クリスタル・サーディア 終わりなき物語の始まりの時

蛙杖平八

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CHAPTER 44

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― そしてユートピアの片隅で ―



小型乗用航時機に撥ね飛ばされた星岬は、1.5kmほど離れた場所で砂にまみれていた。

「い、いいところで・・・」

バサッと砂を落としながら立ち上がると、身体に不調を感じてフラフラと後じさる。
震える星岬、痙攣を起こしたようだ。
顎が外れたかのように口が緩み、両腕を力なくだらりと垂らして天を仰ぐ。
女め、あの機械はタイムマシン、精密機器だろうに・・・。
もっと大事に扱えよ・・・・・。 

「それにしても、最近よく撥ねられる。」

派手に撥ね飛ばされたので、ダメージは軽くないだろう。
油圧システムが不調だ。
星岬が大地に膝をついた。
身体の異変が急速に拡大するのを感じる。

「か、回路が・・・、接続が・・・切れる! 見えない! 聞こえない! 反応しない」

両手で頭を抱えて仰け反る。

「ぅおぉぁぁぁぁ」

地の底から響くような、そんな叫びだった。
みるみるうちに星岬の身体が萎み、朽ちて逝く。

「衝突のダメージと違う! これは、原因は別だ!?」

そうこう言ってるうちに星岬の馴れ親しんだ機械の身体は赤く錆が浮いては黒ずみポロポロと崩れていく。

「私は! 選ばれた! 否、勝ち取ったのだ! だからこの場に存在しているのだ! 違うか!」

もはや動かす顎など見当たらないが、スピーカーシステムは未だ生きているようで、星岬の発言は続いている。

「Z理論は発動した! これを勝利と言わずに何という!? 私は」

言いかけた所で割って入るモノがいた。

「既に終わっているのよ」

冷めた物言いで突き放すように言われて、さすがの星岬も動揺を隠せない。
「な・・・何を、言うのか。 勝利以外に、私に何がある・・・? 答えろ、勝利以外に何がある!?」

「何も無いわ。 勝利も、思い出も、ここには来た事があるってだけ。 あーたはココへ来るべきじゃなかったのよ。 既に分岐は決定的! またひとつ、確定した時空が出来上がるわ」

膝をついて更に尻もついて、だらりと垂らした両腕を股に挟み、空を仰ぎ見てぽかーーーんとしている星岬。
恐らく、ここまで追い詰められた事など彼の人生に無かったであろう。
もはや精魂尽きたといった佇まいで星岬がポロポロと崩れていく。
崩れゆく姿は、彼の経歴に鑑みれば実に侘びしいものだと言えた。



― 一方、小型乗用航時機の中では ―


「大丈夫? なんだかさっきから変よ」

SDR-03が心配そうな眼差しをKE-Q28に向けている。

「いや、オレにも何が何だか」

ぐっ!
胸を襲う強烈な痛み。
正確には正常動作時の電流の波形から一定以上の乱れを検知した時にそれを痛みとして認識するようである。
KE-Q28は楽観視していたが、装置の中では深刻な問題が生じていた。

「やっぱり変よ。ちょっと見せて」

SDR-03は小型乗用航時機をオートパイロットに切り替えるとKE-Q28の耳飾りを抓み、最高深度で接触回線を開くと彼のシステムにダイブした。




― KE-Q28 ―


SDR-03は少し前から、妙な違和感を感じていた。
こうして彼のシステムにダイブしてみて、ようやく確信した。
このKE-Q28は1周目のクニヤなのだ。
つまり、稼働時間は数千年に及ぶが、若者の思考力しかないクニヤという事だ。
何処で入れ替わったのか定かではないが、恐らくグランマ(クリスタル・サーディア)が自分と入れ替わった時にやっていたあの何かが影響しているとみるのが自然だろう。
だが、今はそれより優先して調べなければならない事がある。
肝心なのはKE-Q28自身の装置の異常についてだ。
もし今、KE-Q28の装置(身体)に何事かあれば、取り返しのつかない事態になるだろう。

SDR-03はKE-Q28のOSにアクセス許可を何度も求めたが、認められなかった。
KE-Q28のOSとは、クニヤ自身の事である。
入口を固く閉ざして何人も通すまいといった状態で聞く耳すら持っていない。
これが思念生命体とも言うべき、地球人と外宇宙からの使者のハイブリッドの力か?
とにかく、これでは埒が明かない。
OSがダメなら装置(身体)に直に聞くしかない!
SDR-03は全身にあるおよそ206から成る骨、その全てを片っ端から調べていくことにした。




― そしてユートピアの風に吹かれて ―



「Z理論では時間の流れは一方通行。全ての時間は在った事として残り、終わった事として処理される。Z理論で未来に至るという事は、経過した時間がそのまま自分に反映されるという事。」


ノイズにまみれた声音で星岬が応じる。

「私の身に、数千年分の経年変化が一瞬に凝集して訪れたということか! 
耐候性・耐久性にも、もっと力を入れて研究すべきであった」
 
「一番大事な条件、あーたがココにいる起源であるKE-Q28の左手首は、ここにはない」

「何を言う!? 手首の持ち主ならさっきまで闘って・・・」

「よく思い出して! その彼が左手首を失っているの。 ここに来た時点であーたは終わっていたのよ」

「バカな!? 何故だ!? 何故? 何故私が!? ・・・・・・・・・そうか・・・ 謀ったな、サーディアぁぁぁぁ!」



バサッと渇いた音を残して、星岬は塵灰となり風に吹かれ消えていった。






― そして、ここにも消えゆくものが ―



全身の骨、その数206!
その全てを調べて回る!
そんな手間のかかる事を始めたSDR-03だったが、怪しいと目星を付けていた“胸の傷”周辺の骨から得られた情報から、重大な問題があることが判明した。

このままでは数分と待たずに邦哉の使っている人工人間装置は自壊してしまう!

原因は
循環ポンプとその制御装置が破壊されて完全に機能を失っている事。
これにより、冷却が出来ないので、機能に障害が出るので注意が必要。
冷却水が殆ど漏出してしまっている事。
上に同じ。
汎用細胞が完全に底をついている事。
これにより、冷却水の漏出は防げなくなった。

以上の理由により、KE-Q28は排熱の上昇をコントロール出来ず発火の恐れ、否、一度発火すると充電池が連鎖爆発を起こして人工人間装置は木端微塵に吹き飛んでしまうだろう。

今ならまだOSのバックアップをする時間がある。
機能を損なったら負けだ。
二人が暮らして来たあの角部屋に行けば、何とかなる!
急いで行くのだ!

SDR-03がそう決めた時だった。

「リー、オレから離れろ。」

KE-Q28が絞りだすように言った。

「クニヤ、何を」

「早く!」

SDR-03は、クニヤの切迫した状態を感じ取りダイブを切り上げた。

「クニヤ、もう少しの辛抱よ。直ぐにあたしたちの部屋に着くから」

「それじゃあ、遅い」

本人は相当な危機を感じているようだ。

「リー、またな」

そう言うとKE-Q28は今迄見せたことがない穏やかな表情を見せた。
小型乗用航時機のハッチが静かに開くと、長身の男は飛び出した。

「クニヤ!」

開放したままのハッチから、飛び降りたクニヤを探して身を乗り出したSDR-03は、時空移動を開始しながら爆発しているKE-Q28の姿を確認するのだった。

SDR-03はこんな時、本当の人間だったらどうするのだろう?などと考えながら、小型乗用航時機の進路を変更してクニヤの落下地点へ戻った。

落ちている部品はそれほど多くはない。
だが、どの部品も変形変色が酷い。

その場にへたり込むと、サーディア3は動かなくなった。
やがて瞳の奥の光学センサーの輝きも消えて完全に機能を停止したようだった。




 
 

― その時、クニヤは ―


警告:装置に異常発生。熱処理不全。主電源を切るか冷却システムを確認してください。

視界に表示されている警告メッセージを気にしながら、クニヤは迷わず主電源を切ることを選択した。
リーがいるのだ、任せていい。
言葉にして説明している時間が危険を増大させる、今はこれが最善だ。
クニヤは強制終了を行なった。

警告: システムを強制終了します。保存していない情報は失われます。

警告: システムを強制終了します。保存していない情報は失われます。

警告: システムを強制終了します。保存していない情報は失われます。

警告: システムを強制終了します。保存していない情報は失われます。

警告: システムを強制終了します。保存していない情報は失われます。

警告: 不明な情報。

何度やってもシャットダウン出来ない。
いよいよヤバい。
出来る事はないか?
そうだ、過去へ飛ぼう!
さっきのヤツが星岬なら、ヤツの抹殺は任務という事で時空移動の承認は自分に委嘱されている。
最悪、オレもヤツもそこで終わる、という結末もあるだろうが、まぁやってみるさ。

クニヤは考えをまとめると、急いで時空移動アプリを起動した。
アプリは上手く起ちあがった。
座標は既にカスタム欄に保存されている。
選んで実行するだけだ。

「リー、オレから離れろ。」

そして・・・
 




― 時空の狭間で ―


KE-Q28は末端(手足の指先)から破壊が起こっていた。
熱によって充電池が変質し、破裂、場所によっては変質した人工筋肉が発火、爆発を引き起こしていた。

『サーディア、デートはちょっと無理そうだ。』


『リー』


 
荒波に揉まれる感覚に加えて、千切れていく感覚があった。
その度にあれこれと何かを失っている、そんな感じがしていた。
音がもわもわとこもって聞こえる?
いや、音など聞こえない。

真っ暗だ。
そして、とても静かだ。

穏やかな時間だけが、ただそこにあった。

クニヤは、生まれて初めて自分自身だけの状態になっていた。


 









 
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