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パセリ
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授業の終わりを知らせるようなチャイムは鳴らない。大学とはそういうものだ。
時間を見て教授が授業を終わらせる。その途端、喧騒が波のように起こり、椅子を引く音がそこら中で響く。
走り書きのように板書したルーズリーフをそろえて、クリップで止め、ファイルにしまう。普段はパソコンでメモを取るのだが、この授業だけは別だ。ノートを取ることが授業の課題になっているため、仕方なくペンを動かしていた。
立ち上がり、食堂へ向かう支度をする。
カーテンから漏れる日差しは授業開始時点と比べて教室の端の方に追いやられていっている。つまり、太陽が今天辺にいるのだろう。
男女の様々な話し声が混ざり合って、ただ声の形となって耳を支配する。そのざわめきを遮断するように私はイヤホンをつけ、一人食堂へ向かった。
食券機でハンバーグ定食を買い、コップに水を入れ、ようやく一息つく。相変わらずイヤホンの向こうには膨れ上がったざわめきがあるが、無視して今日の昼食に目を向ける。
白米と味噌汁と、ハンバーグとその他の野菜だ。メインの皿を彩るようにパセリが添えられていた。
そう、この大学の食堂は普通のレストランのように彩りが考えられている。なかなか珍しいと思う。
返却口に食べた食器を持っていくと、大抵ゴミ箱やあるいは皿の上にパセリがその状態のまま乗せられているのを目にする。パセリは食べ物としてではなく、飾りとしての機能しか果たされていないのだ。
そんなパセリたちを見て私は少し悲しく思う。
皿に乗っているものは基本的にすべて食べ物であって、人の生きる糧になるものだ。なのに、彩を豊かにするという役目も併せ持つはずのパセリが、生きる糧にならず目の肥やしになっている。
残すのが当たり前のものとして、ステレオタイプになっている。パセリは、料理の彩りだけでなくハーブとしても活躍する。いや、そもそも食用のはずだ。大前提食べ物であって、その上で彩りにも香りを操るスパイスにもなるから”役に立つ”と言われているのではないか。
私が目の前のハンバーグを食べずに、パセリを見つめて思いに耽っているのには理由があった。
1年前に亡くなった祖母の好物がパセリだったのだ。
パセリが好きだという人はほとんど見かけない。そんなパセリを好きだということ、我を通している様子が格好良く、なぜか美しく見えた。
祖母は喜寿祝のとき、皿の上に乗せたパセリを箸で挟んで、私にこう告げた。「パセリはね、遥か昔勝利の冠として授けられていたんだよ」と。
だから私もお祝い事の時はパセリを食べていたんだ、とそう伝えたいようにも聞こえた。
祖母はパセリの何を好いていたんだろうか。
勝利の冠の象徴であったという事実か、単純に味や香りか、何かと役に立つからか。それとも、パセリ一つで料理に彩を与えるものだからか。
祖母は昔歌手を目指していたらしい。生前そのことをよく語ってくれた。懐かしそうに、いとおしそうに、悔しそうに。
「私が歌うと聞いてくれたみんなが笑顔になった。感動してくれた。その光景が今でもここに焼き付いてるんだよ。」
ただ、歌手になるという夢は叶わなかった。
なりたいと意気込んで、事務所やコンテストに出向いたものの、デビューはできなかったようだ。
「歌がうまいだけでは無理なんだってよく言われたわね。人を感動させるような歌声なのに、それだけだろって。お前には華がないんだって。ほんと、ひどい話だと思わない?」
ゲームやおままごとに夢中になっている年の近い弟と違って、私は祖母になついていた。祖母の話は面白く興味が引かれるものばかりだったからだ。
昔話は私にとっては冒険譚だった。
華がない、その言葉はいつしか祖母の口癖になっていたようだった。
私が生まれてからのことしか知らないが、祖母はよく自分の祝い事なのに、私には華がないからこんな祝われていいのかな、と言っていた。
それは口癖であり、心に刺さって取れない杭だったのかもしれない。華とは居るだけで世界に彩を与える存在。料理に彩を与えるパセリの在り方に、祖母は憧れていたのだろうか。華がないと言われていたから、華がある存在を嫌い、その嫌いを超えて憧れを抱いていたのだろうか。
祖母が亡くなってしまった今となっては、真実を問いただすこともできない。生きていたとしても、それを聞くのは野暮というものだし、はぐらかされるだろう。あくまで、私の想像だ。
私は祖母をそういう風に捉えて、想像したいように想像して、祖母の心を慮ろうとする。それでいいじゃないか。
腕時計からピピピッと音がして我に返った。次の授業の時間が迫っている。私はあわてて、ハンバーグや白米をかきこみ、最後にパセリを箸で掴んだ。
私はその華を口に入れた。
祖母の香りがした。
時間を見て教授が授業を終わらせる。その途端、喧騒が波のように起こり、椅子を引く音がそこら中で響く。
走り書きのように板書したルーズリーフをそろえて、クリップで止め、ファイルにしまう。普段はパソコンでメモを取るのだが、この授業だけは別だ。ノートを取ることが授業の課題になっているため、仕方なくペンを動かしていた。
立ち上がり、食堂へ向かう支度をする。
カーテンから漏れる日差しは授業開始時点と比べて教室の端の方に追いやられていっている。つまり、太陽が今天辺にいるのだろう。
男女の様々な話し声が混ざり合って、ただ声の形となって耳を支配する。そのざわめきを遮断するように私はイヤホンをつけ、一人食堂へ向かった。
食券機でハンバーグ定食を買い、コップに水を入れ、ようやく一息つく。相変わらずイヤホンの向こうには膨れ上がったざわめきがあるが、無視して今日の昼食に目を向ける。
白米と味噌汁と、ハンバーグとその他の野菜だ。メインの皿を彩るようにパセリが添えられていた。
そう、この大学の食堂は普通のレストランのように彩りが考えられている。なかなか珍しいと思う。
返却口に食べた食器を持っていくと、大抵ゴミ箱やあるいは皿の上にパセリがその状態のまま乗せられているのを目にする。パセリは食べ物としてではなく、飾りとしての機能しか果たされていないのだ。
そんなパセリたちを見て私は少し悲しく思う。
皿に乗っているものは基本的にすべて食べ物であって、人の生きる糧になるものだ。なのに、彩を豊かにするという役目も併せ持つはずのパセリが、生きる糧にならず目の肥やしになっている。
残すのが当たり前のものとして、ステレオタイプになっている。パセリは、料理の彩りだけでなくハーブとしても活躍する。いや、そもそも食用のはずだ。大前提食べ物であって、その上で彩りにも香りを操るスパイスにもなるから”役に立つ”と言われているのではないか。
私が目の前のハンバーグを食べずに、パセリを見つめて思いに耽っているのには理由があった。
1年前に亡くなった祖母の好物がパセリだったのだ。
パセリが好きだという人はほとんど見かけない。そんなパセリを好きだということ、我を通している様子が格好良く、なぜか美しく見えた。
祖母は喜寿祝のとき、皿の上に乗せたパセリを箸で挟んで、私にこう告げた。「パセリはね、遥か昔勝利の冠として授けられていたんだよ」と。
だから私もお祝い事の時はパセリを食べていたんだ、とそう伝えたいようにも聞こえた。
祖母はパセリの何を好いていたんだろうか。
勝利の冠の象徴であったという事実か、単純に味や香りか、何かと役に立つからか。それとも、パセリ一つで料理に彩を与えるものだからか。
祖母は昔歌手を目指していたらしい。生前そのことをよく語ってくれた。懐かしそうに、いとおしそうに、悔しそうに。
「私が歌うと聞いてくれたみんなが笑顔になった。感動してくれた。その光景が今でもここに焼き付いてるんだよ。」
ただ、歌手になるという夢は叶わなかった。
なりたいと意気込んで、事務所やコンテストに出向いたものの、デビューはできなかったようだ。
「歌がうまいだけでは無理なんだってよく言われたわね。人を感動させるような歌声なのに、それだけだろって。お前には華がないんだって。ほんと、ひどい話だと思わない?」
ゲームやおままごとに夢中になっている年の近い弟と違って、私は祖母になついていた。祖母の話は面白く興味が引かれるものばかりだったからだ。
昔話は私にとっては冒険譚だった。
華がない、その言葉はいつしか祖母の口癖になっていたようだった。
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それは口癖であり、心に刺さって取れない杭だったのかもしれない。華とは居るだけで世界に彩を与える存在。料理に彩を与えるパセリの在り方に、祖母は憧れていたのだろうか。華がないと言われていたから、華がある存在を嫌い、その嫌いを超えて憧れを抱いていたのだろうか。
祖母が亡くなってしまった今となっては、真実を問いただすこともできない。生きていたとしても、それを聞くのは野暮というものだし、はぐらかされるだろう。あくまで、私の想像だ。
私は祖母をそういう風に捉えて、想像したいように想像して、祖母の心を慮ろうとする。それでいいじゃないか。
腕時計からピピピッと音がして我に返った。次の授業の時間が迫っている。私はあわてて、ハンバーグや白米をかきこみ、最後にパセリを箸で掴んだ。
私はその華を口に入れた。
祖母の香りがした。
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