……?
「人を捜してるって訊いたんだけど」
「そうなのよ~、この娘見たまんまだけどウブだから、何だか恋しちゃったみたいなのよぉ」
「ははっ、乙女ですね。ヒメ子さんみたいに」
「や~だ~も~!恥じらい~!」
ヒメ子さん曰く、ある日からぼぉっとしている時が続いているのだと。心配になった店員のマドカさん(音路工業高校機械科OB、元相撲部)
が訊いたら、一目惚れをしてしまったのだという。それが誰だか分からないのだそう。
だから【捜し】のスペシャリストに話を訊くことにしたって話だ。俺は言った。
「少し彼女、連れてっていいですか?」
「いいわよ~、捜してあげてね~」
「えっ、何を……」
「いいから~、行ってきて~!」
【捜し屋】の存在は知られていても、俺と充が【捜し屋】だってことは、あまり知られていない。戸惑う乃月を連れて俺達は国道沿いのスタバに向かった。
たまにはあの店のキャラメルマキアートも飲みたいし。
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