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CHAPTER 27
しおりを挟むベッケン州南西に拡がる森にて
「これからどうするの?」
サーディアが邦哉に訊ねた。
「今夜はココで夜明かしする。とりあえず君たちには着替えてもらおうか。」
そう言うと邦哉は持ってきた荷物の中から小さくまとめられた衣類をサーディアとターニャにそれぞれ渡す。
「2人共何してる、いつまでも血が染みた服を着ていたら怪しいだろう。」
それもそうだと、サーディアは差し出された服を受け取るとその場で着替え始めた。
邦哉は苦笑しながらサーディアから視線を逸らすと、ターニャには自分の着替えを渡した。
「まさかキミが来るとは思わなかったので用意し損なった。私のだが我慢して着てくれるかい?」
身長195cmの大男の着るものがまともに着られるのか?
ターニャは深く考えずに差し出された服を受け取ると、サッと藪の中へと隠れた。
ドクトルは邦哉ほどではないが、183㎝の長身だ。
袖も裾も1回程度折り返せば違和感はなく着用できる筈だった。
ターニャが隠れた藪がカサカサと音を立て始めた。
サーディアは下着姿になると脱いだ服の汚れていない部分で身体を拭き始めた。
邦哉に汚れの拭き残しが無いか確認してもらう。
ターニャが隠れた藪からはカサカサいう音に加えて低い唸りが聞こえてくる。
その内ビリビリと服が破ける音がしてきた。
邦哉は何事かとターニャに声を掛けた。
「・・・旦那ぁ・・・」
邦哉は失念していた。
ターニャはついさっきまで服なぞ着た事がなかったのだった。
だから脱ぐことも出来なかったのだ。
ドクトルの記憶を閲覧できるのだから、服の脱着くらいなんでもないだろ?という見方もあるかもしれないが記憶の再生と動作の再現は別の作業である。
ターニャの情けない声、表情、引き千切られた服。
全てがドクトルのモノなのが見ていてツライ。
その時、邦哉の様子に気付いたサーディアは、胸部ユニット内が何とも言えずザワザワするのを感じたが、そのザワ付きが何であるのかは解らなかった。
そんな解らない事ばかりに気を取られていたせいで、自分たちを狙う“気配”のようなモノに最初に気付いたのは邦哉だった。
自分たち3人に危険が迫っている!
「サーディア、レーダーは使えるか?」
唐突に、邦哉がサーディアに静かに聞いた。
サーディアは即答した。
「勿論!」
「直ちに索敵開始!」
邦哉が命じる。
サーディアは少し前にもこんな事あったなぁなんて思い出していた。
あの時は・・・などとバックグラウンドで回想しながらレーダーを起動させると、特に指定がなかったので範囲は半径50mで対人索敵をスタート。
・・・全方位索敵完了、反応13。
「邦哉、13の反応がありました」
サーディアの解答を聞いた直後、藪の中から声がした。
「なかなか始まんないから待ちきれなくて出てきちまったよ」
下品な物言いの芝居掛かった台詞まわしにサーディアは血を拭った服で前を隠した。
「姉さんイイ女だねぇ。オレ達とも仲良くしてくれよぉ。」
イヒヒヒヒ・・・と下卑た笑い声がかえって緊張感を煽る。
「邦哉、どうしましょ?」
サーディアが指示を求めた。
「私がやろうか」
邦哉が右の拳を左手で受け止める仕草をしてみせると、声の主が藪の中から姿を現した。
「おいおいおい! 野郎はお呼びじゃないんだよ!」
ナイフを構えた右腕に黒く染めたバンダナを巻いている。
この黒い目印には見覚えがあった。
邦哉は、思い出すのも面倒くさい、煩わしい奴らが早速現れたものだと思いつつ、仕方ない、といった感じで男と対峙する。逃げる気など全くなかった。
「キミ、“黒い疾風”の者だな?」
図星を指されて僅かでもひるむのを期待したが、かえって増長させたようだ。
「ほぉぅ、アンタ我々の事を知ってるんだ。だったら話は早い。
男どもは荷物を全部置いてサッサと消えな!
女は残れ!
ほら、早くしないか!」
早い話、盗賊団が現れた! という事だ。
普通であればかなりピンチな状況なんだが、この3人ときたら・・・
うごぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
藪の中からターニャが飛び出していった。
暗い森の中に潜んでいた盗賊たちの叫び声が次々に上がる。
邦哉の前に立つ盗賊の男も、不安を感じてついつい声の方を見てしまう。
「おい、何処を見ている!」
邦哉の小さな黒目が闇を見通すように瞳孔を開くと眼底が僅かな薄明かりを反射してギラギラと輝く。一瞬でボクシングスタイルの構えをとると、眼の前のナイフを持った男の頬に右拳を叩き込んだ!
男は白目をむくとその場に倒れた。
邦哉は倒した男の服を脱がした。
パンツだけは取らずにおいてやる。
肌着を引き裂くと紐代わりにして後ろで手足を縛る。
「手慣れたもんねぇ」
「キミは着替えを完了させなさい。」
あらら(汗)っと、サーディアは着替えを再開した。
サーディアの手が止まっていたのには、勿論理由がある。
吠えながら飛び出していったターニャと通信していたのだ。
レーダーで盗賊の数と位置を掴んでいたサーディアは、ターニャを目標に誘導していたのだった。
そうでもなければ、これ程あざやかに盗賊団を撃滅などできなかっただろう。
手早く着替えを済ませると、指示は無かったがもう一度レーダーで全方位索敵をして確認をする。
どうやら、新手の襲撃は無いようだ。
少ししてターニャが戻ってきた。
片手に1人お持ち帰りしているではないか。
腕に黒く染められたバンダナを巻きつけている事から盗賊団のメンバーであることは間違いないようだが、それにしてはこの格好は盗賊らしくない。
「ターニャどした?」
サーディアが尋ねた。
「オレ、この服着たい。どうしたらいいのか教えてくれ!」
ターニャは教えを乞うた。
その服は、明るいグレーの落ち着いた雰囲気の上下で、なるほどターニャにお似合いだと思われた。
「ん、わかった」
じゃ、まずは・・・とサーディアはボタンの外し方・留め方を丁寧に説明して教えた。
星岬技術研究所本部棟F20 展望レストラン「ダンデライオン」深夜営業中
ウェイターが運んで来たのは如何にも といった感じの、変わった造形のガラス瓶に琥珀色の液体が満タンに詰まった、未開封のブランデーだった。
「ペネシーだ、ペネシー。」
ほぉぉぉ・・・と、もの凄くベタなリアクションで迎えられた未開封の酒瓶は、4人掛けボックス席のテーブルの上で、3人の若者の好奇の目に晒されている。
「見ているだけで酔えるとは、なんと省エネな」
そう言うと星岬はそれぞれのグラスに氷を適量入れると、酒瓶を手に取り、封印を解いて栓を開け、注いだ。
「ささ、グッといこう!」
酒の楽しみ方は人それぞれだ。
星岬はひと通り世話を焼くと、それ以上の手出しはしなかった。
星岬がグラスを傾けて氷とブランデーを馴染ませているのを隣で見ていたレジ―は、グラスを口に寄せるとひと口、コクリと試してみた。
「!・・・飲みやすい・・・」
レジ―が思わず発した言葉に触発されて、フリーズしていた根倉と仲良も、レジ―に続けとグラスを口へ運んだ。
根倉はひと口のつもりが止まらず、グラスを空けてしまった。
星岬がほれほれとブランデーを勧めている。
根倉はペコリと一礼すると、星岬がやったようにしておかわりを作った。
仲良はグラスを口へ運んだ状態でフリーズしていた。
否、香りを楽しんでいた。
少ししてグラスを空けた仲良は、氷を捨てるとブランデーだけをグラスに注ぎ、香りを堪能しているようだった。
3人とも頬に赤みが差し、生気が戻った感じだった。
「・・・君たち、亡者みたいな顔してたけど、何かあったのか?」
何の脈絡もなく星岬が質問を投げかけた。
3人の顔からあっという間に赤みが引いた。
青ざめてカサカサなおよそ元気とは無縁な感じに至るまでに3秒とかからなかった。
「所長、聞いてください!」
レジ―は胸の前に両手で持ったグラスからこぼれるブランデーも気にせず話し始めた。
「さっき、この窓の向こうを・・・ヒトが飛び降りたんです!」
根倉と仲良も大きく頷いている。
星岬は有り得ないといった感じで「まさか・・・」と発した。
「我々が屋上階に出ることは通常ありません。このフロアまでで非常階段はロックされていて屋上階には出られないからです。ですが、1人だけ、自由に屋上階に出られるヒトがいます。」
「私のことかね?」
星岬は不思議そうに話しの着地点を考えている様子だ。
3人は頷くと話を進めた。
「今日、こうして集まって飲んでるのは(たまたまだったんですけど)、所長と開発主任が極秘裏に開発したコミュニケーションロボットがスゲーって話をみんなでしようと」
「待て待て!」
堰を切ったように話しだした3人に待ったをかけた星岬は、既にいくつか出た単語について確認する。
「コミュニケーションロボットと言ったか?」
「はい! サーディアちゃんです! クリスタル・サーディアです!」
レジ―が頬を赤らめて押しまくる。
「サー・・・何だって? それから私と誰が極秘裏に開発したって?」
「所長と開発主任です」
根倉が淡泊に応えた。
「開発主任?」
「嫌だなぁ、紀伊さんですよ。とぼけないで下さいよ?」
仲良は人懐っこい笑顔で星岬の記憶の痒い所を掻き乱した
一方の星岬は心千々に乱れた感じだった。
紀伊・・・紀伊だと? 何故だ? 私はこの名に覚えがある!
「そういえば所長、あの格好は止めたんですか? サイボーグっぽい格好。ヘッドセットして首のところにシリンダーがちらりと見える・・・」
仲良が人懐っこい笑顔を武器に話を掻き乱していく。
一方の星岬は穏やかでは居られない状況になってきた。
何だと!? アレは、さっき録画を確認したとき見た“アレ”は、やはり実際に?
「仲良サン、根倉サン、今はその話じゃなくて“飛び降り”の話でしょ!?」
レジ―が脱線した話を元に戻す。
「・・・そんなに気になるなら警備に確認させよう。」
星岬は立ち上がると、店の入口にある支払いカウンターを目指した。
対応に出た店員に電話を借りると警備を呼び出して事情を説明して確認するように指示すると席に戻った。
回答を待っている間は、4人は静かだった。
沈黙が支配するボックス席にあって、ブランデーだけが消費されていく。
店員が小走りでやって来ると、星岬に耳打ちしていった。
星岬が説明する。
「何も異常はなかったそうだよ」
Z理論に巻き込まれて、身体を機械化していたことナドナド、色々と奪われてしまった星岬。
機械化した身体だったので屋上階から飛び降りたのだったが、その事実は星岬とその周辺から奪われている。
「それで、誰が屋上から飛び降りたんだっけ?」
星岬はわざとイヤミたらしく言ってみせた。
「所長、勘弁してくださいよぅ」
3人の若者たちが平伏するようにテーブルに額を擦り付けてみせる。
星岬は笑ってみせると3人に顔を上げるように言う。
と、その時、大きなアクビが星岬に当初の目的を思い出させた。
「さて、私はここで失礼するよ。」
何か大事な事を忘れているような気がしたが、すぐに思い出さなかったので、大した事ではなかったのだろう。そう思うと折角やって来た眠気に誘われるように、星岬は自室へ戻るのだった。
レジ―、仲良、根倉。この3人が、後に人工人間装置開発の牽引役となる研究者に育つなどと、この時誰が予想したであろう。
この機会が、今後2度と訪れることは無いであろう3人の研究者たちとの最も濃い繋がりを作る好機だったとは、この時の星岬に解ろうはずもなかった。
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