クリスタル・サーディア 終わりなき物語の始まりの時

蛙杖平八

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CHAPTER 45

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星岬技術研究所 南研究棟 2F 開発主任室(兼 紀伊邦哉 自室)



現在2001年、OSサーディアによる人工人間装置の制御開始から5年以上が経過していた。

万事良好、という訳にはいかなかった5年だった。

サーディアは、今ではすっかり開発主任付き秘書が板についているといった感じになっていた?
 

こぽぽぽぽ・・・・・

しゅうしゅうー・・・・・

コーヒーメーカーが湯気を薄っすら立ち昇らせている。

サーディアは応接セットの掃除を簡単に済ますと、朝日が差し込む窓に眼をやった。

窓の向こうでスズメが戯れている。

この窓の向こう側を想像して楽しんだ時もあったかな?

サーディアは少しの間感傷に浸った。


「ん・・・・・」

丁度いいタイミングで邦哉が目を覚ましたようだ。

のっそりと上体を起こすと、開いているのか閉じたままなのか判別が難しい細い眼を軽くこすり、首を回して辺りを見渡すと、シャキッと立ち上がった。


「おはよう、邦哉」

サーディアが声をかける。


「おはよう、サーディア」

控えめに片手を上げて返事を返しながら邦哉はスタスタと歩を進めるとそのまま部屋を出て給湯室へ向かった。


邦哉の背中を見送ったサーディアは、6枚切りの食パンを2枚オーブントースターに放り込む。

摘まみを回してタイマーを5分にセットした。


コーヒーメーカーが控えめに蒸気を噴くとドリップ完了のパイロットランプが点灯した。

全て計算通り。

気持ちイイ。

サーディアは独り悦に入っていた。

「あん」

不意に口から洩れた声に自分で反応して一人で二の腕を抱いてモジモジと内股を擦るように動いていると、邦哉が戻って来た。

ハッと我に返ったサーディアは、何食わぬ顔で応接セットに簡単な朝食を用意し始めた。

表情を変えることなくサーディアの傍に立つと、その大きな手の平で彼女の頭を雑に撫でた。

発毛技術を尽くして再現されている頭髪を、くしゃくしゃっと乱されて、それが悪気がないと解っているから余計に黙っていられずに言葉が出てしまう。

「あん、邦哉ったらひどいー!」

サーディアは扱いに対して不満を訴えた。

「計算が上手くいって気持ち良くなってただろ?」

黒革のソファーに腰を下ろした邦哉は深く考えずに言葉にした。

図星を指されてカーっと顔が赤くなると、サーディアは髪を逆立てて短く吐き捨てた。

「邦哉、サイテー!」

ぷんすかと腹を立てて見せるとサーディアは、邦哉の長い顔の真ん中にあって尚目立たない割と高い鼻をキュッと抓んで上に引っ張った。

すると、簡単に口が開いた。

鼻を抓んでいる手はそのままにして、片手でオーブントースターの開き戸を開けた。

オーブントースターの中でいい感じに焼けた状態で待機中の6枚切り食パンを手にする。

皿に移すと、片手で器用にマーガリンを塗りつける。

たっぷり塗られてマーガリンが滴るトーストを邦哉の口にねじ込んだ。

抓んでいた鼻を下方向へ引っ張り手を放す。

「あっつ! あちぃ、うあちちち・・・」

「ふん」

腕を組んだ状態で、ぷいと顔を露骨に横に向けての“もう顔も見たくない”アピールは且つてない程の破壊力で邦哉の心を揺さぶったようだった。

「ごめんよ、サーディア。 からかい過ぎたよ。」

心からの謝罪だ。

だが、サーディアは人間に似た姿をした装置を制御する目的で組み上げられたプログラムで、作りものだ。

ヒトの心の機微が解るのだろうか?

「・・・いいわ、特別に許してあげる! 特別なんだから!」

邦哉は思った。

わたしは一体何をしているのだ・・・・・・・・・?

細い眼を更に細めて邦哉は洗ったばかりの顔に噴出している脂汗を両手で擦り落とすように両手の甲を使って拭った。

うつむいてションボリしている邦哉を見て、サーディアは計算が出来ていないのに気付いた。

何故だ?

あたしは許したのだ!

何故、邦哉は元気を取り戻さない?

サーディアは、オーブントースターの中に残されたもう一枚の6枚切りの食パンを取り出すと、再びマーガリンを塗りつけて自らの口に運んだ。

既にパンは熱くもなく、塗りつけたマーガリンも溶けてパンに滲みる事もなくどちらかというと、硬かった。

バリバリと音を立てて食べる。

本当はサクサクとした食感を楽しみながら食べられたであろう事を想像し直して、サーディアは更に腹立たしく思い、苛立ちを募らせた。

サーディアは、最近になって苛立つことが増えていた。

何故なのか? という考えにはいかずに、平和的解決が出来ない!ということが行動の結果として記録されることが増えていた。

サーディアは、好戦的な思考ルーチンを持ってはいない。

開発者である邦哉が、好戦的な気質を好まないということもあったが、一番に挙げられるのはサーディアの製造目的が“守護者”だからである。

守護が目的なのに、好戦的な気性では、いちいちケンカを売って(あるいは買って)回ることになり守護の目的を全う出来ないからに他ならない。

そんな訳でサーディアは、苛立ちという感情とは無縁であってもおかしくはない筈であった。

勿論、稼働していくうちに、学習する事によって、経験として記録されることは充分に考えられることだ。

だが、今のサーディアには苛立ちしかない、と言っても過言ではない程、何をやっても行動の結果“苛立ち”に至るのである。

苛立ちをどうにかしようと思考した結果、満足のいくシミュレーション結果が得られず苛立つ、という状況だ。

応接セットの低いテーブルに用意したコーヒーの自分の分を手にすると、サーディアは一気に飲み干した。

「ん!?」

唸るように発すると、サーディアは真っ赤な顔をして上を向いたまま動かなくなった。

黒色の本革を使用したソファーに下を向いて小さくなって座っていた邦哉は、不意に静かになったオジョウサンに不安を覚えて顔を上げた。

「おおお・・・おい、大丈夫か・・・!?」

機能を停止した状態のサーディアは、マネキン人形のように生命感を感じさせない。

邦哉はテーブルを挟んで向かい側で突っ立ったままでいるサーディアの首筋に手を当てて動作状態を確認し、完全停止ではないと解ると大きく息を吐いた。

「まったく、手のかかるオジョウサンだ」

彼女が手に持ったままのコーヒーカップに気付いて、邦哉は自分のためにサーディアが用意してくれたコーヒーに手を伸ばすと一口頂いた。

「あちっ・・・!」

あ・・・、これか?

邦哉は唐突に理解した。

これはバグだ。

恐らく思考と体感の両方に高負荷がかかるような事態に陥ったのだ。

仮説を立てると邦哉はPCから伸びたケーブルをサーディアの耳飾りに繋いだ。

スリープになっているPCを起動させると、手早くサーディアにログインした。

タスク処理を確認する。

処理が終わっていない項目が無数にあるのが確認できた。

邦哉は軽~く目眩を覚えたが、口の端を吊上げるとチェシャ猫のような笑みを浮かべ、キーボードを軽快に鳴らし始めた。

鳴らし始めてすぐに手を止めると、灰皿を確認、ワイシャツの胸ポケット、デスクの引き出し、と確認してまわり、最後に耳の後ろを探る仕草をするとタバコが一本現れる。

吊上げたままの口の端にタバコをくわえると、火が見当たらない。

ちょっとガッカリしながら邦哉はPCに向き直ると再び軽快にキーボードを鳴らし始めた。

邦哉はタスク処理が滞った理由として体感よりも思考の方が遥かに多い事に注目した。

このオジョウサンは人付き合いに労力を多く割いている。

(けっこう気を遣っていたのだな)

そう結論付けると、思考ルーチンを少し修正した。

考えても仕方ない事も多くある。

生きていれば、いずれ答えが出ることもある。

そんな事をプログラムに反映させてみた。

アップデートを有効にするため、サーディアを再起動する。




「ん・・・・・」

サーディアは右へ左へ首を回して状況確認に努める。

「あたしは何を・・・」

溜まっていた澱がすっかり綺麗になっているのに気付いたサーディアは、邦哉の方を向いた。

サーディアの熱い視線を感じた邦哉は、黒革のソファーに預けた尻をむず痒いかのようにモジモジと動かした。

「どうかしたか?」

邦哉が訊いてきたのに乗っかる形でサーディアは話し始めた。


「最近、なんだか余裕がなくて・・・」

言い淀んでいるサーディアに手振りで先を促す邦哉。

サーディアは、フリーズ前より思考が楽になっていると、アップデートを素直に喜び感謝した。

そして最近感じる思考の問題を打ち明けた。

「・・・・・というわけで、ずっとイライラして困っていたの」

ひと通り話し終えるとサーディアは深々と頭を下げた。

邦哉は、伸ばした両手をサーディアの両肩に左右からそっと添えて、ゆっくり顔を上げるように誘導した。

硬く閉じた瞼が彼女の苦悩の程度を物語っている。

「そうか、でも、まぁ、解決の糸口はじきに見つかりそうだね」

邦哉は、この問題がすぐに解決する類のものではないといったのだ。


「・・・、そうね!」

少しの間考えてから、照れたように返事をしたサーディアもわかった上でか、努めて明るく元気よく返答した。


ふたりはお互いを思い合っている。


「そうだった」

不意に何を思い出したのかサーディアが動いた。

邦哉のデスクの引き出しからシャーペンの芯を取って戻ってくる。

邦哉は成り行きを見守っている。

シャーペンの芯を両手で持って邦哉の鼻先に差し出した。

「邦哉、火です」

そう言うとサーディアはシャーペンの芯に電気を流し始めた。

ぽうっと灯りがともる。

ボケェ・・・っとしていた邦哉は一瞬遅れて反応した。

「おう、サンキュー!」

今の今迄、邦哉の口の端で忘れ去られていたタバコにようやく火が点いたのだ。

「・・・もしかして、忘れていた・・・とか」

サーディアが思わず尋ねる。

「まさか!」

邦哉が即答する。

サーディアは露骨に邦哉をいじり始める。

「今日を機会にタバコをやめるというのは?」

「却下」

邦哉、即答。


「忘れていたじゃないですか」 いじるサーディア

「忘れてないし」 即答する邦哉


「無くても大丈夫なのでは?」 まだいじるサーディア

「無いと困るし」 邦哉即答


「タバコ臭いとモテませんヨ」 更にいじるサーディア

「そういうの、要らないし」 堅物邦哉


「タバコとあたし、大事なのはどっち?」 !?

「キミだし」 !?

二人ともふざけているつもりだったが、その表情は真剣そのものだった。

どさくさに紛れて興味本意で口に出しただけの事だったのだが、この件はサーディアにはとても大きな衝撃を与えた出来事となっていった。




ちなみに、上記記述中にシャーペンの芯に電気を流し、火を灯す場面があるが、初期の電球に使用されたフィラメントは竹炭だったと言われている事から、炭素100%のシャーペンの芯はさぞやよく燃えたことでしょう。





なんでかしら・・・?

なんでこんなにイライラするのかしら?

なんで・・・?

ああ、もう! 考えれば考える程イライラする!








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