クリスタル・サーディア 終わりなき物語の始まりの時

蛙杖平八

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CHAPTER 13

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星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室前通路


研究所スタッフの悲鳴が近づいてくる。
メタルターニャと呼ばれたゴリラ型のロボットがすれ違うヒトの尽くを殴り倒して進んでいる。中にはこのロボットの進行を妨げないように、通路の壁に張り付くように避けている者であっても、わざわざ殴り倒して進んでいる所から、ヒトに対して根深い恨みでもあるかに感じさせる。
“開発主任室”と表示があるドアを見つけるとノック・・・のつもりかどうか分からないがコン・・・っとやっただけでドアは簡単に通過可能な状態になってしまった。
そんな事には無関心らしく、床に転がるドアを踏みつけにしながら侵入する。
室内を見回して目標を確認すると途中に存在する機材から何からすべて殴り倒して破壊してしまっていた。目標に到達すると拳を振り下ろして一撃で破壊してしまった。
それはサーディアが動作するPCであった。

開発主任室前に人だかりが出来ていた。通路は研究棟の正面入り口から続く野次馬で混雑していたし、皆口々に勝手なことを言っては盛り上がっていた。そんな所に青黒くつややかな体毛を美しく煌めかせたターニャ’(ダッシュ)が壁を左右に飛び交いながら、野次馬の頭上を器用に飛び越えてやって来た。開発主任室に飛び込んでメタルターニャに跳びかかった。周囲の備品を尽く壊しながらゴリラ(型のロボット)2体が取っ組み合いをみせている。青黒くつややかで美しかった毛並みがあっという間にむしり取られ内部メカが露出していく。圧されているのはターニャ’の方だった。2体は両手の指を絡め合い出力勝負に入ったが、最初から勝負は決していたのかもしれない。キーっと嫌な音を立ててターニャ’の腕が可動域を超えて曲がっていく。あらぬ方向へ曲がったまま動かなくなってしまった両腕に命令を出している回路は依然としてオンラインにあり、指先には未だ動作命令の受諾準備が整っていた。
2体の出力勝負に決着がついたかに見えた一瞬を、狙っていたとばかりに真っ白い毛並みのゴリラが飛び込んできた。メタルターニャの背中に取り付く。
背面に異物を感知したメタルターニャは腕を回して振り払おうとした。だが腕は思い通りに動かなかった。何故ならターニャ’が握力最大出力でメタルターニャの手を放さなかったのだ。腕が思った通りに動かなかったほんの一瞬が生死をわけた。
真っ白い毛並みのオリジナル・ターニャは、メタルターニャの首の継ぎ目に指をねじ込むと、力任せに頭部を引き抜いた。

メタルターニャの活動停止が確実なものかオリジナル・ターニャには分からなかったので、依然増え続けるギャラリーに向かってジェスチャーで“縛るモノをくれ”と要求すると、直ぐに針金が放って寄越された。“にっ”と歯を剥いてみせるとギャラリーがドッと沸いた。これ(歯を見せる行為)を人間でなく動物にしてみせたら反応は真逆になるのにな。とかなんとか考えながら、オリジナル・ターニャはメタルターニャを素早く縛り上げた。

使い終わった針金を放って返すと「サンクス」と一言礼を添えた。
さて、と、改めて室内を見るとPC は完全にオシャカの様子。やっべー、手遅れだったか。
そんなことを考えていると。ギャラリーがザワ付きだした。

喋った。いま、喋った。喋ったよな? 喋った! 
「キミ、名前は?!」

ギャラリーから質問されて、そう云えばあのヒトが言ってたな今から“ターニャだ”とかなんとか。

「ターニャ」

しだいに大きくなるざわめきは、やがて確かな反応として返ってくることになる。



星岬技術研究所 所内場所不明(その3)

大きな円筒形のシリンダー内を満たす保存液が排水され、一見して人間と分かるモノがゆっくり起ちあがる。
そのシリンダーの脇に設けてある簡素な端末の小さなディスプレーに“Boot up”
の表示に続いて“Effectiveness”という表示が点灯した。
その人間と分かるモノは、床に降りやすいようにシリンダー底部のリフト機能を操作した。瞼の内に高速で表示される起動シークエンスを全てチェック完了すると、ゆっくり瞼を開く。首を回して左右を確認し、腕を肩から動かし手首を握ったり開いたりしてみる。最後に一歩踏み出してみる。

「動作良好! サーディア、参る!」

若い女性が全裸で走り出した。


 

星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(開かずの間)隠し扉の向こう側


「邦哉、早く頼む! もう、長くは持たん」

「しっかりしろ!星岬!!」

実際の所、星岬は間違いなく重症である。何とか手を尽くしたいが・・・

「早く! 早くしてくれ、邦哉!」



星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室

バーン! バタン!部屋の奥で景気の良いドアの開閉音がした。続けてロッカーが開閉する音がした。ロッカーから取り出した白衣を着込む。もうひとつ、白衣と一緒にしまわれていた荷物を持つと再び移動を開始する。
 
「失礼、ちょっと通して!?」

開発主任室出入り口に群がる野次馬も、破壊されてしまったPCも気にする事無くサーディアは目標に向かって進んだ。
その場の全員がポカンとしてサーディアを見送った。

「裸白衣・・・」

誰かが言った。
その場の全員が記憶の並列化をするかのように復唱した。

「裸白衣!?」

その場の全員が綺麗にシンクロした動きでサーディアに振り返った。その無防備な後頭部にラリアットを決めながらターニャがサーディアを追う。

「姉御、ご一緒させてください」

声を掛けるターニャに振り向きもせずサーディアは道を急いだ。
南研究棟の正面出入り口がヒトで一杯になるなど研究所始まって以来の事件と云える。
サーディアは人混みをかき分けながら進むことを断念した。
無反動で跳び上がると野次馬の肩を足場に走り出した。

「! 裸白衣!!」
「はだかはくい!」
「バンザーイ!」

コイツら全員アホだ、と思ったターニャは、サーディアに足場にされた野次馬の顔を正確に踏みつけながら後を追っていた。だがしかし後ろから迫る野次馬の気配にターニャは、ココに残る事にする。「野次馬はここで食い止めます!」ターニャに応えるように片手を上げてサーディアは研究所を駆け抜けた。




星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(開かずの間)隠し扉の向こう側

「いくら私でも人間のオペを独りで行うのは難しい。」

邦哉は弱音を吐いたのでなく、成功するためにリスク回避に必要なものが何かを確認しているのである。

「分かっている。そこにジュラルミンケースがあるだろう?」

星岬は眼で指し示すと邦哉に開けるよう促した。
邦哉がジュラルミンケースを開くと、自動で何本もの細かいロボットアームが立ち上がった。コレはいったい・・・?

「携行手術支援ロボット試作5式だ。簡単なことをちゃんとできるのが売りだ。」

「星岬、お前はいったいどこへ向かっているんだ?」

邦哉は、呆れたとばかりに肩をすくめてみせると“それじゃあ、始めるか”と言って自分を鼓舞すると、星岬に麻酔を施した。



さて、開胸しようとメスを星岬にあてがったところに、騒々しく入室してきた者がいる。

「その手術待った!」

「? なんだね、いきなり。」

ん? と邦哉は乱入者などに興味は無かったが、視界に捉えて一瞬でそれとわかってしまった。

「サーディアか?」

「当たり。どうしてわかったの?」

モニタの中のキミにいつの間にか身体が出来ていた。その理由を考えたとき、理由の一つとして実体をコントロールするため、というのもあった。何よりその騒々しさ・・・邦哉は簡単に説明し話を進めた。

「それで、いったい何が起きている?」

「あたしはその男が時空転移するのを追って来たの、35年後の世界ごと」

邦哉は少しだけ考えてから うんうん と独り納得し、サーディアを見た。

「この男は肺を痛めて死にかけている。手に持ってるソレ、(人工)肺だろう? くれないか?!それが有ればこの男をロボットにせず済む」

「この男はアンタを利用してる。いえ、利用することしか考えてないわ!」

言いながらサーディアは邦哉に肺を渡す。

「ありがとう」

邦哉はサーディアに微笑んだ。その笑顔が薄暗い室内にあって眩しくて。
頬が赤くなるのをサーディアは感じていた。

「この男はこれから先もアンタを・・・」サーディアの言葉を邦哉が遮った。

「いいんだよ、サーディア。いいんだ。オレは400年近く独りだった。星岬は、確かにキミの感じた通り友だちじゃないのかもしれない。でも初めてできたちゃんとした知り合いなんだ。それにほら、見てごらん。」

邦哉はサーディアに、星岬の身体に無数にある薄い縫合痕を指し示した。

「なにこれ?」

「そう思うだろ。これ多分シワ伸ばし、だと思う。面白い奴なんだよ。50歳って話だけど、本当はどうなんだろうな?」

時空転移したって話を加味したらプラス35歳(つまり85歳)くらいな感じだろうか?
それにしても、星岬という人間を見ているときの邦哉の、なんと満ち足りた眼差しをしていることか。
そして、そんな邦哉を見ると一抹の寂しさを覚えるのは何故だろう?それ故に、だろうか?あたしはこの男を限界抜きで許せないと思考してしまう。とサーディアは思った。

「さ、オレはこの男を治す事に集中するから、」

言われるまでもなくサーディアは黙っていたし手を貸すつもりは初めからなかった。
携行手術支援ロボット試作5式なる星岬の発明を使う邦哉をぼんやりと見ていた。
邦哉を見ているだけのつもりだったが、いつの間にか手術支援ロボットが存外使えるようだと見直しはじめた自分に気が付いて頭を振って気持ちをリセットした。

胸骨正中切開を行ない肋骨を無理やりめくりあげて心臓をあらわにしたところで邦哉の手が止まっていた。
サーディアは邪魔しない距離をキープしたまま、邦哉の手が止まった原因を知りたくて胸の中を覗き込んだ。
なるほど作業の手も止まろうというものだ。
星岬は自分の臓器を自社製品に置き換えていたのだ。この後の邦哉の反応は明らかだ。サーディアは眼を閉じ腕を組んでスリープモードに入った。

邦哉はまたやられた!と思っていた。
科学者としての格の違い。覚悟の違い。この男は本物だ!科学に殉ずる気なのだ。
こんなの見せられたら血が騒がない方がウソになる。よーし、わかった!オレがお前を“漢”にしてやる!



数時間後

メタルフレームのスケルトンが起動する。自分の手を眺めながら起き上がる。
傍らに自分だったモノ。その向こうに手術衣を着たまま寝こけている邦哉。そして、初対面のこの女。解るぞ。35年後の世界から私を追って来た、邦哉を守護する者。・・・立ったまま寝てるのか?
改めて自身の身体を確認する。心臓が力強くビートを刻んでいる。これだ!これなのだ!
マシーンになってもこのビートを感じる限り、俺は俺でいられる。

「Excellent! 邦哉! 見事だ。」

壁の一部が開くと着替え1セットとマスクが現れた。それらを着用すると、ジュラルミンケース(携行手術支援ロボット試作5式)にメモ書きが貼ってあるのに気が付いた。なになに“複数の手術台を移動するオペに用いるにはツライ”ふふん、そうか。貴重な意見だ。

「定時までもう少しある。ささっと後片付けしますか!」

星岬は生まれ変わった現実を素直に喜んでいた。
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