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White Angels
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桜沢深雪がその少女にあったのは本当に偶然のことだった。
街角の大きなクリスマスツリーの下で、足を抱えるようにして一人でポツンと座っていた少女。
綺麗に波打つ金髪と幼いけれど美しい横顔。真っ白なワンピースを着ていた。
何故か、深雪は目が離せなかった。
事の起りは一時間前。
「悪い、仕事が入った」
スマホにかかってきた鷹森司のそっけない一言に、桜沢深雪はブチキレそうになった。
「なぁんですってぇ!?」
おりしも今日はクリスマスイヴ。
街はイルミネーションで煌びやかに彩られ、街中どこにいても聞こえてくるクリスマスソング。
サンタの格好をしたクリスマスケーキの売り子さんやら、プレゼントをねだる子供の姿。
ケーキの甘い匂いがどこからともなく漂ってくる。
まさに、クリスマス!!
久々のデートだと思って気張って買った白いニットのワンピースにムートンのコート(高かったのよ!)、真っ白なラビットファーのバックとかも新調しちゃったりなんかして、今日という日を楽しみにしていたのだ。
「どういうことよ、それ!なんで、今日なんかに仕事いれるのよ!!」
この私の努力をどうしてくれるの!?
スマホの向こうで司がため息をついたのが分かった。
むかっ。
「仕方ないだろ。あちらさんには盆も正月も関係ないんだよ」
「あちらさんになくってもこちらさんにはあるのよっ! しかも何でクリスマスに合わせてくるのよ!! むかつくー」
「……深雪」
司に名前を呼ばれるとドキッとする。ええい、どうせ私はこの声に弱いのよ!
「聞き分けろ」
「やだっ!!」
受話器に向かって大音量で言ってやった。
向こうではきっと耳を押さえているだろう司の姿が容易に想像がつく。
大事な仕事だって分かっていたって納得なんてできない!
「ばかばかっ、司の大ばか野郎! むっつりお祓い屋!! 怨霊といつまでも仲良くしてれば良いのよ!もう知らないんだからっ!!」
「おい、深……」
何か言いかけた司を遮って、深雪は通話をぶちきっていた。
「知らないわ、あんな男」
スマホに思いっきり「いーだっ」なんてしてみても、気分が晴れるはずもなく。
しかしハタチを越えたいいオトナがすることでもない気もするが、ずっとクリスマスを楽しみにしてきたのだからすこしぐらいその辺は大目に見て欲しいと深雪は思う。
なんていってもクリスマスに恋人にドタキャンされてしまったのだから。
しかし、なんでこう毎回毎回邪魔が入るかな!?
怨霊ってばいつも良い雰囲気になったところで邪魔してくれるんだからっ!
まさか司のヤツ、狙ってやってるんじゃないでしょうねぇ~!!
何が悲しくて、クリスマスイヴにこんなドレスアップして、街角の大きなクリスマスツリーの下で、若い女が一人で突っ立てなくちゃいけないの?
思いっきり、虚しくなって、深雪は振り上げていた拳を下ろした。
「仕方ない、ウチに帰るか」
仕事が入ってドタキャンされるのはいつものことだ。
今日がクリスマスじゃなくっても、仕事が舞い込めば司はそちらに行ってしまう。
それが司の仕事だから、仕方がないって言うのは分かっているんだけど。
でもねぇ、何も今日くらいはって思わない?
思うわよねぇ~!!
「「はぁぁ~。」」
自分以外のため息が隣から聞こえてきて、そちらに目をやって驚いた。
外人の女の子が座っていたからだ。
今まで自分一人だと思っていたのに、いつの間にこんな女の子が隣に座っていたのだろう。
女の子はお人形さんのようにとても可愛らしく、真っ白でふわふわなワンピースに身を包み、膝を抱えて座っていた。髪は肩を覆うくらいの柔らかな金髪、瞳は不思議な色合い。ヘイゼルっぽいけれど、光の加減では金色にも見える。なんだか背中に羽根があってもおかしくないような感じだ。
思わず深雪は声もなく見とれてしまった。
少女は視線に気が付いたのか、顔を上げてにっこりと笑いかけてきた。
「あ、は、はろ~……」
言いたくはないけど、英語は得意だったと思う。
でもなんでこういうときにすんなりと言葉が出てこないのか。
せめてカタカナくらいにならないものかと冷や汗交じりで笑う。
「大丈夫、言葉わかるわよ、お姉さん」
「え、本当!?」
彼女はくすくすと笑って、YESと言った。
そういえば、流暢な日本語だった。ほっと安堵の息をついたのが分かったらしく、少女は再びくすくすと面白そうに笑った。
「お姉さん、待ち合わせ?」
大抵のカップルはこのツリーの下で待ち合わせするのが定番になっている。
先ほどから、何組ものカップルが連れだって歩いていった。
いいなぁ、彼らは今ごろきっとらぶらぶなんだわ。
私も司とっ……だったはずなのに現実はこうだ。
「残念ながら、ドタキャンされちゃったのよ」
「お姉さんみたいに綺麗な人を振るなんて、もったいないことをするのね」
「ええっ、やだわ。お嬢ちゃんの方が天使さまぽくてよっぽど綺麗でかわいいのに」
大人びた物言いが少女のものらしくなくて、深雪はびっくりする。でもなんとなくだがそれが似合っていると思うのがまた不思議だった。
「お姉さんは綺麗よ。綺麗だから、いろんなものに好かれるでしょう?」
「え、そ、そうかな」
まあ、確かにいろんなものに好かれると言えば好かれるかもしれない。
司が一度ぼやいた事がある。なんでそう呼び寄せるんだって怒られた事もあった。
でもそんな変なものに好かれたって嬉しくはない。
どうせ好かれるなら司だけで良いのに……と、言った所で彼女には分からない事だ。
「綺麗で優しいから、わたしがここにひとりでいることに気付いてくれたんでしょう」
何だろう。言ってる事がよく分からない。
「だって、お嬢ちゃんに気付かないわけないじゃない。隣に座っていたんだし……」
「そっか、そうなんだ」
彼女はきょとんと目をしばたつかせて、次いでにっこりと笑って見せた。
それはまさしく天使の微笑のように清らかでとっても可愛らしくて、同性でもどきどきしてしまったくらいのとびっきりの笑顔だった。
「お姉さん、私も透夜にドタキャンされちゃったの。だから一緒にパーティーしない?」
「あら、良いわね。ここで大騒ぎしちゃいましょうか」
彼女は歓声を上げて同意した。
「私は深雪。お姉さんの名前は?」
「あらっ、私も深雪よ。桜沢深雪……ふふふ同じ名前ね。よろしく、ちいさな深雪」
それから数分後にはケーキにシャンパン、チキンにクラッカーにと目に付くものをここぞとばかりに買い求め、ツリーの下で女の子だけのパーティーを開いていた。
食料だけでも凄い量だ。けれど買いすぎたとも思わなかった。
幾人の人達が奇異の目を向けていったが、全然気にしなかった。
飲んで(ノンアルコールだけど)騒いで、美味しいケーキを食べて、それだけで楽しかったから。
「透夜はね、あんまり外に出たがらないのよ。いつもみゆのほうから会いに行くの」
「私もそうよ。あいつから誘われた事なんて滅多にないわ。のんびり気長に待ってたらおばあちゃんになっちゃうわよ、まったく」
「だから今日は透夜から会いに来てってお願いしたのに……ダメだったみたい」
今日。
今日はクリスマスだから。
どんな奇跡も叶う神様に一番近い日だから。
子供じみたわがままを言っても許されるのだと。
玉子のサンドウィッチを口に頬張り、勢いに任せてシャンパンで流し込んだ。
炭酸がツンと鼻に来たが、目に滲んだものはそればかりが原因ではない。
「お姉さん?」
突然黙り込んでしまった深雪の顔を小さな深雪が覗き込んできた。
「……私だって……仕事だってのは分かってるわ。司の仕事は、とっても危険な仕事で、いつも死と隣り合わせなの。彼はとても優秀で誰よりも強い人だけど、本当はいつだって怖いのよ。怖いから私を置いていくの。……クリスマスくらい彼に平穏な時間をあげたかったのに」
ぐすりと鼻をすすり上げて、涙をぬぐうと隣で小さな深雪がじっと顔をみつめていた。
「やだ、私ったら……シャンパンで酔ったかしらね、ごめんね」
「お姉さん」
「なあに?」
「透夜はね、みゆのお願いならなんでも聞いてくれるの。ときどきすごーく意地悪するけど、なんでも叶えてくれるのよ。お姉さんは叶えたいお願いってある?」
まっすぐに問いかけられて咄嗟に言葉が出なかった。
「お姉さんのお願い事って何? みゆが聞いてあげる」
優しくて癒される笑顔というのはこんな笑顔だろうか。
そこにあるのは信頼。
迷いもなく、心の奥から出てきた願いを口にしていた。
「……クリスマスだけでも良いわ。司に安らぎを与えてあげたいの」
小さな深雪はにっこりと微笑んで頷いた。
「その願い、叶えてあげる!」
言うや否や、音もなく地を蹴り、小さな深雪は空へと飛んだ。
「透夜!!」
溢れんばかりの思いを言葉に代えるとこんな響きになるのだろうか。
振り仰いだ先に天使たちがいた。
「え?」
「僕のどこが意地悪なのかな、聞き流せないよな、みゆ」
「うっ……だって」
「いつもみゆのお願い事を聞いてやってるこの優しい僕に向かって、どの口がそんなことをいうのやら」
「だってだって……みゆはちゃんとお願いしたのにすぐに来てくれなかったじゃない」
「……あのねぇ、僕にだって都合があるんだけどね」
「それでもなの!」
透夜は肩を竦めると、その視線を深雪に向けた。
漆黒の髪に闇よりも深い瞳。だけどその中に星のような輝きが見える。すいこまれそうなほど綺麗な、魅惑的な瞳に思わずドキッとした。
細く華奢な四肢はまだ少年のもの。
けれどとても美しい少年だった。
背にあるのは片翼。
小さな深雪の背にも一つだけ翼がある。
この子達は二人で一つの翼を持っているのだと、深雪はなぜかすぐに分かった。
「あなたたち、天使、なの? ホンモノ?」
「ホンモノよ」
「仕方がない。みゆの頼みごとなら聞くよ。今日は大サービスだ」
そう宣言すると、二人の天使は大きく翼を広げた。
その翼から光がはじけるように広がる。小さな深雪の両手から小さな光が生まれていた。それを透夜が手を添えて包み込む。光はゆっくりと大きく膨らんでいき、彼らに導かれるようにして天高く放たれた。
あまりの眩しさに目が眩みそうだった。
透夜と深雪の姿も光に紛れて見えないくらいだ。
「お姉さん、ありがとう。楽しかった」
空から舞い落ちる光と共に声が届いた。
眇めた目を凝らして見ても、もう彼らの姿はどこにも見つけられなかった。
「あ、雪!」
どこからかはしゃいだような声に深雪は我に返る。
空を見上げると確かに雪が降っていた。
そっと手を伸ばしてひとかけらの雪を受けとめる。受けとめた瞬間、光が閃いた気がしたのは錯覚だろうか。
冷たいのにとても温かい雪だった。
「……あ、れ? 私……」
何か大切なことを忘れているような気がして、辺りを見渡した。
さっきまで誰かいたはずなのに……。
大きなクリスマスツリーは相変わらず煌びやかに点滅を繰り返している。
ここで、誰かと話をしていたはずだったのに……。
さくっと雪を踏みしめる足音がすぐ間近で聞こえた。
「深雪」
「え、司?」
振りかえれば、黒のタートルネックに黒のスラックス、ロングコートも黒という、いつもの黒ずくめの格好で、そしてどこかちょっと不機嫌そうな司がいた。
「どうして? 仕事は?」
「なくなった……っうか、いきなりあいつら昇華しちまった」
「いきなりってどういうことよ」
「知るか。雪が降ってきたなと思ってたら、突然だ。俺が手出しする間もなかったな」
司が不機嫌なのはそれか。
司にとっては目の前にいた獲物を横から掻っ攫われたようなものだ。
まったく根っからの拝み屋だと深雪は感心を通り越して呆れたくなる。
「それより……お前、また」
司は眉をひそめて、深雪の背後を見るとあからさまに嫌そうな顔をしてため息をつく。深雪には見えないが何かいるのだろうか。
ツリーの装飾がやたらと眩しく輝いているような錯覚があった。
ベンチに広げられた豪勢なディナーに司は軽く舌打ちする。
「何よ。またって」
「別に、何でもねぇよ。ほら、帰るぞ」
頭を抱え込むようにして引き寄せられて、深雪は慌ててその手を振り払った。
「えー、せっかくのクリスマスなのにもう家に帰るの? どこかで食事でもしていこうよ」
「お前、腹減ってるのか?」
不思議そうに見返す司の顔はどこかちょっと引きつって見えた。
はたと立ち止まって深雪は考える。
「私なんだかお腹がいっぱいだわ。どうしてかしら?」
「そりゃあそうだろうよ」
司の呆れた顔になんだかむっとする。
「何よ、それ」
「別に。……ああ、俺は腹が減った! ファミレスにでも入るか」
「なんでファミレスなのよぉ!!」
あははと声も高らかに笑う司の腕に、ふくれ面でしがみ付いた深雪だったがいつしか笑みに変わっていた。
雪はとめどなく降り続き、聖なる夜の街を白く染め上げていった。
Fin
街角の大きなクリスマスツリーの下で、足を抱えるようにして一人でポツンと座っていた少女。
綺麗に波打つ金髪と幼いけれど美しい横顔。真っ白なワンピースを着ていた。
何故か、深雪は目が離せなかった。
事の起りは一時間前。
「悪い、仕事が入った」
スマホにかかってきた鷹森司のそっけない一言に、桜沢深雪はブチキレそうになった。
「なぁんですってぇ!?」
おりしも今日はクリスマスイヴ。
街はイルミネーションで煌びやかに彩られ、街中どこにいても聞こえてくるクリスマスソング。
サンタの格好をしたクリスマスケーキの売り子さんやら、プレゼントをねだる子供の姿。
ケーキの甘い匂いがどこからともなく漂ってくる。
まさに、クリスマス!!
久々のデートだと思って気張って買った白いニットのワンピースにムートンのコート(高かったのよ!)、真っ白なラビットファーのバックとかも新調しちゃったりなんかして、今日という日を楽しみにしていたのだ。
「どういうことよ、それ!なんで、今日なんかに仕事いれるのよ!!」
この私の努力をどうしてくれるの!?
スマホの向こうで司がため息をついたのが分かった。
むかっ。
「仕方ないだろ。あちらさんには盆も正月も関係ないんだよ」
「あちらさんになくってもこちらさんにはあるのよっ! しかも何でクリスマスに合わせてくるのよ!! むかつくー」
「……深雪」
司に名前を呼ばれるとドキッとする。ええい、どうせ私はこの声に弱いのよ!
「聞き分けろ」
「やだっ!!」
受話器に向かって大音量で言ってやった。
向こうではきっと耳を押さえているだろう司の姿が容易に想像がつく。
大事な仕事だって分かっていたって納得なんてできない!
「ばかばかっ、司の大ばか野郎! むっつりお祓い屋!! 怨霊といつまでも仲良くしてれば良いのよ!もう知らないんだからっ!!」
「おい、深……」
何か言いかけた司を遮って、深雪は通話をぶちきっていた。
「知らないわ、あんな男」
スマホに思いっきり「いーだっ」なんてしてみても、気分が晴れるはずもなく。
しかしハタチを越えたいいオトナがすることでもない気もするが、ずっとクリスマスを楽しみにしてきたのだからすこしぐらいその辺は大目に見て欲しいと深雪は思う。
なんていってもクリスマスに恋人にドタキャンされてしまったのだから。
しかし、なんでこう毎回毎回邪魔が入るかな!?
怨霊ってばいつも良い雰囲気になったところで邪魔してくれるんだからっ!
まさか司のヤツ、狙ってやってるんじゃないでしょうねぇ~!!
何が悲しくて、クリスマスイヴにこんなドレスアップして、街角の大きなクリスマスツリーの下で、若い女が一人で突っ立てなくちゃいけないの?
思いっきり、虚しくなって、深雪は振り上げていた拳を下ろした。
「仕方ない、ウチに帰るか」
仕事が入ってドタキャンされるのはいつものことだ。
今日がクリスマスじゃなくっても、仕事が舞い込めば司はそちらに行ってしまう。
それが司の仕事だから、仕方がないって言うのは分かっているんだけど。
でもねぇ、何も今日くらいはって思わない?
思うわよねぇ~!!
「「はぁぁ~。」」
自分以外のため息が隣から聞こえてきて、そちらに目をやって驚いた。
外人の女の子が座っていたからだ。
今まで自分一人だと思っていたのに、いつの間にこんな女の子が隣に座っていたのだろう。
女の子はお人形さんのようにとても可愛らしく、真っ白でふわふわなワンピースに身を包み、膝を抱えて座っていた。髪は肩を覆うくらいの柔らかな金髪、瞳は不思議な色合い。ヘイゼルっぽいけれど、光の加減では金色にも見える。なんだか背中に羽根があってもおかしくないような感じだ。
思わず深雪は声もなく見とれてしまった。
少女は視線に気が付いたのか、顔を上げてにっこりと笑いかけてきた。
「あ、は、はろ~……」
言いたくはないけど、英語は得意だったと思う。
でもなんでこういうときにすんなりと言葉が出てこないのか。
せめてカタカナくらいにならないものかと冷や汗交じりで笑う。
「大丈夫、言葉わかるわよ、お姉さん」
「え、本当!?」
彼女はくすくすと笑って、YESと言った。
そういえば、流暢な日本語だった。ほっと安堵の息をついたのが分かったらしく、少女は再びくすくすと面白そうに笑った。
「お姉さん、待ち合わせ?」
大抵のカップルはこのツリーの下で待ち合わせするのが定番になっている。
先ほどから、何組ものカップルが連れだって歩いていった。
いいなぁ、彼らは今ごろきっとらぶらぶなんだわ。
私も司とっ……だったはずなのに現実はこうだ。
「残念ながら、ドタキャンされちゃったのよ」
「お姉さんみたいに綺麗な人を振るなんて、もったいないことをするのね」
「ええっ、やだわ。お嬢ちゃんの方が天使さまぽくてよっぽど綺麗でかわいいのに」
大人びた物言いが少女のものらしくなくて、深雪はびっくりする。でもなんとなくだがそれが似合っていると思うのがまた不思議だった。
「お姉さんは綺麗よ。綺麗だから、いろんなものに好かれるでしょう?」
「え、そ、そうかな」
まあ、確かにいろんなものに好かれると言えば好かれるかもしれない。
司が一度ぼやいた事がある。なんでそう呼び寄せるんだって怒られた事もあった。
でもそんな変なものに好かれたって嬉しくはない。
どうせ好かれるなら司だけで良いのに……と、言った所で彼女には分からない事だ。
「綺麗で優しいから、わたしがここにひとりでいることに気付いてくれたんでしょう」
何だろう。言ってる事がよく分からない。
「だって、お嬢ちゃんに気付かないわけないじゃない。隣に座っていたんだし……」
「そっか、そうなんだ」
彼女はきょとんと目をしばたつかせて、次いでにっこりと笑って見せた。
それはまさしく天使の微笑のように清らかでとっても可愛らしくて、同性でもどきどきしてしまったくらいのとびっきりの笑顔だった。
「お姉さん、私も透夜にドタキャンされちゃったの。だから一緒にパーティーしない?」
「あら、良いわね。ここで大騒ぎしちゃいましょうか」
彼女は歓声を上げて同意した。
「私は深雪。お姉さんの名前は?」
「あらっ、私も深雪よ。桜沢深雪……ふふふ同じ名前ね。よろしく、ちいさな深雪」
それから数分後にはケーキにシャンパン、チキンにクラッカーにと目に付くものをここぞとばかりに買い求め、ツリーの下で女の子だけのパーティーを開いていた。
食料だけでも凄い量だ。けれど買いすぎたとも思わなかった。
幾人の人達が奇異の目を向けていったが、全然気にしなかった。
飲んで(ノンアルコールだけど)騒いで、美味しいケーキを食べて、それだけで楽しかったから。
「透夜はね、あんまり外に出たがらないのよ。いつもみゆのほうから会いに行くの」
「私もそうよ。あいつから誘われた事なんて滅多にないわ。のんびり気長に待ってたらおばあちゃんになっちゃうわよ、まったく」
「だから今日は透夜から会いに来てってお願いしたのに……ダメだったみたい」
今日。
今日はクリスマスだから。
どんな奇跡も叶う神様に一番近い日だから。
子供じみたわがままを言っても許されるのだと。
玉子のサンドウィッチを口に頬張り、勢いに任せてシャンパンで流し込んだ。
炭酸がツンと鼻に来たが、目に滲んだものはそればかりが原因ではない。
「お姉さん?」
突然黙り込んでしまった深雪の顔を小さな深雪が覗き込んできた。
「……私だって……仕事だってのは分かってるわ。司の仕事は、とっても危険な仕事で、いつも死と隣り合わせなの。彼はとても優秀で誰よりも強い人だけど、本当はいつだって怖いのよ。怖いから私を置いていくの。……クリスマスくらい彼に平穏な時間をあげたかったのに」
ぐすりと鼻をすすり上げて、涙をぬぐうと隣で小さな深雪がじっと顔をみつめていた。
「やだ、私ったら……シャンパンで酔ったかしらね、ごめんね」
「お姉さん」
「なあに?」
「透夜はね、みゆのお願いならなんでも聞いてくれるの。ときどきすごーく意地悪するけど、なんでも叶えてくれるのよ。お姉さんは叶えたいお願いってある?」
まっすぐに問いかけられて咄嗟に言葉が出なかった。
「お姉さんのお願い事って何? みゆが聞いてあげる」
優しくて癒される笑顔というのはこんな笑顔だろうか。
そこにあるのは信頼。
迷いもなく、心の奥から出てきた願いを口にしていた。
「……クリスマスだけでも良いわ。司に安らぎを与えてあげたいの」
小さな深雪はにっこりと微笑んで頷いた。
「その願い、叶えてあげる!」
言うや否や、音もなく地を蹴り、小さな深雪は空へと飛んだ。
「透夜!!」
溢れんばかりの思いを言葉に代えるとこんな響きになるのだろうか。
振り仰いだ先に天使たちがいた。
「え?」
「僕のどこが意地悪なのかな、聞き流せないよな、みゆ」
「うっ……だって」
「いつもみゆのお願い事を聞いてやってるこの優しい僕に向かって、どの口がそんなことをいうのやら」
「だってだって……みゆはちゃんとお願いしたのにすぐに来てくれなかったじゃない」
「……あのねぇ、僕にだって都合があるんだけどね」
「それでもなの!」
透夜は肩を竦めると、その視線を深雪に向けた。
漆黒の髪に闇よりも深い瞳。だけどその中に星のような輝きが見える。すいこまれそうなほど綺麗な、魅惑的な瞳に思わずドキッとした。
細く華奢な四肢はまだ少年のもの。
けれどとても美しい少年だった。
背にあるのは片翼。
小さな深雪の背にも一つだけ翼がある。
この子達は二人で一つの翼を持っているのだと、深雪はなぜかすぐに分かった。
「あなたたち、天使、なの? ホンモノ?」
「ホンモノよ」
「仕方がない。みゆの頼みごとなら聞くよ。今日は大サービスだ」
そう宣言すると、二人の天使は大きく翼を広げた。
その翼から光がはじけるように広がる。小さな深雪の両手から小さな光が生まれていた。それを透夜が手を添えて包み込む。光はゆっくりと大きく膨らんでいき、彼らに導かれるようにして天高く放たれた。
あまりの眩しさに目が眩みそうだった。
透夜と深雪の姿も光に紛れて見えないくらいだ。
「お姉さん、ありがとう。楽しかった」
空から舞い落ちる光と共に声が届いた。
眇めた目を凝らして見ても、もう彼らの姿はどこにも見つけられなかった。
「あ、雪!」
どこからかはしゃいだような声に深雪は我に返る。
空を見上げると確かに雪が降っていた。
そっと手を伸ばしてひとかけらの雪を受けとめる。受けとめた瞬間、光が閃いた気がしたのは錯覚だろうか。
冷たいのにとても温かい雪だった。
「……あ、れ? 私……」
何か大切なことを忘れているような気がして、辺りを見渡した。
さっきまで誰かいたはずなのに……。
大きなクリスマスツリーは相変わらず煌びやかに点滅を繰り返している。
ここで、誰かと話をしていたはずだったのに……。
さくっと雪を踏みしめる足音がすぐ間近で聞こえた。
「深雪」
「え、司?」
振りかえれば、黒のタートルネックに黒のスラックス、ロングコートも黒という、いつもの黒ずくめの格好で、そしてどこかちょっと不機嫌そうな司がいた。
「どうして? 仕事は?」
「なくなった……っうか、いきなりあいつら昇華しちまった」
「いきなりってどういうことよ」
「知るか。雪が降ってきたなと思ってたら、突然だ。俺が手出しする間もなかったな」
司が不機嫌なのはそれか。
司にとっては目の前にいた獲物を横から掻っ攫われたようなものだ。
まったく根っからの拝み屋だと深雪は感心を通り越して呆れたくなる。
「それより……お前、また」
司は眉をひそめて、深雪の背後を見るとあからさまに嫌そうな顔をしてため息をつく。深雪には見えないが何かいるのだろうか。
ツリーの装飾がやたらと眩しく輝いているような錯覚があった。
ベンチに広げられた豪勢なディナーに司は軽く舌打ちする。
「何よ。またって」
「別に、何でもねぇよ。ほら、帰るぞ」
頭を抱え込むようにして引き寄せられて、深雪は慌ててその手を振り払った。
「えー、せっかくのクリスマスなのにもう家に帰るの? どこかで食事でもしていこうよ」
「お前、腹減ってるのか?」
不思議そうに見返す司の顔はどこかちょっと引きつって見えた。
はたと立ち止まって深雪は考える。
「私なんだかお腹がいっぱいだわ。どうしてかしら?」
「そりゃあそうだろうよ」
司の呆れた顔になんだかむっとする。
「何よ、それ」
「別に。……ああ、俺は腹が減った! ファミレスにでも入るか」
「なんでファミレスなのよぉ!!」
あははと声も高らかに笑う司の腕に、ふくれ面でしがみ付いた深雪だったがいつしか笑みに変わっていた。
雪はとめどなく降り続き、聖なる夜の街を白く染め上げていった。
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私は、連に
「許嫁、やめますっ」
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◇◇◇◇
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