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勘違いと映画館
しおりを挟む祐樹はそのあと何度かやり取りする中で、昌磨に関するプロフィールを完成させつつあった。そして、今週の土曜日に会う約束をすることになった。
西園寺昌磨。年は祐樹より7つ上。父は、誰もが知っている某大企業の取締役。父親の会社に入らなかったのは驚きだ。母は大学の教授で今は海外の名門大学で教鞭をとっているらしく、週に一度だけ帰ってくる。一番上の兄は成人済みで、起業家兼投資家。その他の兄弟、親族も聞いたが途中で聞き流した。正直最初の方は情報収集だと割り切って聞いてイライラしていたが、ここまでくると別世界。おとぎ話を聴いているようで、ただ感嘆の声しか出なくなっていた。就職活動の役に立つ知り合いを作っておきたかっただけで、これ以上の情報は蛇足になると判断して後は話を聞き流した。問題はどうやって女だと勘違いしている部分を隠し通して就職活動に協力してもらうかだが、その辺りの流れは既に考えてある。何度か会って、そこそこ仲良くして双子の兄が就職活動で困っているので助けてくれないかとか、適当に話をでっちあげて協力してもらう。上手くいくかは半々だが、これ程の人物と知り合いになる機会は人生において、何度もあることではない。ましてや、内定が喉から手が出るほど欲しいこの時期に巡り合うのは奇跡に近い。上手くいかないまでも、何かしらのつながりを残しておきたい。祐樹は、明日のために早めに就寝した。
祐さんと土曜日に映画を見に行く約束をした。ただ映画を見るだけのことに、緊張する。普段のデートなら相手が自分を好きで、それに付き合う形しかなかった。自分からアプローチするなんてことはない。そう考えると、アプローチの仕方が急にわからなくなってきた。そもそも、服装はどうすればいいのか。そんな基本的で考えたこともないようなことが気になりだした。急いで、フランスにいるデザイナーで産みの母である由美子にテレビ電話をかけた。しかし、理由を話してアドバイスを求めたら笑われた。
「普段通りで十分魅力的よ。」母親というものは得てしてこうだ。
「母さん。真面目に考えてください。母親の目から見る息子ではなく、デザイナーの立場からアドバイスしてください。」
「デザイナーの立場から見ても同じ意見よ。それより、どうしたの?デートのことで、アドバイスなんて一度も、求めてきたことがなかったのに。」
昌磨は返答に困った。その様子を、見ると由美子は目を細めて微笑んだ。
「仕方ないから、アドバイスしてあげるわ。」由美子は画面越しに、指示を出して服を探させた。完成したスタイルはいつもの昌磨とかわらないものだった。昌磨は不服を申し立てが、却下された。
「シンプルだから着ている人の美しさを引き立たせる。あなたは身長が高くって、とってもハンサムだから、着ることができるの。もし、これで太ったりしていたら目も当てられないわ。これ以上着飾ると素材の良さを潰してしまう。だから、これで完璧よ。」昌磨は納得のできない部分もあったが、しぶしぶ母のアドバイスを受け入れようやく明日の服装を決める事ができた。母の方もようやく解放されるわといたずらっぽく笑って、恋人とデートがあるからと出かけた。
昌磨は明日着る服を持って、ウォーキングクローゼットから自分の部屋に戻った。
これで一安心かと思ったが、次は映画をどこで見るか気になってしまった。昌磨は映画を見ない。見るとしたら、兄のシアタールームを貸してもらっている。それ以外で、映画をどうやって見るか、方法を知らなかった。もしかしたら、プランを提案してくれた裕さんなら知っているかもしれないが、そんな頼れない男だとは知られたくない。色々悩んだ挙句兄のノアに相談することにした。幸いにも兄は今近くの家にいる。運転手の速水さんを呼んで送ってもらい家に入るや否や要件を伝えた。
「どうして、いつもと同じじゃだめなんだ?」
ノアは不思議そうに昌磨を見つめた。恥ずかしかったが、初めて自分から好きになった相手であることを説明した。そこまで言うと、兄は頷いてから意見を出してくれた。やはり、家のシアターでは相手が警戒する可能性があるから、やめたほうがいい。お勧めの映画館を教えてくれた。そのついでに、レストランの予約もしてくれた。
その日はもう遅かったから、母にアドバイスをもらった服装は翌朝届けてもらうことにして兄の家に泊ることにした。しかし、いざ眠ろうとすると兄のアドバイスを聞いたときはすべて完璧に思えた計画が、眠る間際になると不安になってくる。もう一度、アドバイスを求めようか迷ったが、自分の不安には終わりが無い。そう考えることで、無理やり自分を説き伏せて諦めた。昌磨が眠りに就いたのは電気を消してからずっと後だった。
祐樹は約束の当日の朝、衣服をどうするか悩んでいた。いきなり男だと打ち明けては逃げられる可能性が大きい。かといって、完全に女だと思われるのも嫌だ。妥協して、男でも女でも通用しそうな服に決めた。
祐樹はほかの用事を済ませてから指定の場所に向かった。しかし、思ったよりも早く着いたため、近くのカフェで時間を潰しながら相手が来るのを待った。カフェの窓に面したカウンター席からは指定した場所の目印である時計台が見えた。しばらくしないうちに昌磨は現れた。やけに落ち着いた雰囲気を纏っている。昌磨は、腕時計をしているが、見ることもせず、きれいな立ち姿で静かに待っていた。それだけで、育ちがいいことが分かった。その目立つ容姿に惹かれた女性たちが常に熱い視線を送っているにも拘らず、本人は気づいていないのか鈍感なのか、気にするそぶりも見せない。祐樹はなんとなく遅れて行くつもりだったが、やめた。会計を済ませて、何気ない態度で昌磨に声をかけた。
「待たせちゃったかな。」
「いいえ。そんなことはありません。」
強い日の光が当たる場所でみる昌磨の笑顔はキラキラしていた。これなら周りの女性がほっとかないのもうなずける。
家柄もよく、優秀な頭脳。加えて見目麗しいなんて、クソかよ。
もちろん口には出せないので、代わりに表面上では真逆の事を言うことにした。
「私、遠くで昌磨さんを見かけていたのですが、昌磨さんは本当に素晴らしい方ですね。由緒正しき家系に生まれ、父親の会社ではなくそれに比肩する会社に勤めているなんて。それに、先ほどから多くの女性の視線を集めていましたよ。」
「恥ずかしいので、それぐらいにしてください。」昌磨は祐樹の誉め言葉を笑顔で受け止めた。しかし、照れているのか頬がうっすらと赤い。
それに気をよくした祐樹はさらに言葉を続けた。
「私は、てっきり昌磨さんはこの程度の言葉、日常茶飯事だと思ってましたから、そんなふうに顔を赤くされるなんて、謙虚なんですね。」
「それは、違います。確かに、よくお褒めの言葉はいただきますが、好意を寄せている人からの言葉では意味が違ってきます。」
なるほど。しかし、よく褒められるという部分に関しては否定しないのか。撤回する。全然謙虚ではない。
今日一日の予定は、映画に食事というありきたりなものだ。適当に言ったら、昌磨の方が賛成してくれた。
だから、祐樹はたいして期待していなかった。初めてのデートで得られるものなんて舞い上がって勘違いした部分を削げば微々たるものだ。それよりも、一緒にいる間退屈であくびを我慢できるか、それを心配していた。
昌磨は事前に覚えてきた道をたどり目的の映画館へ祐樹を案内した。一般的な映画館を利用するのはこれが初めてだ。何か不手際を起こしてしまうのではないかと不安だったが、着いた映画館はでは、館内入ってすぐ二人を見かけたスタッフが声をかけて、予約したシアターまで誘導してくれた。これなら心配なさそうだ。昌磨は安心した。
祐樹は戸惑っていた。連れて案内された映画館は祐樹が普段利用しているような映画館ではなかった。席はベットソファー。それも、広いシアターに数席しかないのに、人が一人もいなかった。
チケットの購入という手続きもなかった。
自分たちが、早くきすぎてまだ人が集まっていないのだろうか。祐樹は不安になって、昌磨に誰もいないですねと言った。
しかし、昌磨は祐樹の発言の意味をつかみかねていた。
誰もいないというのはどういうことだろう。
シアター内を見回すと中央のソファー席以外にも、いくつか席がある。
もしかして、周りの空いている席に支給の人が本来いるべきなのだろうか。それを、兄が気を遣って、二人きりの空間を作ってくれた。そのことが不自然に感じられたということだろうか。
昌磨はおそらく、兄が余計なおせっかいで作ってくれたであろうこの状況を、そのまま説明するわけにもいかず、ごまかす様にほほ笑み返した。
祐樹は早く来すぎましたね。といった返事を期待していたのに、返ってきたのは意味のくみ取れないほほ笑みで、困惑した。そして、ある考えにたどり着きぞっとした。
自分はもしかして、危険な状況に置かれているのではないか。貸し切りのシアター。完璧な音響施設。金持ち専門のような映画館。ベットソファーの座席。意味深な笑み。
これは、襲われる。
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