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28 楽園の外 - Éden -
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昼食会の後は、好奇心旺盛なコルネールの子供たちとエデンを遊ばせるのに時間を使った。
時折エデンがじゃれついて大きな口を開け、子供たちの腕や脚を咥えてしまうためにそばで見守る使用人たちはヒヤヒヤしたが、オルフィニナは慣れたものだ。オルデンの子供たちとも、エデンはしばしばこうして遊んでいた。そして当の子供たちは、エデンに甘噛みされるのがおかしかったのか、自分たちもエデンに噛み付くような動きを見せ、庭園の草の上をごろごろ転がって遊び回った。
公爵家に生まれながら、コルネールの子供たちは服が汚れたり身体に軽い擦り傷を作ったりすることを咎められることがないらしい。
「なかなか豪放な教育方針だ」
オルフィニナはくすくす笑ってその様子を庭園の木陰から見守った。
「オオカミは人に慣れないと言うけど、エデンは犬の血が入っているの?」
イオネは腕を組んで立つオルフィニナの隣の椅子にゆったりと腰掛けている。まだ腹はそれほど目立っていないが、あと半年もしないうちに三人目の子が生まれる予定らしい。一見華奢なこの婦人が既に二人も子を産んでいることにも驚かされるのに、更にもう一人腹に宿っているとは、生命とは不思議なものだ。
「いや。彼女はオオカミだ」
オルフィニナは言った。
「エデンという名はあなたがつけたの?ニナ殿下」
オルフィニナは目を丸くしてイオネを見た。
「その呼ばれ方は初めてだ」
「そう?簡潔でよいのではないかしら」
イオネは大真面目に言った。
「ハハ、そうだな。それならもっと簡潔に、ニナでいい」
オルフィニナは快活に笑った。
「そう。エデンはわたしが名付けた。…公爵夫人はツークリエンの山をご存じかな」
「イオネでいいわ」
イオネはニコリともせずに言った。一見素っ気無いような態度だが、親しい者が呼ぶ愛称を自ら示したと言うことは、どうやらオルフィニナには好感を持っているらしい。
「もちろん、ツークリエンの山は知っているわ。実際に見たことはないけど、アミラの建国神話の舞台ね。‘星を呑むオオカミ’の」
「驚いた。エマンシュナ人でオオカミの神話をご存じとは」
オルフィニナは目を見開いてイオネの澄ました顔を見た。
「教授という仕事柄、古今東西の文献に触れることが多いの。ツークリエンのオオカミの神話は、以前神話の研究をしていた教授の論文に目を通したときに知ったわ。それからわたしはルメオの出身よ。共和制の国で生まれ育ったことに誇りを持っているから君主や王族に対して必要以上の敬意を払うことはないわ。もしかしたら思想の違いによる齟齬があるかもしれないから、今のうちに断っておくわね」
オルフィニナはおかしくなった。他の貴族たちにもこの調子なら――いや、間違いなくそうだろう。肝が据わっているとしか言いようがない。しかし、彼女の立場も王家に連なる公爵夫人だ。他人はおろか、自分の立場さえもそれほど重要視していないに違いない。きっと誰に対しても自分の態度や言動を変えることはないのだろう。
そういう愚直なまでの豪胆さは、好感が持てる。オルフィニナはこの公爵夫人が好きになった。
「わたしも王族だが、血族主義という旧制度については疑問を持つ部分もある。だから、あなたの気持ちは、理解できると思う」
イオネはオルフィニナの顔を見て目を細めた。
「話が逸れたわね。どうぞ続けて」
「――そのツークリエンの山では、オオカミ狩りは禁じられている」
オルフィニナは続けた。イオネは大真面目に頷いて先を促した。
「神域に住まう神獣だからね?」
「そうだ。一方で神域の神獣の毛皮は古来から強い加護の力があると信じられていて、ツークリエン山のオオカミを密猟する者が後を絶たない。密猟者の取り締まりは王国政府の仕事だ。五年前にオルデンの領主になった時、領主として初めての仕事がそれだった」
今でも鮮明に覚えている。
捕まえた密猟者たちの厚かましい顔と、額に矢を射られ倒れた大きなメスのオオカミ、生まれて間も無く罠に括られて死んだオオカミの三頭の赤子たち、血のにおい、死臭、死に集る虫――ひどく不快な初仕事だった。
王国の象徴であるツークリエンのオオカミを殺した密猟者は、アミラの法では反逆罪と同等の罰を受ける。即ち、絞首刑だ。しかし、オルフィニナにはその命を下すことはできなかった。
「それで、奇跡的に一頭だけ生き残った赤子のオオカミを利用した。その個体だけ、他の灰色のオオカミと違って全身が真っ白だったから、尚更都合が良かった。‘神に選ばれたオオカミの仔が生を繋いだ。この神の温情に肖り、その者たちの命は取らない’とね。我ながら芝居がかったことをした」
「それがエデンね」
イオネは優しい声色で言った。視線の先には、子供たちと草の上を走り回る白いオオカミがいる。
「家族という楽園を無くしたオオカミの仔に、わたしが新たな楽園となれるように、エデンと名付けた。人に慣れているのは、彼女がわたしを家族として信頼してくれているからだ」
オルフィニナもイオネの視線の先の子供たちとエデンを見た。こういう彼女の姿を見るたび、当時の選択は間違っていなかったと思える。
「甘っちょろいな、ニナ」
背後から聞こえた冷ややかな声に、オルフィニナは振り返った。いつからいたのか、後ろにルキウスが立っている。
「俺なら法に則って密猟者を絞首刑にした」
「あなたなら、そうかもしれないな」
オルフィニナは唇の端を歪に吊り上げた。心の中を読まれたのかと思った。
「あら。でもニナが止めたらやめたのでは?ルキウス殿下」
イオネが涼しげな顔で言うと、ルキウスはピクリと眉を上げた。
「…‘ニナ’?出会ったばかりでずいぶん仲良くなったんだな」
「そうね。ニナとは通じ合う部分があると思うわ」
そう言ってイオネが微笑みかけると、オルフィニナは目元を柔らかく細めて笑い声を上げた。
「光栄だ。イオネ」
微笑み合う二人を見たルキウスは、ちょっと面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「ニナの考えを尊重したいとは思うが、俺はそのために法を曲げたりはしない」
「どうかしら」
イオネが言った。
「ルキウス殿下は大切に想う人の信念を無碍にできない方だと思うわ」
オルフィニナの唇がひくりと歪んだ。
‘大切に想う人’というのが自分に当てはまるのか、微妙なところだ。正直、ルキウスがどこまで本気か分からない。この間も献身的な看病も、手練手管のひとつと考えても不自然ではない。ある意味では間違いなく大切な人と言えるだろう。が、それは政治的な利害関係があってのことだ。ルキウスはこの結婚を本物にすると言ったが、この利害関係が破綻する可能性もある。その時はきっと、今のイオネの言葉は虚構になる。
正に今、何かを熟慮するようにこちらをまっすぐ見つめる深い緑色の目さえ――
「そうかな」
ルキウスの言葉で、オルフィニナは我に返った。
「でも、まあ、一理ある」
そうイオネに返答しながら、視線は相変わらずオルフィニナにまっすぐ向いている。
「…わたしが――」
オルフィニナは口を開いた。なぜか喉の奥がヒリヒリする。
「わたしが密猟者を死罪にしなかったのは、彼らが犯罪に手を染めざるを得ないほど困窮した原因が、王国政府にあると思ったからだ。死なれては言い分を聞けない。…まあ、甘いよな。クインにも言われた」
「その点に関しては騎士どのと同意見だな。いくら困窮して悲惨な目に遭ったって、高潔な人生を歩もうと思えば歩めるはずだ。王国政府の責任というのは納得いかない」
ルキウスは不快感を露わにした。幼い頃から特殊部隊の仲間と共に市民と変わらない生活水準で育ったオルフィニナと、生まれながらに大国の王子として王族の世界にいたルキウスでは、元から感性が違って当然だ。
「恵まれた環境で生まれ育った者が言うのは容易いことだ。わたしはそうして悪事に手を染めた者たちを間近に見てきた」
「でも罪は罪だ」
「そうだ。だからこそ現実的な罰を与えるべきだった」
ルキウスは眉を寄せた。
「法が現実的じゃないと言うのか。白いオオカミが神の温情だなどと迷信めいたことを言って恩赦を与えることよりも非現実的かな」
「目には目を、だ。非現実的な法を非現実的な方法で相殺したに過ぎない」
「為政者としては悪手だな」
「為政者だからこそ、法が公正か熟慮すべきではないか?」
オルフィニナが言葉を続けようとした時、「なんだ」とおかしそうに笑いながらアルヴィーゼが庭園へ現れた。
「痴話喧嘩か」
アルヴィーゼはリラックスした様子で椅子に腰掛けるイオネの頬にキスをすると、面白そうにルキウスとオルフィニナを見た。
「議論よ。いいところだったのに、水を差さないでちょうだい」
イオネが迷惑そうに夫の腕をぱちりと叩いた。ルキウスは肩を竦め、アルヴィーゼに向かって子供のように目をぎょろつかせている。
「それは悪いことをした。お前の楽しみを奪うとは」
悪びれもなく言いながら、アルヴィーゼは妻の唇にキスをした。周りで見ている方が恥ずかしくなるほど熱烈なキスだ。
オルフィニナはギョッとしたが、ルキウスは慣れた様子だ。呆れ顔で苦笑しながら、小さい声でオルフィニナに囁いた。
「この二人はいつもこうだ。気にするな」
「なるほど」
オルフィニナは神妙に頷いた。
「ちょっと!」
腹を立てたイオネが夫を押しのけて憤然と立ち上がったところで、イオネの身体はいとも簡単に抱き上げられた。
「もう、アルヴィーゼ!」
叱責されたアルヴィーゼは、真っ赤に染まったイオネの顔を満足げに眺め、ニヤリと笑って再びその唇を塞いだ。
「そろそろ風が冷えてきたから中に入ろう。身体に障る」
「だからって、一人で歩けるわよ」
「じゃあな。リュカ、オルフィニナ女公。夕食の席で会おう」
アルヴィーゼは妻の抗議に耳を貸すことなく、身重の身体を大事そうに抱えてさっさと屋内へ入っていった。
後に残されたのは、春の微風と遠くなった子供たちの笑い声だけだ。オルフィニナは嵐のように去った公爵夫妻が可笑しくなってつい笑い声を上げた。
「ルドヴァンはいいところだ。領主の家族があれほど愛に満ちていれば、間違いない」
「そうだな」
そう応えたルキウスと視線が絡んだとき、オルフィニナは何故かドキリとした。深い緑の目が何かに囚われたように翳り、――これもまた理由がわからないが、その目が再従兄とその妻ではなく、オオカミと戯れる子供たちでもなく、ずっと自分だけを見つめていたような気がした。
「でもルドヴァンの良さはこれだけじゃない」
そう言ったルキウスは、オルフィニナが知るいつもの傲岸な男の顔に戻っていた。
「二人で出掛けよう、ニナ。目立たない格好で」
時折エデンがじゃれついて大きな口を開け、子供たちの腕や脚を咥えてしまうためにそばで見守る使用人たちはヒヤヒヤしたが、オルフィニナは慣れたものだ。オルデンの子供たちとも、エデンはしばしばこうして遊んでいた。そして当の子供たちは、エデンに甘噛みされるのがおかしかったのか、自分たちもエデンに噛み付くような動きを見せ、庭園の草の上をごろごろ転がって遊び回った。
公爵家に生まれながら、コルネールの子供たちは服が汚れたり身体に軽い擦り傷を作ったりすることを咎められることがないらしい。
「なかなか豪放な教育方針だ」
オルフィニナはくすくす笑ってその様子を庭園の木陰から見守った。
「オオカミは人に慣れないと言うけど、エデンは犬の血が入っているの?」
イオネは腕を組んで立つオルフィニナの隣の椅子にゆったりと腰掛けている。まだ腹はそれほど目立っていないが、あと半年もしないうちに三人目の子が生まれる予定らしい。一見華奢なこの婦人が既に二人も子を産んでいることにも驚かされるのに、更にもう一人腹に宿っているとは、生命とは不思議なものだ。
「いや。彼女はオオカミだ」
オルフィニナは言った。
「エデンという名はあなたがつけたの?ニナ殿下」
オルフィニナは目を丸くしてイオネを見た。
「その呼ばれ方は初めてだ」
「そう?簡潔でよいのではないかしら」
イオネは大真面目に言った。
「ハハ、そうだな。それならもっと簡潔に、ニナでいい」
オルフィニナは快活に笑った。
「そう。エデンはわたしが名付けた。…公爵夫人はツークリエンの山をご存じかな」
「イオネでいいわ」
イオネはニコリともせずに言った。一見素っ気無いような態度だが、親しい者が呼ぶ愛称を自ら示したと言うことは、どうやらオルフィニナには好感を持っているらしい。
「もちろん、ツークリエンの山は知っているわ。実際に見たことはないけど、アミラの建国神話の舞台ね。‘星を呑むオオカミ’の」
「驚いた。エマンシュナ人でオオカミの神話をご存じとは」
オルフィニナは目を見開いてイオネの澄ました顔を見た。
「教授という仕事柄、古今東西の文献に触れることが多いの。ツークリエンのオオカミの神話は、以前神話の研究をしていた教授の論文に目を通したときに知ったわ。それからわたしはルメオの出身よ。共和制の国で生まれ育ったことに誇りを持っているから君主や王族に対して必要以上の敬意を払うことはないわ。もしかしたら思想の違いによる齟齬があるかもしれないから、今のうちに断っておくわね」
オルフィニナはおかしくなった。他の貴族たちにもこの調子なら――いや、間違いなくそうだろう。肝が据わっているとしか言いようがない。しかし、彼女の立場も王家に連なる公爵夫人だ。他人はおろか、自分の立場さえもそれほど重要視していないに違いない。きっと誰に対しても自分の態度や言動を変えることはないのだろう。
そういう愚直なまでの豪胆さは、好感が持てる。オルフィニナはこの公爵夫人が好きになった。
「わたしも王族だが、血族主義という旧制度については疑問を持つ部分もある。だから、あなたの気持ちは、理解できると思う」
イオネはオルフィニナの顔を見て目を細めた。
「話が逸れたわね。どうぞ続けて」
「――そのツークリエンの山では、オオカミ狩りは禁じられている」
オルフィニナは続けた。イオネは大真面目に頷いて先を促した。
「神域に住まう神獣だからね?」
「そうだ。一方で神域の神獣の毛皮は古来から強い加護の力があると信じられていて、ツークリエン山のオオカミを密猟する者が後を絶たない。密猟者の取り締まりは王国政府の仕事だ。五年前にオルデンの領主になった時、領主として初めての仕事がそれだった」
今でも鮮明に覚えている。
捕まえた密猟者たちの厚かましい顔と、額に矢を射られ倒れた大きなメスのオオカミ、生まれて間も無く罠に括られて死んだオオカミの三頭の赤子たち、血のにおい、死臭、死に集る虫――ひどく不快な初仕事だった。
王国の象徴であるツークリエンのオオカミを殺した密猟者は、アミラの法では反逆罪と同等の罰を受ける。即ち、絞首刑だ。しかし、オルフィニナにはその命を下すことはできなかった。
「それで、奇跡的に一頭だけ生き残った赤子のオオカミを利用した。その個体だけ、他の灰色のオオカミと違って全身が真っ白だったから、尚更都合が良かった。‘神に選ばれたオオカミの仔が生を繋いだ。この神の温情に肖り、その者たちの命は取らない’とね。我ながら芝居がかったことをした」
「それがエデンね」
イオネは優しい声色で言った。視線の先には、子供たちと草の上を走り回る白いオオカミがいる。
「家族という楽園を無くしたオオカミの仔に、わたしが新たな楽園となれるように、エデンと名付けた。人に慣れているのは、彼女がわたしを家族として信頼してくれているからだ」
オルフィニナもイオネの視線の先の子供たちとエデンを見た。こういう彼女の姿を見るたび、当時の選択は間違っていなかったと思える。
「甘っちょろいな、ニナ」
背後から聞こえた冷ややかな声に、オルフィニナは振り返った。いつからいたのか、後ろにルキウスが立っている。
「俺なら法に則って密猟者を絞首刑にした」
「あなたなら、そうかもしれないな」
オルフィニナは唇の端を歪に吊り上げた。心の中を読まれたのかと思った。
「あら。でもニナが止めたらやめたのでは?ルキウス殿下」
イオネが涼しげな顔で言うと、ルキウスはピクリと眉を上げた。
「…‘ニナ’?出会ったばかりでずいぶん仲良くなったんだな」
「そうね。ニナとは通じ合う部分があると思うわ」
そう言ってイオネが微笑みかけると、オルフィニナは目元を柔らかく細めて笑い声を上げた。
「光栄だ。イオネ」
微笑み合う二人を見たルキウスは、ちょっと面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「ニナの考えを尊重したいとは思うが、俺はそのために法を曲げたりはしない」
「どうかしら」
イオネが言った。
「ルキウス殿下は大切に想う人の信念を無碍にできない方だと思うわ」
オルフィニナの唇がひくりと歪んだ。
‘大切に想う人’というのが自分に当てはまるのか、微妙なところだ。正直、ルキウスがどこまで本気か分からない。この間も献身的な看病も、手練手管のひとつと考えても不自然ではない。ある意味では間違いなく大切な人と言えるだろう。が、それは政治的な利害関係があってのことだ。ルキウスはこの結婚を本物にすると言ったが、この利害関係が破綻する可能性もある。その時はきっと、今のイオネの言葉は虚構になる。
正に今、何かを熟慮するようにこちらをまっすぐ見つめる深い緑色の目さえ――
「そうかな」
ルキウスの言葉で、オルフィニナは我に返った。
「でも、まあ、一理ある」
そうイオネに返答しながら、視線は相変わらずオルフィニナにまっすぐ向いている。
「…わたしが――」
オルフィニナは口を開いた。なぜか喉の奥がヒリヒリする。
「わたしが密猟者を死罪にしなかったのは、彼らが犯罪に手を染めざるを得ないほど困窮した原因が、王国政府にあると思ったからだ。死なれては言い分を聞けない。…まあ、甘いよな。クインにも言われた」
「その点に関しては騎士どのと同意見だな。いくら困窮して悲惨な目に遭ったって、高潔な人生を歩もうと思えば歩めるはずだ。王国政府の責任というのは納得いかない」
ルキウスは不快感を露わにした。幼い頃から特殊部隊の仲間と共に市民と変わらない生活水準で育ったオルフィニナと、生まれながらに大国の王子として王族の世界にいたルキウスでは、元から感性が違って当然だ。
「恵まれた環境で生まれ育った者が言うのは容易いことだ。わたしはそうして悪事に手を染めた者たちを間近に見てきた」
「でも罪は罪だ」
「そうだ。だからこそ現実的な罰を与えるべきだった」
ルキウスは眉を寄せた。
「法が現実的じゃないと言うのか。白いオオカミが神の温情だなどと迷信めいたことを言って恩赦を与えることよりも非現実的かな」
「目には目を、だ。非現実的な法を非現実的な方法で相殺したに過ぎない」
「為政者としては悪手だな」
「為政者だからこそ、法が公正か熟慮すべきではないか?」
オルフィニナが言葉を続けようとした時、「なんだ」とおかしそうに笑いながらアルヴィーゼが庭園へ現れた。
「痴話喧嘩か」
アルヴィーゼはリラックスした様子で椅子に腰掛けるイオネの頬にキスをすると、面白そうにルキウスとオルフィニナを見た。
「議論よ。いいところだったのに、水を差さないでちょうだい」
イオネが迷惑そうに夫の腕をぱちりと叩いた。ルキウスは肩を竦め、アルヴィーゼに向かって子供のように目をぎょろつかせている。
「それは悪いことをした。お前の楽しみを奪うとは」
悪びれもなく言いながら、アルヴィーゼは妻の唇にキスをした。周りで見ている方が恥ずかしくなるほど熱烈なキスだ。
オルフィニナはギョッとしたが、ルキウスは慣れた様子だ。呆れ顔で苦笑しながら、小さい声でオルフィニナに囁いた。
「この二人はいつもこうだ。気にするな」
「なるほど」
オルフィニナは神妙に頷いた。
「ちょっと!」
腹を立てたイオネが夫を押しのけて憤然と立ち上がったところで、イオネの身体はいとも簡単に抱き上げられた。
「もう、アルヴィーゼ!」
叱責されたアルヴィーゼは、真っ赤に染まったイオネの顔を満足げに眺め、ニヤリと笑って再びその唇を塞いだ。
「そろそろ風が冷えてきたから中に入ろう。身体に障る」
「だからって、一人で歩けるわよ」
「じゃあな。リュカ、オルフィニナ女公。夕食の席で会おう」
アルヴィーゼは妻の抗議に耳を貸すことなく、身重の身体を大事そうに抱えてさっさと屋内へ入っていった。
後に残されたのは、春の微風と遠くなった子供たちの笑い声だけだ。オルフィニナは嵐のように去った公爵夫妻が可笑しくなってつい笑い声を上げた。
「ルドヴァンはいいところだ。領主の家族があれほど愛に満ちていれば、間違いない」
「そうだな」
そう応えたルキウスと視線が絡んだとき、オルフィニナは何故かドキリとした。深い緑の目が何かに囚われたように翳り、――これもまた理由がわからないが、その目が再従兄とその妻ではなく、オオカミと戯れる子供たちでもなく、ずっと自分だけを見つめていたような気がした。
「でもルドヴァンの良さはこれだけじゃない」
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