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第四章
2.カイユからの通信
しおりを挟む「う、あぁぁぁっ」
突然リューイが目を開き、悲鳴を上げて立ち上がった。
今まで一度たりとも、少年がその目を開けた所を見たことが無いと言われていた。
その目が、金色の光を宿し、大きく見開かれている。リューイは呆然と中空を見上げてた。
「……リューイ?」
どこかに意識を置き忘れたかのようで、ひどく頼りなげに立っている。
リョウラが少年に手を伸ばそうとしたとき、ネリアムは水晶の向こう側からそれを制止した。
「ネリアム老?」
怪訝そうに窺うリョウラだったが、ハッとして緊張に体を強張らせた。リューイから異質な気配を感じ取った。
黒髪金眼の少年が二人をゆっくりと振り返り、にいっと笑った。こんなふうに笑う少年ではなかったはずだった。
「おや、久しいねぇ。こんなところであんたの顔が見れるとは思っても見なかったよ、ネリアム」
少年は水晶に映るネリアムを見て面白そうに言う。確かに少年の声なのに、少年の物言いではありえなかった。
「……あなたも、お元気そうでなによりです、ナナ」
少年は喉の奥を鳴らして笑った。
リョウラは少年の突然の変化に、絶句して目を見張った。
普段、リューイはこんな笑い方はしないし、長老であるネリアム老に対してこんなしゃべり方はしない。優等生を地でいくタイプだ。誰かがリューイの体を乗っ取っている。
リョウラは驚いたままの顔で、ネリアム老を窺う。
ネリアム老は落ち着いた態度で、少年をナナと呼び、会話を続けている。リューイを乗っ取ているのが誰か分かっているということだ。
ふいに、ネリアム老が声を上げた。
「では、今はカイユにいるのですか?」
これには、リョウラも驚いた。カイユからの音信は総て途絶えてしまっている。
そのカイユからの通信だと言う。
いまいち状況がつかめないが、何らかの方法でナナという人物は、リューイを仲介にカイユから回線をつないでいるらしい。今まで、カイユとは音信不通だったということを、ナナという人物はひどく怒り、ネリアム老に対して罵倒の言葉を浴びせている。ネリアム老は、その人物に罵倒されることに慣れているのか、申し訳なさそうに頭を下げただけで、真剣に耳を傾けている。
「あんたんところの見習いが一人来たよ。エリスっていう、黒髪に青い目の女の子が」
リューイの声であるが、語気の強さからナナが怒っているのが分かる。
「はぐれたって言ってたがね。今のカイユに見習いを遣すってのは、どういう了見だい?」
その質問に対して、ネリアム老は無言で通した。
「ネリアム、私は知ってるんだよ」
「そうでしたね」
ネリアム老は自嘲気味に笑う。
「あなたも、そう思いましたか」
予言を知っているものならば、エリスを見てすぐそれが少女の事だと思い浮かべるだろう。エリスの従兄であるリヴァですら、そう思って身代わりを申し出たのだから。
「まあ、あれだけお膳立てしてくれちゃあねぇ」
カイユに覆う闇に、予言の乙女エリス、それに加えて、更に何かあるような言い方である。
ネリアム老の目も自然に険しい物になった。
「見てみるかい? そのお陰で、こうしてあんたと話せるようになったのさ。光使いにとっては、神以外の何物でもない。光の塊だよ、あれは……」
ナナが何を言っているのか、見当もつかない。
「そのお陰で、空間がつながった。凄い力だよ。あんたに連絡取りたくてね、この少年が必死でこちらにコンタクトを取ろうとしていたので、渡りに船とばかりに体を借りてしまった。後で謝っといておくれ」
ちらっとリョウラを振り返ったあと、リューイから不思議な気配は消え去った。
「リューイ」
とまどいながらもリョウラが呼び掛けると、リューイはびくりと反応した。
ナナはすでに去って行ったらしい。
「あ…」
「大丈夫か」
ネリアム老が声をかけると、リューイはふらつきながらも頷いた。
金色の真摯な目が確固たる意志をもって開かれている。
「まだカイユとつながっています。ナナさんのおっしゃるとおり、素晴らしく強い光の波動が伝わってきます。あんな光は見たことがありません」
興奮が伝わって来る。
リューイは大きく深呼吸すると、精神統一に入った。
リューイはまだ目を開けていた。その金色の目を一点に集中し、何かを睨んでいるようにも見える。
「空間そのものをつなげることは出来ませんが、映像を送ります。エリスを見付けたんです」
それ以後、リューイは術に没頭し、何も話さなくなった。
ネリアム老もリョウラもリューイの映し出すカイユの映像に見入った。
そこには、闇鬼に襲われるエリスと子供の姿があった。
「姉ちゃん!」
右腕が燃えるように熱い。闇鬼の爪によって、大きく裂かれたのだと、エリスは理解した。反動で地面に倒れ込む。倒れたエリスの上に、嬉々と闇鬼が襲い掛かる。
イアンの声が聞こえたような気がしたが、痛みに意識は朦朧としてしまっている。
「このっ、姉ちゃんに何するんだ!」
イアンは殆ど泣き叫ばんばかりに、めちゃくちゃに手を振り回し、闇鬼をエリスからもぎ離そうとしている。少年が闇鬼と取っ組み合いをしていた時、ふいに凛とした男の声が辺りを払うように響いた。
「イアン、離れろ」
その声が誰のものか悟って、イアンは反射的に離れる。
エリスのそれとは比較にならない純度の高い光玉が、闇鬼を直撃した。
闇鬼は悲鳴を上げる暇さえなく、消された。おそらく、触れた瞬間に消滅していたに違いない。
イアンは突然現れた青年を、あんぐりと口を開けて見ていた。
この闇の中にあって、光を失わず、闇鬼さえもほんの小さな光玉で消してしまう。
そんな人間ばなれした力を持っていたなんて知らなかった。
この青年の名前を、イアンは知っていた。
「ルーリック!」
光の民なのに、なんでこんな平然と立っていられるのか。見えるはずのないイアンたちの姿を見ているのか。
イアンはルーリックの眩しすぎる姿を呆然と見つめた。
ルーリックは倒れているエリスを抱き起こし、傷口に手を伸ばした。
エリスが小さく呻く。
うっすらと目を開けて、自分を抱きかかえている人物がルーリックだと気が付いてぎょっとした。
「ルーリック?何故、ここにいるの?」
困ったようにルーリックは苦笑し、エリスの右腕を見て、顔をしかめる。
「そんなことを言っている場合じゃないだろう? 早く手当をしなければ……僕は大丈夫だから」
「大丈夫って…」
まだ何か言いたそうなエリスを制止して、応急処置のために再びエリスを地面に横たえらせる。
「いいから、静かに」
ルーリックは有無を言わせず、右腕の応急処置に取り掛かった。
少し深く抉られている。エリスは少しだけ顔をしかめたが、黙って耐えていた。
傷口に直接光を送り込んでいたルーリックは、顔を上げず、イアンに問い掛ける。
「イアン、あそこにいる人物を知っているかい?」
言われて振り返ったイアンの視線の先で、闇使いの男が一人ぎくりと首を竦めた。
「げっ、ファークス!」
男はイアンに気付き、慌てて身を翻し、走り去った。
男が走る先に別の空間が口を開ける。空間移動で逃げるつもりらしい。
「闇鬼を操っていたのは、彼だ」
断定的なルーリックの言葉に、イアンは口汚く男を罵る。
「あのやろう、何考えてんだ!」
つられてエリスが男を見たとき、目に飛び込んできたものに驚いて起き上がった。腕の痛みも何もかも忘れた。ルーリックが非難の声を上げたが、聞こえなかった。
丸く開かれた黒い空間の先に、倒れている人物。
リューイに同調して見た映像そのものが、目の前に広がっていた。
金色に波打つ長い髪、痩せ衰え、憔悴しきった横顔。間違えるはずがない。見間違るはずもない。
エリスはその名を叫んだ。
「リヴァ!」
ぎょっとイアンが振り返る。瞬間、地を蹴って、男を追いかける。
閉ざされる空間の先に、リヴァが倒れている。
エリスは右腕の痛みも忘れて、手を伸ばした。
「だめだ、エリス!」
ルーリックの腕がエリスを捕まえる。
「リヴァ! リヴァ! リヴァ!!!」
空間が閉じてしまう。
リヴァはそこにいるのに、手は届かない。
イアンの姿が、男を追って、闇の中に消えた。
そこにはもう何もなかった。ただ静かに、闇が広がるのみ。
エリスの悲鳴は、カイユの闇を激しく震わせていた。
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