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CHAPTER 19
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星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(通称:開かずの間)
壁のように大きな機械の中央を縦に伸びる柱状の部分の1番上に、多層アクリル板を使用して作られたシリンダーが設置してある。その中に満たされた保存液に揺蕩う脳があった。脳は懸命に考えていた。自分が何処の誰で、ココで何をしているのだろうか?
だが、いくら考えてみても何も思い出されない。
何かないだろうか?
そう云えば、さっきから何も見えないじゃないか。明かり!明かりが欲しい!
誰か、誰か明かりを点けてくれないか。
そんな時、星岬がターニャを連れて入ってきた。
なんだ? 誰か入って来たのか? 確認したくとも目がなくては目視確認は不可能だ。耳を澄まそうにも耳がないので以下省略。だが、壁のように大きな機械には集音マイクがある。自分の記憶が混濁していくのに反して機械への接続は良好になっていた。マイクの集音機能にアクセスすると調整して、音を拾う。
入室してきたのは・・・二人か? 一人は・・・この慇懃無礼な口振りは星岬だな、ではもう一人は・・・?・・・んん? 誰だ? ・・・?・・・?・・・全くわからん。一体何者だ? マテ、時々なにか聞こえてくる。「ウホ」? ウホとは何ぞや。・・・・・・・“あの猿か!?”
あの猿、言葉を操れたのか! そうか、猿にも使える玩具とか何とか言ってしまったからな、バカにしてしまった、という事か。こんな事になるなら、普段から他者への配慮を怠らぬよう心掛けるべきであったな。
思わぬ形で失いかけた記憶を取り戻した役員ナンバー11であった。
一方、その“猿”が言葉を操る件で、星岬によるターニャの尋問が軽~く行われていた。
「ターニャ、何があったか話してくれないか?」
「親父、もう何度も話したじゃないか」
「いいや、もう一度だ。ターニャ、もう一度、話してくれ」
「親父ぃ・・・」
「もう一度、もう一度最初から話してくれないか」
「親父ぃぃぃ・・・」(ひつこいよぉぉぉぉ)
今の星岬はターニャを連れ帰ってきた時の星岬ではない。35年後の世界から時空移動してきた星岬なのだ。ターニャの変化は、彼にとってイレギュラーな事で、詳細に調べておかなければならない事象だったのかもしれない。
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室(兼紀伊邦哉自室)
「あれっ? ドアが直ってる」
触ったらバタンと倒れてしまったりして、とか余計な警戒をしたりする自分に、ドアにのばした手を戻して頭を掻くと、傍らで自分を見上げているサーディアに意味なく笑ってみせ、なんとなく気まずさを感じながらドアを開けると、邦哉はそそくさと部屋に入った。その仕草がなんとなく面白かったのでサーディアも真似てそそくさと邦哉に続いた。
総会から戻ると、部屋が片付いていた。
針金で縛られたロボットは無くなっていた。サーディアによると、自分がクールダウンしていた時に、星岬が現れてロボットは持ち去られたという事だ。それから、星岬が召集したと思しき白衣の連中が部屋を片付けていったという。
ふと、窓へ目をやると、事務机やら何やらの位置が既視感を感じる程正確に置き直してあるのに気が付いた。
床に目をやると、大小様々なダンボール箱が置いてあるではないか。
「まさか・・!」
邦哉は足早に近付くと、浮ついた気持ちなど吹き飛ぶほどの怖気を感じた。
そこに置いてあるダンボール箱は全てPCのパーツと周辺機器のものなのだが、その全てが破壊される前に使用していた物と同じ製品であった。
用意が速すぎる!
壊れることがわかっていて在庫してたのか?
そう考えると怖気につづいて戦慄まで覚えるではないか。
なんだかんだで用意されていたPCのセットアップを終えると、既に外は暗くなっていた。
明日からの業務に支障がないかチェックして、問題ないことを確認する。
ふと、背後に視線を感じて振り返ると、サーディアが紅茶をいれてくれていた。
星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(通称:開かずの間)
サーディアを部屋に残して、邦哉は星岬を訪ねていた。
「ソフトウェアロボットというのを知っているか?」邦哉は開口一番、星岬に訊いた。
「人間が日常業務でやるようなルーチンワークをヒトに変わって行う技術のことじゃなかったか?」
星岬が答えると、邦哉が頭を掻きながらクレームをつける
「お前の欄外メモ、それの説明にも聞こえるぞ」
「違うのか?」邦哉がわざと絡んでいる事に気付いている星岬は漂々として言う。
「ち・が・う・だ・ろ!?」邦哉は特に力を入れて発した。
「お前と俺の傑作中の傑作、人工人間(型)装置 feat サーディア」
「よせよ」星岬が照れ隠しをするかのようにぶっきらぼうに応じる。
邦哉はもう黙っていられないとばかりに、話し始めた。
「サーディアの役割は人工人間装置の限界性能を引き出すこと。装置(身体)を構成するのはナノアラミドファイバーメッシュコートセル。これは表皮はもちろん、筋肉・血管・骨格ほか、全ての専用チューニングパーツに細胞単位で採用されている。身体中をめぐる血液は今回は冷却水扱い。脳はPCで言う所のCPUと通信装置の役割を担う。主記録媒体は本装置には存在しない。代わる機能として骨一片単位で基本動作などを記録可能。これが任意の動作設定や個人情報をも記録可能である。まさしく身体で覚える、というヤツである。動力源は電気。発電は装置(身体)を動かすことでも行われるが、口から摂取した食物を胃で専用溶剤と混ぜることによって発電物質に変質させる事により、より早い電力補給が可能である。使用済み発電物質は人間と同じ方法で排泄される。その他諸々人体にあるモノは人工細胞によって再現されているし、必要なければオミット可能である。」
「早い話、サーディアが制御できるパーツなら一部の内臓は条件付きだが、人体に移植可能。いや、現実には血の巡りが関係ないので設置と言うべきか」星岬が表現を確認する。
「そこは普通に置換でいいだろう」小さく邦哉がツッコむ。
「それも拒否反応のリスクは考慮の必要なしで。」邦哉も言いながら確認する。
「それにしても、総会の場で説明を控えたのは正解だったな」
「明らかにオーバーテクノロジーだからな」星岬が何の気もなく言う。
「きっと時間に定着できなかっただろうな」邦哉も何の気もなく言った。
「じ、時間に定着・・・? 何?」星岬がすぐさま反応する。
「時期尚早ってことだよ」邦哉が要約した。
あぁ。星岬は何となく納得してみせたが、何となく引っ掛かるものを残したように思った。
邦哉は多分、何か違う意味の事を言ったのだ。何となくだが、素直に呑み込めない何かを直感した星岬であった。
壁のように大きな機械の中央を縦に伸びる柱状の部分の1番上に、多層アクリル板を使用して作られたシリンダーが設置してある。その中に満たされた保存液に揺蕩う脳があった。脳は懸命に考えていた。自分が何処の誰で、ココで何をしているのだろうか?
だが、いくら考えてみても何も思い出されない。
何かないだろうか?
そう云えば、さっきから何も見えないじゃないか。明かり!明かりが欲しい!
誰か、誰か明かりを点けてくれないか。
そんな時、星岬がターニャを連れて入ってきた。
なんだ? 誰か入って来たのか? 確認したくとも目がなくては目視確認は不可能だ。耳を澄まそうにも耳がないので以下省略。だが、壁のように大きな機械には集音マイクがある。自分の記憶が混濁していくのに反して機械への接続は良好になっていた。マイクの集音機能にアクセスすると調整して、音を拾う。
入室してきたのは・・・二人か? 一人は・・・この慇懃無礼な口振りは星岬だな、ではもう一人は・・・?・・・んん? 誰だ? ・・・?・・・?・・・全くわからん。一体何者だ? マテ、時々なにか聞こえてくる。「ウホ」? ウホとは何ぞや。・・・・・・・“あの猿か!?”
あの猿、言葉を操れたのか! そうか、猿にも使える玩具とか何とか言ってしまったからな、バカにしてしまった、という事か。こんな事になるなら、普段から他者への配慮を怠らぬよう心掛けるべきであったな。
思わぬ形で失いかけた記憶を取り戻した役員ナンバー11であった。
一方、その“猿”が言葉を操る件で、星岬によるターニャの尋問が軽~く行われていた。
「ターニャ、何があったか話してくれないか?」
「親父、もう何度も話したじゃないか」
「いいや、もう一度だ。ターニャ、もう一度、話してくれ」
「親父ぃ・・・」
「もう一度、もう一度最初から話してくれないか」
「親父ぃぃぃ・・・」(ひつこいよぉぉぉぉ)
今の星岬はターニャを連れ帰ってきた時の星岬ではない。35年後の世界から時空移動してきた星岬なのだ。ターニャの変化は、彼にとってイレギュラーな事で、詳細に調べておかなければならない事象だったのかもしれない。
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室(兼紀伊邦哉自室)
「あれっ? ドアが直ってる」
触ったらバタンと倒れてしまったりして、とか余計な警戒をしたりする自分に、ドアにのばした手を戻して頭を掻くと、傍らで自分を見上げているサーディアに意味なく笑ってみせ、なんとなく気まずさを感じながらドアを開けると、邦哉はそそくさと部屋に入った。その仕草がなんとなく面白かったのでサーディアも真似てそそくさと邦哉に続いた。
総会から戻ると、部屋が片付いていた。
針金で縛られたロボットは無くなっていた。サーディアによると、自分がクールダウンしていた時に、星岬が現れてロボットは持ち去られたという事だ。それから、星岬が召集したと思しき白衣の連中が部屋を片付けていったという。
ふと、窓へ目をやると、事務机やら何やらの位置が既視感を感じる程正確に置き直してあるのに気が付いた。
床に目をやると、大小様々なダンボール箱が置いてあるではないか。
「まさか・・!」
邦哉は足早に近付くと、浮ついた気持ちなど吹き飛ぶほどの怖気を感じた。
そこに置いてあるダンボール箱は全てPCのパーツと周辺機器のものなのだが、その全てが破壊される前に使用していた物と同じ製品であった。
用意が速すぎる!
壊れることがわかっていて在庫してたのか?
そう考えると怖気につづいて戦慄まで覚えるではないか。
なんだかんだで用意されていたPCのセットアップを終えると、既に外は暗くなっていた。
明日からの業務に支障がないかチェックして、問題ないことを確認する。
ふと、背後に視線を感じて振り返ると、サーディアが紅茶をいれてくれていた。
星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(通称:開かずの間)
サーディアを部屋に残して、邦哉は星岬を訪ねていた。
「ソフトウェアロボットというのを知っているか?」邦哉は開口一番、星岬に訊いた。
「人間が日常業務でやるようなルーチンワークをヒトに変わって行う技術のことじゃなかったか?」
星岬が答えると、邦哉が頭を掻きながらクレームをつける
「お前の欄外メモ、それの説明にも聞こえるぞ」
「違うのか?」邦哉がわざと絡んでいる事に気付いている星岬は漂々として言う。
「ち・が・う・だ・ろ!?」邦哉は特に力を入れて発した。
「お前と俺の傑作中の傑作、人工人間(型)装置 feat サーディア」
「よせよ」星岬が照れ隠しをするかのようにぶっきらぼうに応じる。
邦哉はもう黙っていられないとばかりに、話し始めた。
「サーディアの役割は人工人間装置の限界性能を引き出すこと。装置(身体)を構成するのはナノアラミドファイバーメッシュコートセル。これは表皮はもちろん、筋肉・血管・骨格ほか、全ての専用チューニングパーツに細胞単位で採用されている。身体中をめぐる血液は今回は冷却水扱い。脳はPCで言う所のCPUと通信装置の役割を担う。主記録媒体は本装置には存在しない。代わる機能として骨一片単位で基本動作などを記録可能。これが任意の動作設定や個人情報をも記録可能である。まさしく身体で覚える、というヤツである。動力源は電気。発電は装置(身体)を動かすことでも行われるが、口から摂取した食物を胃で専用溶剤と混ぜることによって発電物質に変質させる事により、より早い電力補給が可能である。使用済み発電物質は人間と同じ方法で排泄される。その他諸々人体にあるモノは人工細胞によって再現されているし、必要なければオミット可能である。」
「早い話、サーディアが制御できるパーツなら一部の内臓は条件付きだが、人体に移植可能。いや、現実には血の巡りが関係ないので設置と言うべきか」星岬が表現を確認する。
「そこは普通に置換でいいだろう」小さく邦哉がツッコむ。
「それも拒否反応のリスクは考慮の必要なしで。」邦哉も言いながら確認する。
「それにしても、総会の場で説明を控えたのは正解だったな」
「明らかにオーバーテクノロジーだからな」星岬が何の気もなく言う。
「きっと時間に定着できなかっただろうな」邦哉も何の気もなく言った。
「じ、時間に定着・・・? 何?」星岬がすぐさま反応する。
「時期尚早ってことだよ」邦哉が要約した。
あぁ。星岬は何となく納得してみせたが、何となく引っ掛かるものを残したように思った。
邦哉は多分、何か違う意味の事を言ったのだ。何となくだが、素直に呑み込めない何かを直感した星岬であった。
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