真贋鑑定士 鹿目和哉

千代原口 桂

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五章

五章 四分の三

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「……判りました、その条件で構いません。ただし、こちらからも一つお願いが」

「何よ?」

稔侍翁ねんじおうには御付おつきをつけて下さい。薬の時間まで面倒見きれませんよ」

「了解よ、こちらで看護師を用意するわ」

「それで? 依頼と言うのは?」

「ちょっと、立ち話で済ませる気?」

(嗚呼、そうだった!)

「暑い中、来たんだから。水羊羹ようかんくらい、用意しなさいよ」

(昔からこうだ、この人は……縦横無尽!)

 小悪魔ならぬ、魔王のごとき女性! その魅力にかれたことを思い出した。

「そう言えば、未だでしたね」

「……何よ?」

「ご婚約、おめでとうございます」

「え、えー! ちょっと! 何でって、お爺様よね。まったく、プレスリリースも決めてないのに……」

「フランスの方だとか……事実婚だけをなげいておられましたよ」

「嗚呼、もう……ありがとうって、全部、筒抜けじゃない!」

「少し、時間を頂けますか? 先に奥でくつろいで下さい」

「ちょっと、何よ! 話は終わってないわよ!」

「流石にシャンパンは無理ですが、近くに絶品の水羊羹を出すところがあるんです」

「だったら、お茶くらい出してからなさいよ」

「急がないと品切れ御免の逸品ですから……冷蔵庫に麦茶があるんで」

 そう言い残して、和哉は小走りに店を後にした。

「全く、何時いつから気なんて使えるようになったのよ」

 一人になった瑞稀は、久しぶりの店内をくまなく見て回った。

「絶対に継がないって言ってたくせに……」

 行き届いた手入れに少し、嫉妬を覚える。

(男子、十年会わざれば瞠目どうもくばかり……か)

 刹那せつな、軽い睡魔に見舞われた瑞稀は、和哉の使っていた椅子に腰を下ろし、机に寄りかかって一息入れた。

 ウトウトしている自覚が無くなって、どれくらい経ったのか……。

 入店を知らせる、チャイム音を遠くで気付いた――瑞稀がゆっくりと上体を引き起こす。

(あれ? 未だ夢の中……)

 覚束おぼつかない意識の中、出会った頃の面影と瓜二つの少年が、こちらを見ている。

「い、いらっしゃいませ」

 声まであの頃の……可愛い頃の和哉にソックリな、鶴太郎の登場が半覚醒の瑞稀を一気に呼び覚ます。

(え! 和哉のヤツ、知らんに子供まで作ってんの!)

 タガの外れた瑞稀は生粋きっすいの京なまり。

 過庇護かひご郷愁きょうしゅう恋慕れんぼして、瑞稀を狂わせる――否、

 ってして、鶴太郎に襲いかかる!

(嗚呼、可愛い可愛いでたい愛でたい可愛い可愛い愛でたい愛でたい!)

 にじり寄る瑞稀に、抵抗の素振りを見せない鶴太郎は一見、膠着こうちゃくしているかと思われた。

 しかし、既所すんでのところで放った一言に、瑞稀のバーサクは解除される。

「『美人すぎる画商』の花山はなやま瑞稀みずきさんですよね? テレビよく拝見してます!」

 見覚えのある顔にすがりりついた、起死回生の一撃が瑞稀の正気を取り戻した。
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